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17.偽りの善意

私の専属侍女となったエリは細やかな気配りが出来る女性だった。

何かを言う前に察して動き、私が不快になるような発言をうっかりと口にすることはなく、『国の為に犠牲になった王妃』ににこやかに仕えてくれている。


誰から見ても申し分のない働きの優秀な侍女。


でも私は彼女の前で王妃の仮面を外すことは出来ないでいる。


これは仕方がないことだが、やはり彼女の中では二年間仕えてきた側妃の存在が一番なのだ。

それは彼女に限ったことではなく、身近で側妃の尽力を見てきたものは誰しもが側妃を敬っている。

しかしエリの側妃への忠誠心は妄信的と言えるほどだった。



表向きは私に尽くしている、でもその心は側妃とともにあるという感じだろうか。

つまり彼女は最初に自分で言っていたように、側妃様の願いだから私の侍女になったのであって、結局は私に仕えることで今も側妃に尽くしているのだ。



そして尊敬している側妃の言葉や態度は、彼女にとってなによりも信じるべきものだった。



例えば私が手配した事が上手く伝わっていなかったことが何回かあった。

それは故意ではなくきっと侍女の誰かがうっかり忘れたのだろうというような、ほんの些細なことだった。


その誰かが名乗り出て『申し訳ございません、以後気をつけます』と言えばいいだけのことで、私がそれを待っていると、必ず側妃が現れて決まった台詞を口にする。



「気になさることはございませんわ。王妃様はまだ戻られたばかりで不慣れなことも多いのでしょう」


一見すると気遣いに溢れた言葉、でもそれは偽りの善意。


これでは間違えたのは王妃であると遠回しに言っているように聞こえる。

でもそれを指摘したら『そんなつもりではありません。ただ王妃様のことを気遣って…』と、どうとでも言い逃れできる上手い言い回しでもある。


 ふぅ…またなのね。



侍女達は自分達が責められない状況に安堵して、この場を丸く収めてくれた側妃にただ感謝する。

王宮内には二年間身を粉にして国の為に働いている側妃の言葉を悪い意味で捉える者がいない…。 



ここで違うとはっきり告げ、白黒はっきりさせたらこの状況を変えることが出来るだろう。

でもその方法は選べなかった。


王妃の力でそれをしたら罪のない誰かを追い詰めてしまうかもしれない。

もしくは……なぜか見つからないかもしれない。



単純なミスなのか、それとも故意なのかと、考えるほどに疑心暗鬼になっていく。



でも私は王妃だから、その心をここで曝け出すにはいかない。

私の言葉一つで誰かの運命が大きく変わってしまう。もしも故意でなかったならば取り返しがつかない。



だから私もいつも微笑みながらこの台詞を紡ぐ。


「シャンナアンナ様、お心遣いありがとうございます。これからはいろいろと気をつけますわ」

「これからも私に出来る事がございましたら遠慮なくお申し付けくださいませ、王妃様」


傍から見たら王妃とそれを気遣う側妃の会話。



このやり取りにエリが口を挟むことはない。

でも私と二人になると決まって言うのだ。

『側妃様が上手くフォローしてくださってよかったですね』と嬉しそうに。


そこには負の感情などないし、本当にそう思っているのだ。


だからこそ厄介だった。

妄信的だからこそ何も見えていない、敬愛する側妃こそが真実なのだ。



シャンナアンナが私に優秀な侍女を付けたのはこういうことだったのだ。

直接的には何も仕掛けてはいない、彼女もエリも。


ただ側妃はこうなることがきっと分かっていた。


エリの忠誠心を上手く利用し、自分の手は汚さずに私を真綿で締め付けるように苦しめる。




もしクローナがいたら『あの女狐にぎゃふんと言わせましょう』と怒ってくれるだろう。

私も『女狐なんて言っては駄目よ。狐に失礼だわ』と返して一緒に笑い飛ばしていたと思う。


でもそれが出来ないのは精神的に辛かった。


下手に訴えたら私が嵌められてしまう。

悪意だけで証拠はないので裁けない、ただ耐えるしかなかった。


――少しずつ、本当に少しずつ心が削られていく。



それでも微笑んでいたのは王妃としての矜持と、今まで私を支えてくれた者達に心配は掛けたくないという強い思いからだった。




お読みいただき有り難うございます。

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