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10.シャンナアンナの覚悟〜側妃視点〜

二年前まで私―シャンナアンナ・ドイルの人生は平凡そのものだった。

婚約者と予定通りに結婚して、子供を数人産んで、たまに夫婦喧嘩をしながらも穏やかに年を取っていき、最後には子供や孫に囲まれて『幸せな人生だったな』と思いながら天国へと旅立っていくと信じていた。



しかしその平凡な人生はいきなり取り上げられた。



二年前のある日のこと。


「シャンナアンナ、すまない。お前の婚約は解消された」

「どうしてですか!彼はそんなこと一言も言っていなかったわ。いつも通りに笑って結婚が楽しみだって…」


父は信じられない言葉を告げてきて、私はその場で崩れ落ちた。


婚約者とは三日前に会ったばかりだった。一緒に観劇を見てそれから美しい花々が咲き誇る庭園を散策しながら、二人でこれから築いていく将来について語り合った。


いつもと変わらない逢瀬だった。違和感なんて感じることはなかった。


 何がいけなかったの…。



私は気づかないうちになにか粗相でもしたのだろうか。

それで彼は怒っているのだろうか。


いくら思い返しても心当たりはなかった、でも私が何かをしてしまったのなら謝りたい。


――せめて私の言い分を聞いて欲しい。


こんな一方的に婚約解消なんて納得はできなかった。


私が震える足でなんとか立ち上がると、父は私の背に手を置いて労るよう優しく撫でる。


「私、……彼に会いに行ってきます」

「やめなさい、シャンナアンナ」

「でもなにか誤解があるはずです。会って話し合えば――」

「誤解などないんだっ!……この婚約解消は我が家のほうから申し出たものだ」

「な、なにを言っているのお父様?…意味が分か…らな…」


婚約者に会いに行こうとする私を父は止めた。

何を言っているのか本当に意味が分からなかった。


この婚約は両家に祝福されていたし、私も婚約者も互いに気持ちを通わせていた。

もちろん平凡なこの婚約を邪魔するものは誰もいなかった。


 なんの問題もないわ、なのにどうして……。



呆然と立ち尽くす私に父は『本当にすまない』と涙を流しながら話し始めた。

この婚約解消は我が家の縁戚であるミヒカン公爵からのお願いだった。


『聡明な令嬢だと評判のシャンナアンナ嬢を我が公爵家に迎え入れようと思っている』

『それはどういうことでしょうか……』


公爵は約束もなく訪ねてくると、前置きもなく一方的に告げてきた。

当然、父はその真意が分からずに困惑した。


『言葉通りだ。婚約者がいるそうだがそれは解消してくれ。公爵令嬢と伯爵子息では釣り合いが取れないからな』

『そんなこと一方的に言われても困ります!』


毅然と断りの言葉を告げる父に公爵は断るのならば縁を完全に切ると脅してきた。

我が家は侯爵家だが領地は災害続きで、ミヒカン公爵家の援助がなかったら立ち行かなくなるのは目に見えていた。


父は『お願い』を受け入れるしかなかった。それにもし断ったらきっと没落だけではすまない。



泣いて詫び続ける父を責める気にはなれなかった。我が家にはまだ幼い弟妹がいる、あの子達の将来を考えたら父の選択は正しい。



「お父様…、私は公爵家の養女になります」

「……っ、シャンナアンナ。不甲斐ない父を許してくれ…」


私もこの決定事項を受け入れるしかなかった。

家族を守りたいし、私が拒絶したら婚約者の家にも被害が及ぶだろう。


――ミヒカン公爵は手段を選ばないそういう男だ。





私は婚約者に最後の手紙を送った。

そこには謝罪の言葉と『あなたの幸せを心から祈っています』とだけ綴った。


本当に数行の短い文章だった。

それなのに書き上げて封をするまでには、とても長い時間が掛かった。


何度も何度も書き直した。

文字の震えがなくなるまで…。


 彼には綺麗な字を覚えていて欲しい。


何度も何度も新しい紙を手に取った。

紙の上の文字が滲まなくなるまで…。

 

 涙の跡はいらない。



――さようなら、愛していました。



◇ ◇ ◇



数日後、私はドイル侯爵家から離籍して正式にミヒカン公爵令嬢シャンナアンナになった。そして私が公爵家に養女として迎えられた理由を知ることになる。


養父となったミヒカン公爵は国王と裏で手を結んだ時のやり取りを自慢げに語って聞かせてきた。


我が家に養女の話を持ってくる前に、側妃の件はすでに決まっていたのだ。もし私が少しでも抵抗しようとしたら、間違いなく婚約者は偶然の事故で命を落とすことになっていただろう。


私はあの時の父の判断に心から感謝した。




「これは政略だが、表向きは国王に見初められた形で側妃となる。お前は我が公爵家の一員として側妃の役割を果たせ。分かっていると思うが他言は無用だ」

「はい、お養父様」


私は王家との繋がりを作るため用意された駒だった。使い勝手が良くて、何かあったら迷うことなく処分できるから選ばれたのだ。


驚きはしなかった、貴族社会ではよくあることだ。


第四王子だった今の国王は力を持っていないのは周知の事実だ。貴族社会では力が全て、彼が後ろ盾を欲するのも当然だった。


だからミヒカン公爵と手を結んだ国王に思うところはなかった。

我が家だってミヒカン公爵家という後ろ盾に縋って生きているのだから同じ穴のムジナだ。



私は側妃として与えられた役割をこなすだけ、その覚悟は出来ている。


貴族社会での聡明な令嬢とは、こういうこと…。




それに見初められた形は私にとって好都合だった。

元婚約者は優しい人だった。もし私が政略で無理矢理嫁いだと知ったら悲しむだろう。


彼は一方的な婚約解消に苦しんだはずだ。

もうこれ以上苦しませたくない。


いつかまた会える日が来るかもしれない。


その時には前と変わらずに笑っているあなたを見たい。

そして『お久しぶり、幸せそうね』と私はあなたに声を掛けるの。


『君も幸せそうで良かった』


…とあなたに思ってもらいたい。


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