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新本格桃太郎  作者: 兎坂ディクソン
1/1

労使

 月明かりが射す森の中、3匹の動物が顔を突き合わせている。彼らは、鬼退治に向かう桃太郎の御供達である。主人の姿は無い。木々のさざめきに乗って彼らの声が聞こえてくる。


「もう我慢できねえ! 桃太郎の野郎!」

 犬が声を上げる。犬種はポメラニアンだ。体重4㎏にも満たない身体をプルプルと震わせている。

「そのとおりです。桃太郎さんの我々への行いは明らかに労働基準法違反です」

 雉が賛同する。鳥の身でありながら、その振る舞いにはどこかインテリジェンスを感じさせる。

「確かに……1日の給与が黍団子(きびだんご)3個っていうのは問題だよね」

 猿も応じるが、その顔には迷いの表情が浮かんでいる。主人を悪く言えない「人の好さ」……もとい「猿の良さ」が顔にも出てしまっている。


 そんな折、3匹の傍の椎の木がばさりと揺れた。そして暗がりの中から、一人の人間が姿を現した。彼らの主人、桃太郎だ。

「あーこんなところにいたー! 心配したんだよ!」

 桃太郎は齢15になる少女だ。美少女だ。小柄で人懐っこく、笑うとえくぼが浮かぶ。その桃色の髪が夜風に靡いている。

「ちょうどよかったぜ! 桃太郎! お前に話がある!」

 犬が先手を打とうとするも――

「はい、今夜の黍団子(きびだんご)! 今日のは特に自信作なんだ!」

 桃太郎がえくぼを浮かべながら差し出した黍団子(きびだんご)は、中に桃の果実が入っていた。

「な!? 桃入りの黍団子(きびだんご)だと!? そんなもん、美味いわけが―」

 そう言いつつも、犬は本能に抗えない。気づいたときには既に桃入り黍団子(きびだんご)を頬張っていた。

「んなあー!??」

 犬はあまりの衝撃にひっくり返った。お腹が丸見えだ。

「この黍団子……桃の甘さを活かすために敢えて(きび)の風味を抑えてやがるのか! しかも! 生地の部分にもすり潰した桃が混ぜてある! こんちくしょうめ! 絶妙なハーモニーを醸し出してるじゃねーか!」

 犬の幸せそうな顔を見て、桃太郎がはにかむ。

「ありがとう! なるべくみんなが食べやすいようにしたつもりなんだけど、食べにくかったら言ってね?」

 3匹は言われて気づく。黍団子(きびだんご)の中の桃は各々が食べやすいサイズに切られていたのだ。言うまでもなく、3匹は口の大きさが全く異なるからだ。

 桃太郎は3匹の方を見つめる。その綺麗な瞳に背を向けて犬が吐き捨てる。

「チッ、そんな手間かける暇があるなら、てめえがちゃんと休みをとりやがれってんだ! 水仕事で手が荒れてるじゃねーか! 鬼を斃す刃を握る手だろうが!」


 桃太郎の顔が晴れる。瞳が少しだけ潤んでいる。

「うん、ありがとう♡ これからも一緒に頑張ろうね!」

「チッ、いちいち言わせんな!」

 主人に顔を見られまいとする犬の頬が、自分たちと同じく桃色に染まっているのを、雉と猿も見逃さなかった。

 こうして、一行は鬼ヶ島に向けて、決意を新たにしたのである。黍団子(きびだんご)みたいな満月が見守る夜の森には、甘い香りが広がっていた。

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