労使
月明かりが射す森の中、3匹の動物が顔を突き合わせている。彼らは、鬼退治に向かう桃太郎の御供達である。主人の姿は無い。木々のさざめきに乗って彼らの声が聞こえてくる。
「もう我慢できねえ! 桃太郎の野郎!」
犬が声を上げる。犬種はポメラニアンだ。体重4㎏にも満たない身体をプルプルと震わせている。
「そのとおりです。桃太郎さんの我々への行いは明らかに労働基準法違反です」
雉が賛同する。鳥の身でありながら、その振る舞いにはどこかインテリジェンスを感じさせる。
「確かに……1日の給与が黍団子3個っていうのは問題だよね」
猿も応じるが、その顔には迷いの表情が浮かんでいる。主人を悪く言えない「人の好さ」……もとい「猿の良さ」が顔にも出てしまっている。
そんな折、3匹の傍の椎の木がばさりと揺れた。そして暗がりの中から、一人の人間が姿を現した。彼らの主人、桃太郎だ。
「あーこんなところにいたー! 心配したんだよ!」
桃太郎は齢15になる少女だ。美少女だ。小柄で人懐っこく、笑うとえくぼが浮かぶ。その桃色の髪が夜風に靡いている。
「ちょうどよかったぜ! 桃太郎! お前に話がある!」
犬が先手を打とうとするも――
「はい、今夜の黍団子! 今日のは特に自信作なんだ!」
桃太郎がえくぼを浮かべながら差し出した黍団子は、中に桃の果実が入っていた。
「な!? 桃入りの黍団子だと!? そんなもん、美味いわけが―」
そう言いつつも、犬は本能に抗えない。気づいたときには既に桃入り黍団子を頬張っていた。
「んなあー!??」
犬はあまりの衝撃にひっくり返った。お腹が丸見えだ。
「この黍団子……桃の甘さを活かすために敢えて黍の風味を抑えてやがるのか! しかも! 生地の部分にもすり潰した桃が混ぜてある! こんちくしょうめ! 絶妙なハーモニーを醸し出してるじゃねーか!」
犬の幸せそうな顔を見て、桃太郎がはにかむ。
「ありがとう! なるべくみんなが食べやすいようにしたつもりなんだけど、食べにくかったら言ってね?」
3匹は言われて気づく。黍団子の中の桃は各々が食べやすいサイズに切られていたのだ。言うまでもなく、3匹は口の大きさが全く異なるからだ。
桃太郎は3匹の方を見つめる。その綺麗な瞳に背を向けて犬が吐き捨てる。
「チッ、そんな手間かける暇があるなら、てめえがちゃんと休みをとりやがれってんだ! 水仕事で手が荒れてるじゃねーか! 鬼を斃す刃を握る手だろうが!」
桃太郎の顔が晴れる。瞳が少しだけ潤んでいる。
「うん、ありがとう♡ これからも一緒に頑張ろうね!」
「チッ、いちいち言わせんな!」
主人に顔を見られまいとする犬の頬が、自分たちと同じく桃色に染まっているのを、雉と猿も見逃さなかった。
こうして、一行は鬼ヶ島に向けて、決意を新たにしたのである。黍団子みたいな満月が見守る夜の森には、甘い香りが広がっていた。