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8.恋という名の縛りプレイ

中学生の一ノ瀬奈々美は人の心がわからない。

同じクラスのカシオユウジ君は、すぐ色々なことに感情移入する。

もしかしてこの人と付き合ったら私も人の心がわかるかもしれない。


そんな恋愛模様です。

一ノ瀬奈々美は、自分が何を考えているか

あまりわかっていない。


中学時代に、将来何になりたいか、作文を書かされるが・・・

そもそもどんな選択肢がそこにあるか、先に提示してくれないと、何も選べないと思っていた。


4択くらいで例えば


・医療系・教育系・製造設計系・公共機関系


くらいの中からひとつを選べと言われたら、うーんこれかな?と思いつつ適当に選んでチェックシートを埋める。

くらいの頭はもちろんあるのだが・・・


両親は彼女に塾に行かせてくれるので成績は落ちないように頑張っている。

しかし、これが将来の何につながるかわからないし・・・誰も何も教えてはくれない。と、思っていた。


事実、彼女の父は彼女に「主体的であれ」と教え、母も「女でも大学ぐらいは」と古風なことを言う。


それ以上は自分でつかみ取らねばならない。



つかみ取らねばならないが、何を?


その決定、結論を先延ばしにするために、つぶしの効く普通科高校へ行き、つぶしの効く理系大学へ行くべきだ。


これが彼女の目の前にあった「最良」の人生だった。

これが「最良」・・・


ユウジと出会ったのはそういう時期だった。

ユウジは感情移入をすぐにする。

ニュースで悲劇があればすぐに泣きだすし歴史の授業を本当に複雑な顔で受けていた。

あれはたぶん、歴史上の人物それぞれの気持ちになっていたのだろう。


「実際は諸説あって、こうではなかったとも言われています」

と、先生が締めくくると、ため息をもらした。


なんて感受性の豊かな人なんだろう。

そう思い、中学2年の夏ごろ、勇気を出して付き合ってくださいと言ってみた。


彼はあまり私に興味が無さそうだった。

もしかして、彼を感動させるくらい、かわいそうな女じゃないと、彼を射止めることは難しいのかもしれない。

彼が私に感情移入してくれたら、彼の口から、私の本当に思っていることがなんなのか、言葉になって出てくるかもしれないのに。


しかし何というか、興味が無さそうなわりに

ユウジは

「いいよ」と言った。


これは何なのだろう、カップル成立なのだろうか。


「デート」と言っても中学生である。

それに、周囲に「私たち付き合ってます」

というような事はお互い、全くできない性格だったので、

何をするでもなく、言葉の上でだけ

私たちは「付き合ってる」ことになった。


私は彼に手紙を書いた。

その当時何を考えていたかわからないが、日常的な事

クラスのことなんかを書いたと思う。


ユウジは文章が長く、様々な思いを返事にしたためてくれた。

どちらかといえば私の書いた量よりも、彼の書いた量のほうがはるかに多いだろう。


その彼の頭の中は、他人の事でいっぱいだった。

私の話をしてほしいのに、私のことはほとんど文に上がってこなかった。

私は、彼にとって、あまり書くべきところのない人間なのだろうかと、悲しくなっていた。


しかし、彼の文章を読むことで、ああ、教室のみんなはこんな風に考えているのか。

先生はこういう思いで私たちにものを教えてくれているのかも。

と、彼の文章の向こうに現実世界を見ることができた。

私は彼のことを本当に信頼し、依存さえしていた事だと思う。


それなのに、彼の文からは私の話は出ない。


いつまでも、彼から手紙をもらっていたいが、いつまでも私のことを書いてくれない。

そんな風にして、私の方から、今までありがとう、もう別れましょう。

という手紙を渡した。


たぶん、彼の事だし、理由はわかっているんだろう。

彼は、私の気持ちだけはわからなかったのだ。

それは、私に価値が無いからなのだ。


ーーーー


カシオユウジは人の心がわかる。


実際に現場を見てなどいないし、本物の感情かわからないが、人に感情移入してしまう。


例えば、「未明の火災で家族4人助かりませんでした」というニュースが流れたとき、その時点で彼は現場がどういう状況かはわからない。

家族4人の名前は出るが、


誰かが起きていて通報し、消火活動をしたのか、

誰一人目覚めることなく炎に包まれたのか、

一人は起きていて、必死に全員を起こそうとしたのか。


彼はただその状況すべてを知らずとも、4名不慮の事故で亡くなった。そのこと自体に涙した。

だから、人の心がわかる、というわけじゃないと、彼自身も考えていた。


しかし、比較的近くにいる人間の心は何もせずとも伝わった。


クラスの誰かが誰かと喧嘩したらしい。

それはピアスをしてきたから、先生に告げ口をしたのだが、先生に対して点数稼ぎがしたかったわけではなく、ピアスをすることが「調子に乗ってる」から告げ口をしたようだ。


理科の先生は国語の先生のことが好きみたいで先日一緒に帰っていたらしいけど、どうやら嫌われてしまったらしい。


など


実際に本人に聞いたのか?というくらい、よく情報を受信していた。

目の前のことに対して、様々な感情が動く。


ーーーー


一ノ瀬さんは、いつも泣いている僕のことが好きなんだという。

夏のいつだったか、放課後告白された。みんなに隠れて後醍醐天皇に思い出し泣きしていた時だった。


僕を好きだと言ってくれるのならば、きっと彼女は僕のことを理解してくれるだろう。

僕がみんなを理解しているくらいに。


そんな期待が僕にはあったが、彼女から流れる感情は

「私に興味がないかもしれない」というものだった。


彼女から手紙をもらい、僕は彼女に返事を書く。

彼女は僕にとっては信じられないくらいに、誰の心も知らなかった。


彼女の手紙には、彼女自身の事と、彼女の家の事、かわいいキャラクターの事、そういう事がほとんどだった。


僕は思いのたけを手紙に込めた。

今は学校はこんな具合なんだよ、そして、僕はこんな風に思っているんだよ。と。

言葉はいくらでも出てくる。一ノ瀬さんにも、僕と同じように、みんなの心を

わかってもらいたいし、彼女もそれがわかってくると、だんだん

きっと僕の事もわかってくれるかもしれない。


なかなか、たくさんの時間を、その手紙のやりとりに使用したと思う。

僕は一ノ瀬さんの事をとても大切に思っていた。


しかしある日、一ノ瀬さんからお別れの手紙をもらった。

「あなたにとって、私はあまり見えないのでしょうか、

私はあまり、あなたにとって価値がないのかもしれません。

たくさんの手紙をもらって、本当に幸せな時間でした、

でももう別れましょう。今までありがとう、さようなら」







僕が本当に理解したいのは、誰かのことではなく、僕自身の事だった。

一ノ瀬さんに僕の事をわかってもらいたかった。

僕は彼女の事を手紙に書かなかったが、それは

「今、私たちは恋人同士である」という約束があるために

きっと書かなくても伝わっているだろう。と甘えてしまっていたのだと思う。



いつもたくさんの人のために泣き、たくさんの人の心を理解していると思っていた僕は、

その日初めて自分自身のために泣いた。

もう一ノ瀬さんは僕の事を考えてくれないんだ。

僕はもう、間違ってしまったから。


やり直せるなら、僕は、僕のこの喪失感をもう一度手紙にしたためたい。

でも、もう別れてしまった。この思いが伝わることはないのだ。


ーーーー

こうして、二人の中学生の恋が終わる。

「付き合ってください」というスタートでなければ

まだ関係は続いたのかもしれないが、

それは、もう誰にもわからないのだった。


ーーーー

高校生になった奈々美とユウジは、

同じ学校で、同じクラスになったのだが、

お互い言葉を交わしたりすることは無かった。


ーーーー



ミズノ鉄平は友達が少ない。

それは彼の怒りっぽい性格による。


が、何も彼も四六時中怒っているわけではない。

人間同士には上も下も無く、友達とは対等なものであると考えていた鉄平は、

入学式の最初の週に、席でおとなしくしていると

ニヤニヤしながら目の前で手をパチンパチンと叩く、目障りな男が現れたので

殴りつけた。


その男は、そんなしぐさをしながら、帰りにマックに寄って帰らないか

くらいの何か普通の事を言っていたような気がする。

パチンパチンというのは「ビビらせたい」という子供のような行為だったらしい。


そのため、鉄平は入学早々、反省文を書かされた。

友達だというのに、ナメた態度だったから殴ったが、

反省している二度としない。

といった事を書いていた。クラスメイトに上も下もないはずだ。という事を

一生懸命書いた。


奈々美は教室で、鉄平の後ろから、そんなことを書いている紙を見つめていた。

その後ろ姿が、少し頼もしく見えたので

「いかがでしょうか、ミズノ君、私と友達になってみては」

と言ってみた。

たぶん、「友達になってあげる」とか「友達になってください」という

こまかなところで、彼は反発するかもしれない。

そういう計算が奈々美にはあったが、意外なことに

「ぜひ、お願いいたします」という丁寧な返事だった。


少し話をしてみたが、どちらかといえば気弱な方だと感じた。

なぜ怒っていたのかもわからないらしい。わけがわからない。

部活もせず、普段はラジオを聴いているとのこと。

そういうことなら、話題も事欠かない。私も小説とラジオが趣味だ。

たわいのない会話を続けると、二人の間に、妙な親密感が流れたような気がした。


この、怒りっぽいが、どうやら悩み多き男の子に対しては、

二度と、間違えないようにしよう。

彼を対等な友達として理解し、友達として、できるだけ思っていること、

考えていることを、自分の言葉で話そう

恋などという、よくわからないカテゴリ分けで、人間関係を不自由にするなんて

もうやめようと思うのだった。


読んでいただきありがとうございました。


よろしければ高評価お願いいたします。


次回は寺生まれのTさんが出るかもしれません。

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