7.勝利する芸人、敗北できる多様性
いつもラジオばかり聴いている高校生の鉄平には悩みがあった。
友達が少ないということである。
お昼休みに話をしてくれる奈々美ちゃんくらいのものだ。
しかも、クラスメイトのシュートとカカウは、俺を見下すのだ。
こういうタイプとどうやって友達になれば良いんだろう。
そういうお話です。
シュートという男にとって、勝利とは何にも代えがたい体験だった。
元来体の大きいシュートは空手と格闘技の教室に通い、子供たちの中でもボスとしてすくすくと成長してきた。
初めて会う人間も(同学年だが)シュートに目の前に立たれ、シュートがじっと見つめると目をそらして道を開けた。
シュートにとって、鍛えること、勝利することが人生において最も大切だと、ほかにないと思っていたし負けることはできる限り避けようと思っていた。
道場の中ではもちろん年長者や師範に勝てないし、中学時代は同学年のグループ4人に一方的に囲まれて血だらけにして腕を折られそうになりながら帰った事もあるが・・・
その後も彼は練習を欠かさず、心技体、鍛えること、負けないことを目指して訓練を続けた。
鉄平はそんなシュートが本当に苦手だった。
幸いにしてシュートは、体の大きめな人が集まるグループ同士で笑いあっている。
初めて会った時にも鉄平は彼から目をそらし、道を開けた。
鉄平はそれでも、はじめは少し友達になりたいと思ってはいたが、友達とは上も下もないものであると思いたい。
そういう鉄平にとってシュートはよくある、「友達になれないタイプ」だったのだ。
逆に、なぜか、ずっとシュートに下に見られているのにシュートから離れない男もいた。
カカウと呼ばれるその男は、そんなシュートが親友なのだという。
カカウは、強い人に憧れがある。
強い人はかっこいいものである。
強い人は声も大きく意見も正しく聞こえる。
シュートのそばでシュートのつかいっぱしりをしながらシュートと話をする。
カカウは気が付いていないようだが、カカウの態度もシュートと同じように大きくなっているのを
鉄平はアホだなぁと思いながら見ていたのだ。
しかし、いつの頃からか、カカウはシュート達のグループから離れ、孤立するようになっていた。
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ある日の昼休み、奈々美が話をしに来てくれたので、聞いてみた。
「カカウは今、シュート達と離れたみたいだけど、そんなカカウと俺は友達になれるだろうか?」
奈々美は少し考えて、話をふってきた。
「勝ち組、負け組っていう考え方があるでしょ私はその二極化したような考え方の人っていうのは、
いつまでも勝ちか負けか、だけで相手を見ると思うのね。だからたぶん、鉄平君とも私とも、友達になれないんじゃないかな」
鉄平は答える
「うーん、そうかも。確かにそうだけど、なんとなくカカウは人を笑わせたいと思っているようなところもあるじゃない?」
「ああ、それはシュートも大声で、お笑いの話とかしてるもんね」
「お笑い芸人志向の人は、他人をどう見てるんだろう、勝ちでも負けでもなくて、相手を笑わせたら幸せなのかな」
「注目を集めたい、注目を浴びたい、そういうのは勝ち負けでいえば、より注目された方が『勝ち』かな」奈々美が答える。
「人に笑いを提供する、ということを求める感情は尊敬すべきな気もする」と鉄平が言うと
「まあ、そうかも」と、奈々美も消極的に賛成してくれる。
「そうなると、俺自身にもお笑いセンスが必要になるな。カカウと友達になるには」
「鉄平君にお笑いセンスがあるなら、とっくにクラスの人気者よ」
「そりゃそうか」
カカウに変にちょっかいかけるのはやめとこうと鉄平は思うのだった。
その後は、今読んでいる小説が、どこまで進んでいて~と、お互い感想を話したりして休み時間が終わる。
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実際のところカカウは悩んでいた。
友達だと思っていたシュートに
「お前はたぶんずっと負け組だよ」
という事を言われ、シュートに「友達」じゃなく「舎弟」と
思われていた事がショックだった。
ある日から
「おい、カカウ!」とシュートに呼ばれても聞こえないふりをして、教室から出ていくようになった。
シュートにその後、なんやかんやと理由をつけられ殴られたがもうあいつとは付き合うまい、と思っていた。
しかし、一度頭についた「お前は一生負け組」という尊敬していた友達からの言葉が頭から離れず、
なぜか、彼は「より笑いをとれる男になりたい」と熱望することになっていった。
笑いは良い。そこには勝ちも負けもない。
ステージに立って、考えていたネタを披露する。
それに、みんなが爆笑する。
カカウのテレビを見る目は、ただの視聴者のものからお笑い研究家のようなものになっていきカカウ自身もお笑い芸人を志すようになる。
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鉄平はいつものように部屋でラジオを聴いている。
今日もなにやら難しい話をしているが勝ち組、負け組の話なら、タイムリーだ。
がんばって理解しないと。
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人間の行動を分類する方法というのはいくつもありますが、特に流行した考え方というのは、その後の時代にもしばらく影響を与えます。いわゆる、勝ち組、負け組という考え方ですね。
こういう表現はもうバブル崩壊以降、平成の世の中でよく言われていました。
この考え方は、実は一時の勝利、敗北に焦点を当てて
「人生は甲子園のように一度でも負けると勝ち組になれないんだ」
という風に考えておられる方も多いのですが、実際に元となった本でいえば、人間の行動には「勇気」と「思いやり」この2つが軸になって分類できる、というものだったんですね。
「勇気」と「思いやり」これさえあれば、人は「どちらも勝ち」「誰も負けない世界」というものを
生み出せるんですよ、という考え方だったんですよ。
勇気のラインはタテ軸で、思いやりのラインは横の軸として考えてください。
勇気があり、思いやりもある考え方ができる方が「win-win」のアイデアを生み出すことができます。なので、これを目指しましょう。という事だったんですね。
それが、いろいろな人の口を伝わる中で、元の意味が忘れられ、二極化された勝ち負けのものになっていった。
多くの人は、他人を思いやることなく、勇気をもって相手を打ち負かす「win-Lose」の立場に居たいと考えるようになります。
そして、勝利できない、だから勝者をたたえたい、として、負けた方がその後勇気を失い、思いやりを持って人と接することに慣れてくる。
その時間が長いと悲しいことに「lose-win」の負けの立場に慣れてしまいます。
そうなってくると、人生にはパイが一つしかないので、誰かがパイを取ったら自分の分がなくなってしまう。今度は、他人の不幸せが嬉しく思えるようになるんです。
そういった方は、何かのチームに入っても、チームメイトを蹴落とすようになっていきます。
これでは誰も幸せになれません。
やはり人は、誰かが幸せなら、心から祝福したいものですし、応援しているチームが勝つと、自分のことのように幸せ。
そうあるためには、勇気だけでなく「思いやり」の心を強く志向していかなければ、人生に幸せを求めることは難しいでしょう。
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鉄平はカカウのことを思った。
勇気をもって、お笑いの道を志すのなら本当にwin-winになれるかもしれないけどお笑いっても、道は険しいんでしょう?
そして自分のことをかえりみた。友達ってのは、上も下も無いものだと思っていたが、俺が友達を作るのは、けっこうハードルが高いのかもしれない。
と思い、そもそもみんな、友達って少ないんじゃないかな?
と思うようになってしまった。
パイは一つ、か。
鉄平は少し、寂しく感じているのだった。
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次の日、校内清掃の時間があり、なんと、俺はシュートとカカウと同じ班になってしまった。
シュートは、カカウとそんな関係だし、嫌だなーと思っていた。
シュートはカカウに何も言わず、少しもせずに他の連中とどこかに行ってしまった。鉄平たちにやらせとけ、とばかりにフラフラと遊んでいるのだろう。
カカウは少しほっとしたようで、俺に、
「除草作業ですか、任せてくださいよ、僕除草得意なんですよ!」
と言いながら、少し離れて走りながらこちらに向かってきた。
「まてまてまて、その助走ちゃうやろ、この草見てみい、これを抜くんや、それが除草や」
しまった、俺もテレビ見てるしなぁ、何も考えずにツッこんでしまった。
その後、除草作業をしながら、妙にカカウは俺に向かってボケようとしてくる。
どうしようかな・・・そんな俺ツッコミ理解力ないんだけど。
しばらくカカウに付きまとわれたが、俺がそんなにお笑いの
話ができないとわかると、諦めてくれたらしい。
「サムいやつ」認定をもらってとてもくやしい思いをしたが、俺の平穏は守られたと言って良い。
俺は負けたが悔しくなんてない・・・
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昼休みになると、また奈々美とだけ話をする。
もうこの人だけが友達でもいいかな?と思い始めた。
奈々美は女子の間ではどういう立ち位置なのかな?
まいっか。
「カカウとは友達になれなかったんだよ」
鉄平は除草作業中のことを話した。
「やっぱりね」と、奈々美が言う。
「なんでみんな勝ち負けにこだわるんだろう?」
「そりゃあ良い大学に入って、ちゃんとスキル持って、良い会社に入って
お金稼がないといけないからね」
「そりゃそうだけど、もっと良い感じのものの見方が
あるんじゃないかな?」
「win-winてやつ?私も聴いてたけど、よくわからなかったのよね」
「俺にもよくは分からなかった」
「今は多様性を認めあいましょう、というのが
主な命題になってるでしょ?LGBTとかポリコレとか」
LGBT
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性的指向とは、どのような性別の人を好きになるか、ということです。
これは自分の意志で選び取るというより、多くの場合思春期の頃に「気付く」ものです。
レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーという・・・
それらの頭文字をとっています。
ポリコレ
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ポリコレとは、「ポリティカル・コレクトネス(political Correctness)」の略称。
頭文字をから「PC」と呼ばれることもあります。
直訳すると「政治的正しさ」という意味を持ち、
特定のグループに対して差別的な意味や誤解を含まぬよう、
政治的・社会的に公正で中立的な表現をすることを指します。
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うーん今はポリコレは、ゲームや映画の中でも
アジア人や黒人をもっと活躍させましょう
くらいの意味になっている気がする。
どっちもここで説明するのもなあ。
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ついなんとなく説明入れてしまった。
鉄平は答える
「多様性を認めようという話であれば、負けてもいいよという風にも聞こえるので俺は好きだよ」
「私はあれはなんとなく、人間同士の相互理解を、分類することであきらめたようにも見えてそんなに好きじゃないのよね」おお、確かにそうだなあ。
鉄平はそんなもんかなと、考えていた。
奈々美は少しまた考えたようで
「さらに次に出てくる、流行の考え方ってなんだと思う?」
でかいことを聞いてくる。
「そんなん、俺にわかるわけないじゃーん!」
と、少しふざけて言うと
遠くに座っているカカウと目が合った。
別に、ボケてもツッコんでもないからな。
読んでいただきありがとうございました。
短くまとめたくせに、理屈っぽい。
こういうお話が作りたいわけではないのです。
でも上げてしまいます。
ちゃんと楽しい話が作れるように
精進いたします。