4.感情移入の悪魔と愛すべきサル
高校生の鉄平はラジオが好きで友達が少ない。
そんな彼とおしゃべりしたい奈々美ちゃん。
ある朝、登校中にゴミを拾って歩く同級生がいた。
彼はなんと共感能力に長けた超人だった。
鉄平は彼と友達になれるのか。
鉄平がいつもの登校中、ラジオを聴きながら学校への道を進むと
その男はいた。
鉄平と同じ制服を着たその男は
登校中に見かけた誰かの捨てたパンの袋を拾い、持って歩き
学校のそばにあるコンビニのゴミ箱に捨てた。
なんていいやつなんだろう、そいつの名はカシオ
なんと同じクラスの人間だった。イヤホンを外し、
声をかけてみたくなった。
「おはようカシオ君」
「あ、おはようミズノ君」
「すごいね、ゴミ拾ったりしながら来てるんだ」
ゴミを拾いながら歩く人は、
オバチャンオジチャン連中でまあ見かけるが、
登校中にそういう人は初めて見た。
賞賛に値する行為だと思った。
「いや、たまたま目についただけだよ
それに、コンビニも、本当は迷惑してるかも。
すごいことなんてないんだ」
・・・
会話が止まってしまった。
話しかけなければよかったと鉄平は思う。
とりあえず、朝のニュースでやっていた事について振ってみた。
「ニュース見た?ひどいよね、
立てこもりで火をつけて何人も殺して」
「あー見たよ、大変なことだよね」カシオ君が答えてくれる。
「ジョーカー事件なんて言って、夏から報道されてるじゃん?
あれで、映画の『ジョーカー』が地上放送禁止になったらしいよ」
「へー」そうい言いながら横を歩くカシオ君は表情が硬くなっていた。
あまりこういう話題はダメだったかな?
「犠牲になった人は、本当にたまたまそこにいた人だっていうから、
かわいそうだよね。
「うん・・・苦しかっただろうね」
・・・
・・・
再び何も言わず、二人で並んで歩いていたのだが
カシオ君は何やら泣き始めた。シクシクと。
「ごめん、何か、別の、話を、してくれないか」
カシオ君が嗚咽を漏らしながら言う。
「あ、ああ、えーっと」
カシオ君はなぜか泣き出した。男なのに、
こんな往来で泣いたりするか?フツー
鉄平は別の話を考える
別のニュース、やべえ大物女優の飛び降りの話しかない
これはダメだろうなあうーん、えーっとえーっと。
「今日は冬至なんだよ、冬至にはかぼちゃを食べるらしいよ
カシオ君はかぼちゃ好きな方?」
なんだこの会話と思いながら問いかける。
「ひっく、ひっく、そうでもない」カシオ君が答えてくれた。
・・・かぼちゃで正解だったのだろうか。
これだから人付き合いってやつは・・・とちょっと思っていた。
カシオ君が話を始めた。
「ごめんごめん、俺はちょっと人より感情移入が激しいみたいで
あんまりひどいニュースは見ないようにしてるんだ
特に人が死んだりするのはかわいそうで、かわいそうで」
「へぇーすごいね」鉄平は答えた
「すごいかな?」カシオ君は疑問を投げかける
「うん、俺は何を見てもあまり感情が動いたりしないから。
そういう人が友達とか、いっぱい作れるんだろうな」
「いやあ、こんなキモい人はあまり友達できないんだよ。
バカにされてるよ」
「えーそうなんだ、バカにされてるの?」
「バカにしてるっしょ?」
「してないよ、ゴミ拾ってすごいって話したところでしょ」
俺はこのカシオ君に何を言いたいのかわからなくなってきた。
カシオ君をバカにしようと思ったという事は
俺もやっぱり、ほかの人と同じように
人間同士を上か下かで判断してしまうという事になる。
そんな事はあってはならないし
もしあるなら、カシオ君が俺を下にさげすむ
くらいの事がなくてはならない。
しかし、俺が、この場でカシオ君以上に
馬鹿っぽくふるまうような事は、何も考えつかなかった。
その時から、俺はこのカシオ君を、
理解しようと思い始めたのだった。
「バカにしたいわけじゃないんだけど、その感情移入能力(?)
ってのは、どこまで移入しちゃうの?」
変なこと聞いてるなあ俺もと思いつつ聞きたかった
「どこまで?」
「うん、泣いちゃうくらいってのは本当に、心の優しい
良い人なんだろうなと思うし、この情報社会で生きるには
生きづらいだろうから、もう、もし自我を
見失うくらいに移入しちゃうのであれば、もうそれは
才能なんじゃないかと思うんだよ」
「どこまでっていうのがよくわからないけど、
すでに、ミズノ君が俺をバカにしてなさそうだなというのは伝わった」
「え、俺もその感情移入の対象なのか」
「うん、まあだいたいは」カシオ君はなんでもなさそうに言う。
「ふーん、すごいねえ」
そのまま、その後、特に何も話さず、教室まで着いた。
下手なこと言えないなと思った。
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昼休みだ。弁当を食べ終わると何もすることはない。
今日も楽しく消しゴムの角を丸めるか、そういえばカシオ君は
誰と弁当食べてるのかな?
そういう事を考えてたら、奈々美さんが遊びに来てくれた。
「ユウジ君と、朝一緒だったみたいね」
「ああ、カシオ君、あの人はスゴイね、昼休みは何やってんだろ」
「あの人も、友達少ない派だから
誰もいないところを探してお昼食べてるみたいよ」
菜々美はカシオ君の事を知ってるのか。
「そりゃあ、あれだけ人の心がわかりすぎるなら
もう、一人になりたいだろうね」
「人の心がわかるわけじゃないんじゃないかな?」奈々美は否定的だ。
「え、そうかな?」
「きっとこうに違いないと思い込んで、想像しちゃうんだよきっと」
「へーそれでも、誰かのために泣いたりすることができるって
すごいことだと思うけどな、俺なんて
俺って冷たい人なのかなと思って反省しちゃうんだけど」
俺がそんな風にカシオ君を上げていると
「いやぁ奈々美さんは他人の気持ちなんて100%わからないと思うなぁ
泣いちゃうのは自我が弱いんだよ」などという
「ありゃあ、トゲがありますねぇ」何かあったのかな?
そんな風にして、昼休みを過ごした。
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帰り道、一人でいつも通りラジオを聴きながら帰る。
泣いちゃうのは、自我が弱いのか
泣けないのは冷たいのか
どっちが正しいのかなんて
そりゃあもう、性格だもんね。
と、言うしか無いんじゃないかな?
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ラジオは、何か教育番組をやっているようだった
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・・・人の心がわかる、感情移入できる。その方法には
2種類あります。それが「共感」と「同情」です。
共感するというのは
相手が考えて、感じていることを、相手と同じように感じ、
同じような感情を理解することです。
同情というのもありますね
それは、相手の考え、思いを同じように受け取るんですけど
あくまで「自分の立場」というのを持ったうえで
自分の価値観に照らし合わせて相手の思いを理解して
認識するということです。
似ているようでやはり違います。
人とのコミュニケーションの取り方が苦手な方は
この共感関連反応に対してガードが極端に弱かったり
また強すぎてなんの気持ちも分からなかったり
そういう心のバランスがとれないせいで
他人との距離をわからなくなる事が多いようですね。
実際に、みなさん小説や映画を見て感情移入するのですが
そういったコンテンツは自分の体験でない、フィルターのかかったフィクションがほとんどです。自我を失うほどのめりこむことは
少ないでしょう。
それでも共感してしまうというのは、若い方には多いと思われます。
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うーん「共感」と「同情」か
この話を聞いてスッキリした。なんだろうか
心理学って楽しいな。悩みを分類されて頭がクリアになったような気がする。
明日カシオ君に会ったらこの話をしてみよう。
そんな風にして家に帰り着いた。
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次の日の朝
「カシオ君おはよう」
「ああ、ミズノ君おはよう」
「昨日ラジオでね、共感することと同情する事の違い、
なんてのをやってたんだよ」鉄平は話をつづけた。
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「へー共感と同情」カシオ君は興味がありそうだ。
「あまり怒らないで聴いて欲しいんだけど、
カシオ君は『共感』することに長けているので、
『同情する』ということを心がけたらいいんじゃないかな。
俺は逆に、あまり何も感じなすぎるんで、できるだけ、
他人に『共感』しようと思うんだ。どうだろう?」
鉄平は昨夜考えていたことを、カシオ君に話してみた。
しばらく間があったが、どうやらカシオ君は気分を害したらしい。
「いやあミズノ君ね、そう簡単に言いますけどね
それが出来たらどんなに楽か。
簡単に言ってもらっては困りますよ。
あんまり人をバカにしたようなね、言い方は」
しまった、なぜか怒らせた。鉄平は焦る。
「えっごめん、そんなつもりじゃなかった」
結局、その日も無言のまま
それでも二人、なぜか並んで学校まで着いた。
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昼休み。これほど奈々美さんが
話に来てくれることを嬉しく思った日はない。
「浮かない顔ですね」奈々美が声をかける。
「うーんカシオ君になんで怒られたかわからなくて」
俺は朝の経緯を奈々美に説明した。
「そりゃあ、性格直せよ、と言われて
良い気分はしないんじゃないの?
カシオ君だって、わかっててシクシク泣きたいのかもよ?」
「え、そんな事言われても」
そうか、彼にとっても自分で選択した結果の今の性格なのか?
鉄平はちょっと混乱した。
「カシオ君が道路のゴミを拾って道がきれいになることと
俺がカシオ君に良いと思った話を伝えるのは
良かれと思ってやることについて、変わりはないのでは?」
「それが余計なお世話ってこともあるって事よ」
奈々美は事も無げにいう
鉄平は目の前が少し暗くなったようだった。
軽いめまいのようだ。
しばらく何も言えなかったが、奈々美が口を開く
「大丈夫よ、カシオ君は鉄平君のこと、
ちゃんとわかった上で怒ってると思うから」
「なんでそんな事わかるのさ」見てたわけでもないだろうに。
「だってカシオ君、私のモトカレだから」
・・・・
ショックで立ち直れそうにない。
情報が混ざりあってとても疲れてしまった。
人付き合いってムズカシイや
と、鉄平は思うのだった。
読んでくれてありがとうございました。
次回は良い感じの登場人物だったらいいね。