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3.ぼくとパパのやさしい個人憲法のススメ

高校生の鉄平君はお友達が少ない。

だけど週末にお父さんが「二人で家族会議をする」という。


お父さんが息子に言いたい事

それは「お前の個人憲法を作れ」というものだった。

普段寡黙な父と、初めてきちんと向き合う。

鉄平は父の望む大人になれるのか。

俺の親父は会社員で、俺は会社員という職業が何をするものなのかよく知らない。

興味が無いわけではもちろん無いが

「サラリーマン」という職業が世の中にはあるんだろう

と思うので、あまり気にしていない。


そんな親父には、子供とどんな風に接してよいか

わからないという悩みがあるようだ。


俺が反抗期にちょっと言い過ぎたかなという事を言ってしまったので

いまだに親父に悪かったなと思うことがちょくちょくある。

親父と会話になると、あまりキツイ言い方はできないというか

一方的に心の扉を閉めるようなことはせず、

会話を続ける努力というものをしようと思うようになっていた。


親父は人付き合いが苦手、それをしっかり遺伝した俺も、

しっかり人付き合いが苦手なのだ。

両親は、そんな俺がどうなっていくか心配なのだろう。


「今週の土曜の午後、お父さんと鉄平だけで、家族会議を行う。

母さんとルリカはイオンにお出かけの予定だ」


親父の、子供への接し方は、たぶんそのサラリーマン的アプローチなんだと思う。

勉強さえさせてくれれば大丈夫なんじゃないかな・・・

という気もしている、家族会議なんて必要かなあ、妹まで遠ざけて。


「議題は、鉄平の学校での過ごし方と、今回は性格判断だ」


「わかった、午後なら大丈夫」ぐぐっとパパ圧が来る。ことわるなどできようか、いやできまい。


あらかじめ、なんの話をしよう、と言ってくるのは俺が少し成長したからなのかな

昔は突然始まって、突然変なことを言い出すので、こちらも心の準備が出来ていない中スタートする。

そのため、これまでろくな結果にならなかった。

気がする。


なんにせよ、親父のことだ。学校のことは母親から聞いてるだろ、生活態度までバッチリバレてることは考えられる。

すでに「こういう結論になるようにこういう話を進めるのだ」

と決めているのだろう。


そうはいくか


俺は親父の操り人形じゃあないのだ。学校での事と性格を直せというなら

いかに今の性格が長い時間俺にとって培われてきたかを

俺のほうもじっくり話す必要があるだろう。


とまあ思ってしまうが

親父が家のローンを払い、生活をするためのお金を払ってくれていることは

よくわかっているので、やはりそこは敬意を払い話をしないといけないんだと思う。

俺の「ボス」は親父だからね。


そんな風に思いながら、今日もラジオを聴きながらバスと徒歩で学校へ向かう。


今日もお葉書コーナーですね、女性パーソナリティーさんが紹介しています


ーーーー


「カスヤ郡のルリマルさん。

先日娘がバレーボールで突き指をしたので病院に連れて行きました。

骨が折れていたらバレーができなくなるので心配でしたが

どうやら本当にただの突き指でした。

終わってみれば、ただの突き指で病院にまで付き添って

母さんにも予定があるんだから、あんたも大きいんだから自分で考えなさい。

と、叱ってしまいました。

そんな事で叱らないほうがよかったでしょうか

でも私も午前中の仕事をキャンセルして病院に付き添ったのです。

娘はまだ小学生、でもそろそろそういう判断はできると思うのです。

他のみなさんはどうやってその折り合いをつけてるんでしょうか

ご意見よろしくお願いいたします」


「というおたよりです。伊原さん、いかがでしょうか」


伊原さんという男性がお答えする。

「いやーこれは難しいお話でしょうね

小学生でバレーボールということは高学年なんでしょうかね?

良いじゃないですが、一人で病院に行かせるくらい大丈夫ですよ。

でも子供さんからしたら本当に痛い、折れてるかも!お母さん!

と来ますよね。

もう子供がかわいいし心配だとつい

いつも子供のためになにかしてやりたいと思うし

すべてを把握したいと思う。


親離れ、子離れの良い時期だと思って

お母さんが忙しいならちゃんと子供に

『お母さん忙しいから自分で言ってきて。』

と言ってあげたほうが良いかもしれません」


「親離れ~子離れ~、それぞれのご家庭にタイミングってありますもんね」

女性パーソナリティさんが答える。


「子供は子供同士で『ほかの子より自分は大人だ』

という背比べをしているものですし、子供だからと言ってあげないで

大人と同じように接してあげると

それだけ子供も応えてくれるもんですよ。


お母さんはお母さんの人生があって、子供だけが100%

っていうわけじゃないんだから。

そこは信頼してあげたほうが、お互いにプラスになると思います」


「でももし本当に骨折だったら?」女性パーソナリティさん


「本当に骨折でも、一人で病院に行けるんなら大丈夫

病院でしっかりレントゲン撮ってもらってケアしてもらえます」


「このお母さん、叱ってしまいましたね」女性パーソナリティさん

「そうですね、連れて行っておきながら叱るのは悪かったかもしれません。

これも経験と割り切って、次からはあなた一人で行きなさいね、という

そういうのがプロセスとして必要なのかもしれませんね」


「そうなると次回は子供さんだけで病院に行って、

えらかったねと褒めてあげられると」女性パーソナリティさん


「え、私はそんなことで褒められたことなんて無いですよ

赤チン塗っとけば突き指も骨折も治るっていう家庭でしたから(笑)

今のお母さんは心配しすぎなんですよ、褒める必要なんてないですそんな事

すーぐ子供はつけあがりますからね」


ーーーー


鉄平は思う。

うーんー親離れ子離れねぇ、

この人は親の味方なのか子供の味方なのか・・・


俺は両親共働きで妹と二人で家にいたし、

だいぶ親離れできてると思うんだけど

自分の事となるとわかんねーな。


そんな風にして鉄平は学校に行くのだった。


ーーーー


「へーそんな家族会議があるんだ」


昼休みにいつものように俺の席まで話をしに来てくれる奈々美さん。

こいつだけは俺の個人情報をよくご存じだ。


「うーん何を言われるかというと

たぶん友達が少ないですよという話かなと。

今日も、休憩時間中、ほかの男子たちはそれぞれのグループで走り回ったり

カードゲームに興じたりしている。俺はそんな輪の中になぜか入れない。

そういうのがダメってのはわかってるんだけどね」


「変わってるね」奈々美が言う

「変わってるかな、よその家庭がどんな家族会議かなんて

お互いわからないし、俺もそんな外でいうべきじゃなかったかな」


「で、何か会議の準備するの?」

「え?準備?俺が?」

「うん、俺はコレコレこうだから友達が少ないので、

奈々美がいるので大丈夫なのだ」とは言わないか。奈々美がなぜかテレながら言う。

「いやあ、奈々美さんのことは話した事ないし、知らないと思うよ」


ーーーー


土曜日・・・本当に母と妹はお出かけしやがった

父の作るチャーハンと味噌汁を昼飯に頂いた。

食事中もお互いしゃべらない。しゃべらないのが普通だし

お互い何か話さなければ・・・というプレッシャーなんてない。


が、片付けが終わると親父がテンションを上げてきた。


「よっし始めるか」

親父は手元のノートパソコンを開き、なんかスライドを俺に見せてきた

まさかの本格会議だった。


「鉄平の父の、哲也です。45歳会社員

ちゃんと時間通り来てくれてありがとう。

こうして初めに自己紹介をするのは、これからの会議を円滑に進めるための

必要な儀式のようなものだと思ってくれ」

「は、はい」ちょっと飲まれそうだ。でも

俺のためにいろいろ準備してくれたんだという嬉しさが、ちょっとこみあげて泣きそうだった。


スライドには「家族会議、出席者_父_鉄平_日付000.00.00」とだけ書いてある。


「さて今日は、鉄平の将来のためにこの資料を作ったので

この資料に合わせて会議を進めたいと思います」


「ぐえ」なぜか不満を表明したくなった。


「なんだぐえって」親父が聞いてくる


「なんでもない」鉄平は答える

パワポかぁ成績グラフとかかなぁ、攻める!子育て!っていう感じなのかなぁ・・・


「では今日のアジェンダです。アジェンダというのはパワポでいう

目次のようなものだ。これを見て、ああ、今日の会議は大体何分で終わるなぁという事もわかる」


画面には

・鉄平君の学校での状況

・哲也パパの個人憲法

・鉄平君の個人憲法作り


「以上3点です。3点ですが、それぞれ、お互い話をしながら

主に父さんが喋る、父さんの質問に鉄平は応える。そういう仕掛けにしています」


「ではまず1」と、親父

画面にはもう

・鉄平君の学校での状況

と上に表示され、以下を読み上げていく。


親父は続ける

「お母さんから聞いている、鉄平の学校での様子です


 ・成績は中くらいのど真ん中くらい、

 ・友達がとても少ない

 ・文系志向が強い


こういったところだ」


「ハイ」素直に応える。

「父が父として心配しなければならないのは全部なんだが

この父も高校時代そんなに成績が良かったわけじゃない。

一生懸命部活をやっていた。運動部だ」

「野球じゃないの?」

「卓球部だ」

「へー」知らなかった。

「強かったの?」鉄平が続けて聞いてみた


「いやあ弱かったね、練習もするけど、ある程度上手くなったら、トーナメントや

リーグでの結果いつも部員で似たような順位になるので

だらけてたふしはある。楽しかったよ。


鉄平は部活もやってないんでしょ?

時間があるときはずっと勉強ってならいいけど、部屋で何やってんの?」


「え、部屋で何って、なんか色々だよ」

「見たいテレビがあればリビングに来るけど、パソコンに向かって検索とか

まとめサイトなんか読んで、情報収集したり、youtube見て、普通だよ」


「オナニーの回数は?」親父が攻めてきた。

「え、そんな事聞く?」答えたくない。まじで。

「大切な事だぞ」本当かよ


「うーん毎日かなぁ」俺は正直に答えてしまった。このために母親たちを遠ざけていたのか。


「いいかい鉄平、人類は男の自慰行為で絶滅する」親父が神妙に言い出した。


「マジかよ」


「だから、3日に1回、または曜日を決めて週2回と、回数を決めなさい。

色々話すと長くなるけど、出生率が下がる事、男が草食系となったことと、

女の化粧が濃くなっていっているのは、元をただせばそれが原因だ」


「マジかよ」同じ返事ばっかりになってしまう。


「人類が滅びる前に、政府はオナニーを禁止するべきだ」父は続ける。

「だから、これはお父さんと約束してほしい」


「わかった」


「オナニー自体は必要だと思う。あまりに禁欲的になると、犯罪に走ったり

男同士が良く見えたりする。そういうのはお父さんの本意では無いんだ。


そしてやるなら匂いが漏れないように、やったあと始末はきちんとするのだ。

鼻水じゃあないんだからな。

ビニールで縛ったり、トイレに流したり。母さんに手間をかけさせない」


「わかった、そんな話は初めて聞いた」鉄平は答えた


「そうだろう、そしてオナニー回数を改めると、突然一ノ瀬さんが美しく見えてくる」

「え?」鉄平はギョっとした

奈々美の事をこの父は把握しているらしい。奈々美は別段美人ではないが、

美しく見えたりすることあるのかな、見慣れてくるだけでは?


「女は美しいものである。ゆめゆめみだりに傷つけてはならん」

「はあ」鉄平は力なく答えた。

「好意に甘えて、もて遊ぶようなことをしてはならんぞ」

「わかってるよ」父には逆らえなくなった。


ーーーー

会議は続く、まだ1ページ目なんですけども・・・

鉄平はすでに疲れてきた。


親父は続ける

「実はな、友達が少ないこと自体、父さんはあまり心配してないんだ」

「あ、そうなんだ、そこを改善しろと言ってくるのかとばかり」

「前に言ってたろ、『友達はすぐ上とか下とかに見てくる』って。

そういうのはどこでもそうなんだよ。

わざわざ友達同士でそういうことを学ばなくてもよい。

今は先生が上、そして生徒は下。先生には礼を尽くし、同胞には義を尽くし

平時は寡黙である。


お前は、武士道的にはパッと見模範的に見えるかもしれん。


だから、友達をむやみに作る必要は無い」


「そうかな?」親父はそんな風に俺を見てくれていたのか。


「そうだよ、第一、仲良くしようと思って近づいたけど、本当は

そんな気ないんだろうな、と、ちゃんとそれは相手にも伝わるし

相手の方がそれはもう、人付き合いが百戦錬磨、お前の下心なんて

一瞬でバレてまた独りぼっちさ」と父が言う。


「なんだかちょっと悲しくなってきた」


ーーーー


「そのために用意してきました、ジャン」父のテンションは高い。

「古い」


スライドが次のページにやっと進んだ。

スライドにはこう書かれていた

哲也パパの個人憲法

--------

礼 みっともない服を着ず、身だしなみを整えます。

  他人が苦しそうなら手伝い、わかちあいます。

  お世話になった人にはお返しをします。

誠 家族や親しい者にはウソをつかない

  (商売上騙すことはあるので、それには気を付けよう)

勇 正しい事をすることをためらわない

  常に平静さを保ち動じない

義 市民として投票に行く


名誉 私の名誉は「家」と「仕事」である

   私はこれを汚されるとき、勇気を持って戦う

---------


「お父さんは、机の中にこっそりこういうものを隠している。

例えばお前が学校で運動会なのに、仕事で行けなかったことがあるだろう?」

「あるね」中学最後の運動会は親父はこれなかった。

が、活躍もしてないので、まぁ来なくても・・・

「お前にとっては運動会に親が来るなんて・・・とか思うかもしれないけど、

母さんにとっては大切なイベントだったんだ。母さんはもちろん朝から弁当を作るし

父さんの分も、昼の準備をする。

だけど母さん『お父さんは仕事だからしょうがない』しか言わなかったろ

本当だったら、行くと約束していたら

何を持っても行く。それが正しい家なんだと思うけど

母さんは父さんの名誉を大切にしてくれた」


親父は続ける

「世の中には色々なしがらみがある。どちらを優先するかは、

もう個人で自由だ。

正直なところ、『息子の運動会なんで』と仕事を断って来ることもできた。

だけど、仕事の緊急性と、はかりにかけて、理解が得られるだろうと

家族に甘えてしまったわけだ」


さらに続ける

「そもそも、お前は自分が明日死ぬかもしれないと考えたことはないか?

明日、自分が死ぬ、または来週俺は死ぬ!そうなったときに、

自分はこのようにして生きてきたので悔いはないのだ。と言える何かが

何か行動規範というものがあるのか?と聞かれたら、無いだろ。


まあ普通の人は無い。


お母さんにも無い。作ってみてはと言ってみたけどいらないって。

それでもいいやと思ってるし、お母さんはお父さんの

行動規範を知ってれば大丈夫。家族だし、僕が夫だからね。

鉄平は男なんだしそろそろ一人前なんだから、そういう規範を作るといいよ

そしてちょくちょく見直して、足したり引いたりしたらいいよ。

お父さんも昔は恥ずかしながら『国家に忠誠』とか書いてた時代があるから

そこは好きに変えていいと思うんだ」


「わかった」国家か、もうなんでもありなのか。


ーーーー


「よし、ここまで話せば、じゃん」父のテンションもそろそろ疲れ気味。

最後のスライドのはずだ


タイトルエリアに「鉄平君の人生憲法~」

とだけ書かれてあって、下は白紙だ。


親父は続ける。

「お前の憲法はコレだ、と俺が作るものではない

さっきみたいに人は「家庭」「学校」「友達」

「塾」「習い事」「仕事」「近所づきあい」と

色々顔を持っていないといけないのだしそれが当たり前なんだけど

それぞれの優先順位に振り回されるとすべてが失われることさえある。


だから、お前は、お前自信の憲法を作るのだ

お前自身で・・・」


「うん・・・」鉄平は神妙にうなづいた


「来週までに・・・」


「えっ・・・」鉄平は引いた、血の気も。

「一緒に作ってくれるんじゃないの?」と、

なんだか小さい頃に戻ったようなおねだりだ。


「ダメだ、こういうのは自分で作らないと。ちなみに、父さんのは

5千円札にもなったことのある新渡戸稲造の「武士道」

という本を規範に作ってるから、武士っぽいけど、

お前は自分の自由な情報で自分の憲法を作ったほうが楽しいぞ

そして、それができたら俺に見せろよ、来週午後イチまでに!」


そうして、家族会議は幕を閉じ、

俺は、人生憲法とやらの作成を行うことになったのだった。


目の前のスライドには


END

ご清聴ありがとうございました


と書かれてあった。

ご清聴してねえし!


普段寡黙な親父はもう昼寝するのだと

パソコンを片付け自室に向かっている。


そんな、作れるわけないじゃないか・・・

うえええん


鉄平君がちゃんと作れたらいいね。


読んでくれてありがとうございました。

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