2.パラダイムシフターズ
高校生の鉄平はラジオが大好き。
そんな彼とちょっとお話をしたい奈々美ちゃん。
「言霊というのは存在するか」
「ダメな男が好きな女というのは何なのか」
その議論の中で、お互いのパラダイム(ものの見方)が変わっていくというお話。
「鉄平、ちょっと聞いてよ」
同じクラスの奈々美が言う。
休み時間中に一緒に遊ぶ誰かもいないので、手持無沙汰でケシゴムの角を丸めていたところに寄ってきた。
前の席の男はまあどこかに行ってるので問題は無いだろう、教室の一番奥で勝手に話を始めようとする。
「お、おう」
奈々美は同じクラスの友人。お互い特別成績が良いというわけじゃないけど、
俺と同じラジオが好きっていう事と、
本をおすすめし合っているとても良い友人だ。ほかにいないくらいに。
「また、出てきたのよ」奈々美が神妙に言う。
「言霊が」
「コトダマ・・・。うーん自分の部屋に?
ついに妖怪探偵ナナミさんも開業ですね。武器は奇抜でかつ分かりやすい感じでいこうよ」
俺は気軽に返してみる。
「そうじゃなくて。言霊でしょう、コトダマ。言葉には心があったり、思考は実現したり、夢は必ずかなう!という。・・・それが、この本にも出てくるのよ」
「えー海外小説じゃん」
「海外小説だけど、フォースというか、不思議パワーを言葉で実現する」
「よくある話なんじゃないの?何が気に入らないのさ」
「言霊なんて無い!というのを、私の立場としたい」
「幽霊はいる派だっただろう、そりゃあ言霊だっていていいんじゃないの?」
「幽霊はいるよ、魂は実在するよ!だけど言霊は実在しない!」
「そうかなぁ」鉄平には違いがいまひとつわからなかった。
奈々美が続ける。
「言葉には、力が宿る、というのはわかる。言葉があるからコミュニケーションができるし、私が例えば鉄平君に、肩を揉んでとお願いしたら、あなたは揉んでくれるでしょう」
「揉まねえよ」
「それは私がお願いした事に、力が宿ったのであって、言葉自体はただの言葉なんじゃないのかと」
「その場合揉まねえと言う俺の言霊も消え失せているわけだが」
「言葉というのはコミュニケーションのための道具なんだから、発信者と受信者が絶対いるわけじゃない?木の下に埋めたタイムカプセルに手紙が入っていたとして、そこに将来の夢を書いたとして、その言葉に霊は宿っているのかと」
「そりゃあ、掘り出した人が『あーなつかしいねぇー』と思うためのタイムカプセルなんだったら、それで充分受信したんじゃないの?」
「でもカプセルに「野球選手に!俺はなる!」って書いたから、それで野球選手になってる、って人は少ないんじゃないかな」
奈々美にとっては海賊王も野球選手も同じなのか。
「うーんその例えだと、イチロー選手も大谷選手もキングカズとかほかにもいろいろ、小学校の頃の卒業文集に俺はプロになる!って具体的に書いてたらしいよ」
「あー卒業文集・・・あれを公開させるほど恥ずかしい事はないわよね」
「わかる。俺も何て書いてたか忘れてるけど、ロクな事は書いてなかったと思う」
「話がそれましたな」奈々美がおじいさんみたいな口調で言うので
「そうでしょうか?」プレゼンしている真面目OLの気分で返した(そんな仕事があるか知らないが)
「言霊というのは無い!言葉には、発信者と受信者があって、こうなりたい!って言うのは、自分自身にずっと発信している言葉っていうだけで、言葉そのものには魂なんて無い!」
奈々美がそう言うので、ちょっと盛り上げたくってウンチクを披露したくなった
「うーんそういう信仰があったよ、ってだけなんじゃないの?万葉集でさ、天皇の歌った歌ってのがいっぱいあるっしょ、中でも大和は良い国だ。天の香具山に登ったらみんな煙を上げてごはんを焚いている!海も空も美しくってトンボも飛んでる!最高!っていうのがあるんだけど、実際に天の香久山からは海が見えないので、あの時の天皇は別に山に登ってたわけじゃなくて『こういう国だったらいいなぁ・・・』ていう思いを詠んだだけって言うよ」
「え、マジで?」
奈々美が驚いてくれる。気分良い~と鉄平は思う。さては授業も聴いてないな。
「その時の天皇がそう詠むじゃん、下々の者は『あ、やべえそうしないといけん』と思って民がちゃんと食えるようにするし、飯が食えるだけでもうみんな、天皇は下々の暮らしを見てくれててすごいなあと感動する。それは言霊がちゃんと機能したという事では?」
「うーん規模が違うだけで、鉄平君が私の肩を揉むのと同じ気がする」
「なんで肩を揉むのが前提なのか」鉄平は続ける
「なんにせよ、肩を揉まれたんだし人民は美しい国だなあ、そうだなぁ例え今苦しくてもそういう国にしようなぁと思ったんだし、それは言霊のなせるワザなのでは」
「ははぁ、権威があれば霊も乗る、と」奈々美がスレてきた。
「え、言霊って心霊現象的なものじゃねえよ?」
「でも人を動かすことができるのは、力があるからでしょう?天皇に」
「そうだねえ」
「じゃあ言霊そのものは無いと言ってよい。私が同じ歌を詠んだって力は同じはずだけど、私が同じ歌を歌っても影響は無い」
「うーん」奈々美理論に負けそうだ、ちょっとはぐらかそう。
「そういえば天皇家ってのは和歌をお詠みになるんだよ。知ってた?」
「そりゃあ、たしなむ、くらいはするんじゃないの?」
「いやそれが、ニュースになって全国に流されるんですよ。俺はそれを知ったときスゲエなと思ったね」
「皇族だから作品が発表されることに?」
「いや、もしね、和歌の才能がメッチャあるなら、毎年でなくても良い歌をパパっと詠むと思うのよ。
それに対して自信もあれば自負もある。だけど和歌に興味が無いけど皇族に産まれた・・・そういう人もいるだろうし、皇族に産まれた以上絶対詠まないといけない。そしたら全国に歌が発表されて『あーこういうレベルねなるほど、なるほど』とさげすむ感じで言われるのだ。それってなんだかスゴイ世界だと思ったんだよね」
「えーそういう事なら私スゴイ言霊いっぱい乗せたい。みんなが幸せになるようなやつを詠むんでしょ?」
「あーだからダブルミーニングとかがいっぱい好まれるのかもね、って言霊は信じないんじゃないのかよ」
「信じないよ、今の話にしたって天皇家のパワーじゃない。言葉そのものには宿ってない。自分の力で自分の言霊を発信できるようになったマコ様の方がアタシは好きだね」
「何言ってやがる、俺が言いたいのは才能なかったら地獄だよなー大変だろうなーって話」
「まぁね、努力はいっぱいしてるし、させられてるかもね」
「見た目には優雅なもんだけどな。天皇家にはきっとすごい言霊があって、子供たちにすごい成長を促すパワーがあるんだよきっと」
「・・・・そうかなあ?」奈々美はちょっと黙って考えていたようだ。
「ウチのママにも?」奈々美は何か言いたいようだ
「やっぱりいい」なにかわかったのか、ただこう、俺はある派と無い派で話をしたいだろうから、そういう展開にしただけなのに、奈々美は何かを考えていたようだ。
そんじゃあまたね
そう言って彼女は笑って去っていった。
議論が休み時間中に終わるというのは良いことだ。俺はケシゴムのカスを丸める作業に取り掛かった。
部活なんてやっていない、早く帰りたい。
カバンから大事なラジオを取り出して、イヤホンを挿して聴きながら帰る。
学校はスマホ容認派なので、たぶんおとがめは無いだろうが、念のため学校を出てからイヤホンをつける。
ラジオは良い。とにかくコミュニティを気にする必要がない。
まあ地元のラジオだという点はあるんだけど、ユーチューブやなんかは、「おすすめ」に乗ってきたものだけを消費することになる。
もちろん良いものがあったらそればっかりずっと聴いてる、という人の気持ちもわかるし
そういう没頭する感じは気分が良い。
このラジオはなんとマイクロSDカードも入るので、時によっては買ったりもらったりしたデータを
ずっと聴いていたりもする。
しかし、俺の親父も「情報は広く色々なことにアンテナを張っておけ」という。
たぶん、新聞を隅々まで見ろ程度のことだという気がするが、ラジオも色々教えてくれる。
気にならなかったジャンルの音楽を教えてくれることももちろんある。
そして、映像が無いだけ映像なしで楽しませようというコンテンツが楽しい。
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「今お電話つながっていますか?はいはーい、you Gotta 夕方ラブのコーナーですーユーコさんですかー?」
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女性パーソナリティが電話で、視聴者と話すわけだ。ユーコさんが悩みを言う
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「こんばんにゅー」
「はーいコンバンニュー」
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「夕方ニューエイジン」という番組名なので挨拶がそうなっている。なんで俺はそんな説明をするのだろうか。
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「えっとですねー私の悩みなんですけど、今仲の良い友達がいるんですね、だけど、その友達がいっつも彼氏が、ちょっとひどい人で、デートの約束を忘れて、パチンコに行っていたり、暴力をふるったりして、なんとか別れさせたいんです。
だけど、本人は別れるつもりがなくって、彼氏のこと愛してるって言うんですね。
どうしたら別れてもらえるかなと思って。エイジさんよろしくお願いいたします」
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エイジさんは中年男性の落ち着いた声、ちなみに女性パーソナリティーはミカちゃん。
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「ユーコさんコンバンニュー」エイジさんが言う
「コンバンニュー」電話のユーコさんが答えた
「ユーコさんには大切なお友達がいて、だけど彼氏がちょっとやめたほうがいい男で、なんと暴力まで、なので、別れさせたい、とそういうお話ですね」
「はーい、どうしたらいいでしょうかねえ」
「いやーどうでしょうねえ、彼氏の事愛してるっていう女の子に、あいつはやめとけ、別れろって言って別れますかねえ?」
「でも、その彼氏就職もしてなくて、一緒に住んでるらしいんですけど、バイトみたいな働きにも行ってなくて・・・」
「あー、典型的なだめんずですね」
「だめんずですか?」スタジオのミカちゃんが答える。
「今時は言わないかもしれませんけど、まえ倉田真由美さんの「だめんずうぉーかー」ていう漫画がありまして、雑誌で連載されてて、もう毎回「ダメ」な男ばかり捕まえてしまうというか、彼氏が毎回ダメっていう女の子が出てくるんですよ。ドラマにもなってたのにミカちゃん知らないんですかぁ?」
「あー見せてみました、友達にぃ」
「ほゥ」エイジさん答え待ち
「私と一緒やねーと言って笑うだけでしたねー」
「それはいけませんねぇ、自分がダメな男好きではいけないと知りながら、実際にダメな男が好き。そんなら別れたところで別のダメな男につかまるだけなんじゃないですか?
それとか、実は別れてほしい彼氏のことをユーコさんがこっそり狙ってるとか」
「ないですよぉありえない」ユーコさんは否定する。
「ダメンズウォーカー的には、当てはまる人っていくつかパターンがあるみたいで、依存しやすい人か、男性経験少ないままダメなのに当たって、これも運命とあきらめてるか、面度見がよくて、私がいなきゃだめなのよねーと思っちゃうタイプか・・・そういうのがよくダメな男と別れられないーって言ってましたね」
「はい、友達にも見せたんですけど、どれにも私は当てはまらない!私はあの人が好きなんだ、と」ユーコさんなんで相談してるんだろうと鉄平は思う。
「いや、それではもうあんまり別れさせても意味ないんじゃないですか?」
「でもですねー友達はどんどん貯金が無くなっていってるって言うし、殴られたっていうアザも見せられるし、かわいそうなんですよ。無理にでも別れさせたほうが彼女のためなんです」
「ははぁそれはちょっと心配ですね、警察に言ったほうが良いレベルなら、警察に先に言ったほうが良いかもしれません」
「警察ですかーまだそれはいいかな?わかんないです」
「どうですかねえ、そしたら別の男性をおすすめしてみたら?」
「紹介するっていう感じですか?」
「そうです、ダメンズが好きな人はやっぱり『この人しかいない』と思い込んでるんでしょうから
別の男性とこっそりチョメチョメしていただいてですね」
「エイジさーんダメですよー」ミカちゃんが止める
「そんなこっそりあてがう別の男なんてすぐはいないですよー」とユーコさん。そりゃそうだ。
「でも好きこそものの上手なれ、では意味が違いますが、好きならしょうがない、追い込んでみたらどうですか?ダメな男も追い込まれてやべえと思ったら、奮起してがんばるかもしれませんね」
「お友達も、そんな彼氏に困ってるふしはあるわけでしょう?」
「まあそうですね、別れないらしいですけど」ユーコさんが答える
「働け~働け~と毎日念を送ってあげるとか、壁に「稼ぎが良い」と貼ってですね」エイジさん
「あ、俺働いてないな、と思わせる」ミカちゃん
「うーんそれだけで働くわけではないと思います」ユーコさん。俺もそう思う。
「そうですねー、やっぱり、彼女さんの方から期限を切って、いついつまでに働かないと追い出すよ、と、脅してみるのが良いのでは?」
「なるほど」
「まあ実際には別れなくても、少しづつ焦ってくれるかも」
「そうですかねぇー、それで結局別れてくれたら私は良いんですけどね」
「そうだったね、そのパターンもあるかもしれないし」
「わかりました、友達にそう言ってみます。ありがとうございます」
「はーいうまく行くと良いですねーこれからも聴いてくださいねーお友達にもよろしくー」とミカちゃん
「はーいありがとうございましたー」
「またなんか変化があったらこの番組でも教えてくださいね」と最後にエイジさん
「はーいではではー」ガチャリ
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うーん
そんな、ダメな男が好きな人がいるのか。いいなあ。ダメな男なのに彼女がいるのか。
鉄平はそんな風にして、家路に着いたのだった。
我が家の玄関には、親父が書いた文字で
「互いに尽くす」
と、書かれていた。これが我が家の今の家訓なのだ。
父親は、親父の座右の銘が何かは知らないが、こういった言葉を飾るのを好んでいる。
この文字も、「家族ってなんだと思う?」とかなんとか、父親から色々聞かれて、わかんないと答えたので、父は「助け合う集団なのだと思う」と言った。
俺も確かにそういうことかもなと思ったので、同意した記憶がある。
なぜか、数年に一回、父自身で書いている。そのたびに内容を相談された。
これが、玄関に飾ってあるからといって、自分の行動に変化があるとは思えない。
気分次第で、家事を手伝ったり草むしりをさせられたり、
それに文句を言うんじゃないぞ、と。そういうことかなと思っている。
が、同意した以上俺もその家族に対して適度に尽くそう。あくまで適度に。
言霊と言うなら、これは俺の親父の言霊が俺を縛ってるんだろうな
と、少し思うが、まあ自分もちょっと噛んだ以上同意しようと思う。
次回書くときは「独創性!」とかにしようとしたらどうなるかな、ウチ。
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「ダメな男しか好きにならない女がいるんですって、良かったね」
「お前ラジオ聴いてただろ」
休み時間に話かけてくれる人間なんて、この奈々美くらいのものだ。
俺はだめんずだからな。
「女の子にお前とか言う人はまぎれもなくダメ男よ」
「はい、治します。気を付けます」なんだろう、今日はいじめに来たのかな?
「ダメな男が好きな女っていうのは、依存とお姉さんタイプとあきらめって言ってたじゃない?」
「よく覚えてるなぁ、ほかにもあるんじゃないのかね?」
「ああいうのは、自分ではどうにもできないのに、ダメな男を選んでしまうのかしら?」
「いやあ、自分で選んでるんじゃないかなぁ、どんな境遇でも、すべての環境は自分で選択した結果だもん」
「自分ではどうにもならないものってのもあるじゃない?」
「そういうのは無いよ、奈々美さんだってこの高校に自分で選んで入ったっしょ」
「あんまり好きな言葉じゃないけど、『親ガチャ』だとか、最近はよく言うじゃない。
子供は親を選べない、っていうのを、今風にいいかえて。親にとっては、それこそ子ガチャなんでしょうけど」
「考えてもしょうがない事って、考えてもしょうがないと俺は思うなぁ」
「思考停止しましょうという事?」
「自分で制御できることと、制御できないことが世の中にあるんだったら、制御できないことは考えるだけ無駄だと思うよ、だって制御できないんでしょ。それならそういう事に時間をかけるより、もっと別の楽しい事を考えて気を紛らせましょうと思ってるよ。
だめな男が好きなんじゃなくて、仕方なくダメな男と付き合ってる人もいるだろうし
男女関係以外に楽しい事はいっぱいあるのになんで恋愛ばっかりに盛り上がれるのかと思う。
思考停止に聞こえるかもしれないけど、ダメな男と付き合ってる!と思うこと自体が男に依存してるといえる」
なんか偉そうに言ってしまったなと鉄平は思う。
奈々美は少し考えていたようだった。黙ってしまった。
そんな変な問題か?と鉄平は思っていた。
そんな話をした次の日の帰り道、奈々美は手紙を渡して来た。
読んでほしいとのこと、そりゃあ読みますとも女の子からのお手紙だもの。
でも手紙にするなんて悪いことしたな
俺が自分のメールアドレスを持っていないから、メールでくれないんだろう。
親に管理されてないスマホが欲しいなぁ、たぶん、俺の知らないところで
クラス内SNSとかでみんな俺の悪口言ってるんだろうなぁ。
なんとなく、マズイことが書かれているかもしれない
逆に、ラブレターとかだったらどうしよう、そんなわけないか。
何か気に障ることを言ってしまっているかもしれない。
わかんねえけどこの気持ちってなんなんだろう。
その日の帰り道は、ラジオを聴く気分にならなかった。
手紙の内容は
彼女の幼少期のお話だった。
彼女の母親は少し厳しい人らしく、彼女にピアノと英会話を教え海外の大学に、日本でも有名な大学に行かせようとしていたらしい。
母親の本気が伝わっていたので、彼女自身もがんばろうとしていたし成績を残すと母が喜んでくれたのでがんばれたらしい。
家の玄関には「克己」己に打ち勝つのだという書道の文字が掲げられ、毎日毎日がんばっていたそうだ。
そういう家にいて、また、少しづつ成績が残せないようになると、だんだん彼女は言葉数が少なくなってきたのだそうだ。
父親がそれに気が付いたのは家族で夕食を食べに外出している時だった。
彼女は一人っ子なので、親と話をする機会が多いのだが、その日は父親が何を聞いても一言二言返事をするだけで学校はどうか?など聞いてもろくに会話が続かない。
そしてその日は両親がケンカになったそうだ。
少ししてから、父方の実家にしばらく預けられることになった。
母親の言う事は逆らえないが、母親が自分のために色々とがんばってくれている事を、否定されるのはつらいことだった。という。
『お父さんは「主体性のある子になってほしい」と言っていた。
私は私の意思でピアノをやっていると思っていた、だけどお父さんの目にはそう映らなかったのよね。
今度はお父さんの望むような子供にならないといけないと思ってたの。
だけどお父さんの言う主体的ってのがいまひとつよくわからなかった。
わからなくてまあ、おばあちゃんと畑で仕事したり田舎の学校に行ったりするんだけど、
そこの学校の子たちは半分くらい塾にも行ってなくて、出会った友達も何も考えてないみたいで、この子たちは馬鹿だなあと思ってたの』
おいおい酷い少女時代だなあ
『だけど、この馬鹿らしさが主体的なのかもしれない。
一緒にただただボールを投げて当てあって、それだけでとても楽しかったのをよく覚えているわ』
俺も子供時代のお前にボールをぶつけてやりたかったぜ
『結局半年くらいで、もとの家に帰ってきたんだけど、もうお母さんはそんなに無理をさせないようにしようと決めたみたいね。
私はお母さんに失望された気がしていたけど、ヒマだったから放課後は学童保育の子と一緒に一生懸命ドッジボールをするようになったのよね』
『お昼に言ってたじゃない、私も、この世界には自分で制御できるものと制御できないものがある、それはその通りだと思う。だから制御できるものは、与えられたカードは磨かないといけない、それが生きる上で大切なことだしそれができないことは生きる意味がなくなってしまう。
私はずっとそう思っていたの。
そうなんだけど、鉄平君が「自分で選んでそこにいる」みたいなことを言ってたじゃない
それは、何というかすごいことだなと思ったの。何て言ったらいいかわからないけど、
生きる強さっていうのはそういうことかなって。だから今日は感謝の言葉をつづりたく
お手紙にさせていただきました。ありがとうこれからもよろしく
奈々美 』
うーん感謝されてしまった。
違うんだけどなあ、俺は持ってるカードも磨いてないから
そういう事なら奈々美の方がスゴイんだけどなあ・・・
どうしよう、何て言ったらいいんだろう。
とてもいたたまれない気分だ。
返事のお手紙を書くのもつらい、恥ずかしい。
何度か読んで色々考えて、ハガキに筆ペンで、読みかじった本に書かれてた文字を書こうと決めた。
「率先力」
とても偉そうで申し訳ない気がしてたが、同じように封をして、次の日渡した。
好きなことは自分で探さないとダメだぞ、というくらいの意味だ。
後日
「そんな日本語はありません」
と、奈々美は言っていたが、気に入ってくれたらしい。
玄関に飾ってはもらえなかったが、額に入れて部屋に飾っているらしい。
母親の言霊を上書きするほどの霊力は無いだろうなとは思うが、気に入ってくれたなら何よりだ。
そんな日本語無いのか・・・と思って辞書を引いたが確かに載ってない。
俺はさらに恥ずかしくなったので、もっとまじめに自分の持っているカードを磨くために、
だめんず脱却のためにクラスの他の人とも仲良くしようと思うのだった。
最後まで読んで下さってありがとうございます。
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