1.良心
高校生の鉄平には悩みがあった。
父親に「お前には良心というものが無いのか」と怒鳴られたので、
このモヤモヤをどうすればいいのかわからずクラスメイトにあたってしまったのだ。
奈々美に謝らないと、でもどう謝ったらいいんだろう、そもそも何を怒ったんだろう。
そんな「良心」にまつわる会話ドラマです。
東南アジアで大きな地震
フィリピン沖でM7.1の揺れ
東南アジアで津波の心配がある。
と、ラジオが言っている。
今この時、自分が困っていないのなら、どこで何が起きたっていい。
何なら、何かで募金活動があれば募金はするけど、いつもいつもそんな
知らない人の相手はできないよ。俺の心の方もヒマじゃあないんでな。
ラジオを聴きながら鉄平は登校中、ぼんやり考えていた。
今時、わざわざラジオを持ち歩いて、イヤホンで聴くような人は少ない。
スマホにラジオ用アプリを入れて、放送エリアを感知して
デジタル変換されたものを聴くことだってできる。
「でもそれって結局、インターネットの世界と変わんないじゃん」
と、同じクラスの奈々美が言っていた。
一理あるな、と思う。
ラジオにはラジオの発信局があって、発信される電波を拾う。
この受信用のメカでもって、小さな電波を大きくして音楽にしたりする。
インターネットで流れてくるものは、今流れている電波を拾っているのではなく
結局はユーチューブなどを見ているのと変わらない。
それならわざわざスマホでラジオを聴くよりユーチューブやらを流していたほうが良い。
映像もカッコイイからな。
だからラジオを聴くのにスマホは不要だ。
邪道なのだ。と、奈々美は言いたい。
俺は彼女の一言で、そういう意味だよなと納得し、
大事なラジオで音楽を聴いたり、ニュースを流し聴きしたりする。
もしかしたら、あいつが言いたかったのは
別の意味だったかもしれないな。
人間ていうのは、つまりは他人なので、俺がこんな無駄マシンをカバンに追加することに、
みんなは、バカなんじゃないかと思っているのかもしれない。そのみんなに奈々美も入るかもしれない。
まあそう、良心の話をするのだった。
人はみな、良心を傷つけられ、良心を痛め、良心につけこみ、良心に訴えられ
良心によって苦労させられている。
「それでも良心的なお値段、てのは良いことなんでしょう?」
「うるさい、女はいつもそうだ、お前には良心がないのか」
と、菜々美にそんな風に言うのは、言葉だけでもとても理不尽な話だと思う。
反省している。なんか、語気を強めてわけのわかんない怒り方をして
ごめんねと思いながら学校に向かっているので、
彼女に何かを言って謝らないといけないんだ。
とても下らないことだ。言葉の意味も考えず、言葉で遊んで
揚げ足をとられて怒ったのだ。
でも良心ってなんだっけ?と考えるには良い機会だった。
そして俺の人生ってわけでもないけど、そういう悩みがあると「今の答え」
をくれるのがラジオだったりする。
人にとっては「聖書」を適当に開くと、今自分に本当に必要な言葉が出てくるというし
そういう「あなたにとってのスピリチュアルメッセージ」な類の本も見かける。
そういう類の本はどこを開いても良い感じに前向きなことを言ってくれるので、
「今」を切り取ってないと俺は考えていた。
ラジオで流れる今・・・そういう相談やお便りが読まれることもあるかもしれない
人生相談コーナーなんかでね。女性DJの声がする
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「糸島市にお住いのランランさん
先日母が買い物に行って、いつも買って帰るスティックパンを持って言うのですが
いつも7本入っていたのに見ると6本になっている!と言い出したのです。
私が母に『今は原材料が高くなってるから、ポテチなんかもどんどん5gづつ、毎年少なくなったりするのよ』
という事を言ったのですが聞き入れてくれません。
7本で普段買っているものが6本になるのは確かに減っているのですが
あまりに母が怒るので、パンメーカーに電話をさせられました。
これは私に対して母は良心的でないなと思うのです。お二人はこういう時いかがでしょうか
一緒に怒ってあげたほうがよかったでしょうか、それともなだめますか?
というお便りです」
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そんなもん、ババアが勝手にキレてるだけじゃん
と、鉄平は思うのだが、さすがにラジオのDJの方々は時間を稼ぐ。
尺ってやつがあるんだろう。
パーソナリティは中年男女2人組で、長くやっている。
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「伊原さんどうですかこのお便り」
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伊原さんと呼ばれた男が答える
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「あーパンを買ってね、100円で7本のはずが6本になっていた。そりゃあ怒りますよ、
100円だったじゃん、7本じゃん!お母さんの気持ちはよくわかります。
これがたぶん開けたのが家に帰ってからなんでしょうね
目の前に言えるのがこの方しかいない。もう何よ!で、
メーカーにまで電話したんですか、すごいですね。
こういう話はたぶんですけど、商店街なんかの肉屋で店の前にコロッケがあって
昨日は70円だけど今日は105円じゃないか!なんていう時は直接肉屋に言うじゃないですか。
肉屋さんが答えてくれるのは、アルバイトさんなのかオーナーさんなのか店長さんなのか
誰が答えてくれるかわかんないけど、お母さんは「高くなってるの、なんで!?」って
直接聞ける。家で開けちゃったもんだからなんかそう、この方になんで?ってつい聞いちゃった」
「え、スーパーの店員さんに聞かないですか?」女性パーソナリティーさんが返す
「まあそうなんだけど、スーパーの店員さんにその時気付けば言うんだけど、
こういうのって、クレームみたいなのを言う相手が遠いんだよね」
「この方はお母さんに対して『良心的でない』って言ってますよね」
「あーこの方はもう、7本だったパンが6本入りに変更されることは「ありえる」ことだし
もう見た瞬間に色々理解しちゃうんですよ。
だからお母さんに『今円安だから、原油がアレだから』とか先回りして言っちゃったんでしょうね
それに対して・・・」
「あー」
「お母さんが・・・」
「怒ると。先回りしたもんだから」
「そう。この方たぶんメーカーに電話した結果書いてないけど、メーカーが同じような回答で
すみませんご理解くださいと言ってくれたんだろうね」
「そうかもしれませんね」
「お母さんは良心的ですよ」
「え?良心的ですか?」
「だって目の前にあなたがいて、この方もうハナっから6本なのを納得してるんですから」
「えー結果的には6本ですよ」
「そうなんですけど、私はその『あきらめない心!』なんかも人の良心だと思うんですよね
そしてこの方に電話させる・・・と。
自分がやっても良いんでしょうけど、この方がね、やっぱり言い方がね、もう諦めてくださいよ
という感じだったんでしょうね。
女性の方同士って、こう、会話するにあたってお互い理解してあげる文化があるって
よく言うじゃないですか」
「あー、ただ同意してほしい、みたいな。聞き上手がモテるとか言いますもんね」
「理解してあげるっていうのは、逆に言えばもう先回りして気を利かせてあげる
みたいなとらえ方をしたりする」
「あーこの方は聞き上手なのでしょうかねえ」
「それが、今回は母のゲキリンに触れた。と。母は『あきらめるな!』と」
「えー文句言いたいだけなんじゃないですかー?」
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鉄平はこんな話でよく続けていられるなと思って聴いていたが
良心的というセリフが何回か出た事に、聴いててよかったなと感じた。
もうね、諦めない心が良心だったら、人はみな良心的ですよ。
・・・鉄平は少し興奮してきた。
このラジオから流れてくるこの下らないやり取りが、イヤホンを通じて
自分の脳内に直接いろいろと何かを積み重ねてくれている気がして
だんだん気分が良くなってきたのだ。
鉄平はさらに思う。
そもそも奈々美と話をしていたのは俺の親の話だったなぁ
妹が学校でイジメにあっているのに、お前は知らん顔ができるのか!
何か言ってやることはないのか
とかそういう話だ。
妹は学校でいじめられているらしい。
俺は妹の事をよく知っているし、
俺も何なら妹をいじめている。
なんかね、妹と会話してても内容が全部、某世界的有名な魔法学校シリーズの
直訳したような話し方をするんだよね。それもなんだっけネビル君?
あと嘆きのマートルのモノマネが好きみたいで。。。
あんまり相手にしていると疲れるからほっといてるんだ。
それで、学校でいじめられてるって親に泣きついて。
いや、それお前自分で治せるじゃん、その話し方やめなよ!と。
親はもう妹が大切だからさ
あんまりそういう下らないところを見てないで
いじめといえば「陰湿」で「陰惨」で心に傷を残すものだと
考えたりしちゃうわけよ。
それで父親が「お前には良心がないのか」
とか言うもんだから
「良心的だというなら、妹を正式に無視してやってる俺のほうが良心的だね」
とか、こう返しちゃって怒られたんだよね。
そういう話がなぜか頭にあったもんだから、良心ってなんだろね
良心とか実際は無いんじゃないの??という話をクラスメイトに話をしたのさ。
確かに、正面を向いて「相談があるのだ、家族について」と言えばよかった。
とにかく、ラジオ様も「諦めない心が良心」
というなら俺様の「ほっといてあげる心が良心」というのも認められるべきだ。
良心に訴えようとしても無駄だぞ!これが俺の良心なんだ!
「バカじゃないの」
奈々美は言う。放課後の教室では、あまり周りに聞こえる話ができないので
帰りにコンピニスイーツをお詫びにおごり、公園で話を続けた。
ちなみに、謝罪自体は朝教室で行ったが、公開処刑の気分だった。
「そういう話ならそういう気構えで聞くし、あんまりこう、思いつめた感じで
迫らないでくれないかな?」
「思いつめてたかな?謝るってのはやっぱりパワーが必要だもんね」
菜々美が言うには
「良心っていうのは『呪い』みたいなものでさ、小さいころにやっぱり
舌きりすずめとか系の、いじわるなとなりのおじいさんが不幸になったりするのを見て
人には優しくしないといけない、親切にしないといけない。善人でなければ不幸になる。
そういう事を思い込まされて生きてると思うのね」
「呪いってそういうものなんだっけ?」うろんな単語が出たので突っ込んでみた。
「この場合はいわゆる「洗脳」みたいな感じかも。
で、人生いろいろあるじゃない?生活も変わるし環境も変わるし、信じていた人に裏切られたり
最新だったスマホが古くなって、システム開発のライブラリも多くなりすぎちゃって。
本当にいじわるなじいさんは、いじわると言えるのか。
ばあさんはなぜ、すずめの舌を切ったのか。舌を切られるほどのことをすずめがしたのではないか。
なんて、正義だった俺のほうが、実は悪を生み出していたのか!
そういう話は最近いっぱいあるから、本来あるべきしつけておきたい「呪い」っていうのが
薄くなっちゃってると思うんだよね、今の時代って。
よきこと!には限りがないはず。そう思っていたはずなのに、それ自体が良くなきこと、というのはまあ、
ある話でしょ。安全のためにつけていたベルトで首を絞められて死亡みたいな」
「恐ろしい例えだな」
「つまり、良かれと思って行動することは、すべて良心的なんじゃないのかな。
だから、お父さんの良心と鉄平君の良心が違ったから怒られちゃったと」
「うーんそうなるかな?」
「で、その怒られちゃった腹いせに私に怒ると」
「悪かったってば」たぶんずっと言われる。気を付けよう。
「で、私が思うには」
「おっまとめか?」
「良心にはね、良心レベルとか良心ランクってのがあるのよね、さっきのゲームの例えでいえば」
「良心レベル?俺の良心レベルが低いからダメなのか?とかいう話になるじゃん」
「そうじゃなくて『今ここにある良心は、どこまでを見据えた良心なのか』とかいう感じよ」
「良心レベルを場合によって上げ下げしようというわけか。じゃあレベルとかランクって感じじゃないんじゃないかな?ゲームだと、ランク上のユーザーキャラのステータスは下がらない。対戦レートは落ちたりするかな」
「じゃあ、うーん『良心視点』かなあ、マップを見ながらFPSみたいなゲームをするのと
音とナイフだけでゲームをするのは、マップがある方がより強いでしょう。
だから、良心を考える時、っていうのは最適な行動をする時で、最適な行動をするときは
色々なものをみましょうね、というのと、あなたには何が見えてますか?というのと
私はこれが見えてますよ、どうですか?というすりあわせ」
「打合せ」ちょっとあいづちを入れてみる。
「話合いが大切ですよ、と。まあ大きな目で見てよ、という話なんだと思うよ。疲れてる時は見えなかったりするでしょう?」
鉄平は、奈々美の言いたいことを、なんとなく分かったが、いまひとつ納得できない。
「俺はなんで父親に怒られたんだっけ?」
「『良心はないのか?』でしょう?」
「結局怒られたけど、怒られるのもそれだけだと、話し合っただけっていうか
怒られ損という気分が取れないなあ」
「すり合わせの中でのイザコザなんでしょう?お父さんは妹さんの人生に責任があるからねえ」
「俺にだってあるさ、妹の責任・・・無いか、あると思うけどなぁ」
「それにしちゃあ、無視するのはずいぶんと、消極的な良心よね」
「あー、うーん悪かったかなぁ」
「でもなかなか、人間同士分かり合えないもんだし」
「覚めてますねえ」
「私に言ったみたいに、ゴメンねって言えばいいんじゃないの」
「えー妹に」
「そこは家庭の事情なんで私にはあんまりわかんない」
奈々美は楽しそうに突っぱねるのだった。
適当なところで切り上げ、奈々美と別れ、再びラジオを聴きながら一人で帰る。
今時は何か聴きながら歩いてるとマナー違反なんだっけな?歩きだから良いか。
先日読んだ本によると
人間にはパブロフの犬に代表されるような動物的な「反応」のほかに
「自覚」「想像力」「良心」「自由意志」があるという。
どんなに高度な動物であっても、言葉を持たない以上、これらのどれも持つことができない。
だけど、今「良心」というものは絶対的なものではなくなっているというのが
今回の話のまとめだと思う。
ブッダのようであれ、と言ってもブッダも今の時代、良心的じゃないよ、という事もあるかもしれない。
ブッダはそもそも修行時代、前世で「答え」を知るためにトラに我が身を食べさせたという。
そこにどんな良心があろうと、殺されたり死んだりするのはゴメンだと思う。
もちろん殺すのも嫌だ。
ブッダの良心レベルは時空を超える。
俺の良心レベルは、妹の未来までは考えてなかった。
朝のラジオの母の良心レベルは「不当に対して怒れ」というわりと大きなものかもしれない。
ならば、せめて、今見えてるマップは、ちゃんと確認して、装備もチェックして
ちょっと何ならチュートリアルも何回かやってから、人生のゲームをしてくださいよ
という感じなんだろう。
この良心がちゃんと形になったら良いなと、コンビニの募金箱に今月のこづかいを少し入れた。
俺がバカでなければ良いなと、思うのだった。
終わり
最後まで読んで下さってありがとうございます。
よろしければ評価をお願いいたします。
なんとか完結させるよう頑張ってみたいと思います。