エピローグ
恋人同士としての初めてのキスの後、俺たちは感激のあまりお互い何度もキスを交わしてときには舌を絡めたちょっとエッチなキスまでして盛り上がってしまった。
自分では自覚していなかったがお互いの溜まりに溜まった思いが次々に溢れ出し、一足飛びに次のステップにいきそうになったところで「こらー、いきなりおっぱじめるなっていったでしょうがー!」という妹様の一喝がドアの向こうから聞こえてきて俺たちはようやく冷静になることができた。
ちなみに翌日の朝ごはんは赤飯だった。
――それから8年
「先輩、どうしたんですか? 調子が悪そうですね」
俺はあれから高校、大学と無事に卒業して今は社会人として働いている。
「だってよー、俺の紗良ちゃんがよー」
今日の新聞、テレビを賑わわせているのは『人気女優藤嶋紗良電撃結婚』『お相手は一般の方』というニュースだ。
女優藤嶋紗良はその後本場アメリカのアカデミー賞で最優秀主演女優賞を獲得するという快挙を成し遂げ、名実ともに神女優の地位を築き上げた。
それまで紗良のことを渋く評価していた評論家も「演技に艶が出て来た。何か変化があったのだろうか」と言っていたがさすがと内心冷や冷やした。
そんな俺とサラはケンゼンナオツキアイを続け、先日、ついに結婚することになったのだ。
昨日の夜に報道解禁されるとその情報は一気に日本中、いや世界を駆け巡り、一部のファン層には『紗良ロス』現象まで起きているらしい。
そういえば職場の後輩は今日休みだが急遽有給休暇をとったと聞いているがまさかな。
「藤嶋紗良といえば演技とはいえ、キスをしない女優さんでしたよね」
同僚の女の子が会話に加わってきた。
そう、あの初めてのキスのきっかけとなったあのお芝居だが、結局キスはフリでするお芝居というのが真相だった。
あの後、落ち込んでいることを見透かされた俺は今度は逆にサラに励まされることになった。
あの時のニヤニヤしたサラの顔は絶対に忘れないだろう。
確かに、サラは「フリではない」とは一言も言っていなかった。
俺が勝手に勘違いしただけでとんでもなく恥ずかしかったのだがそれで俺のサラへの気持ちを確認することができたわけだから返ってよかったのかもしれない。
神がかった完璧な演技をすると評判の紗良だったが実際にキスはしないことだけは徹底していた。
だからといってそのシーンを実際に見ると本当にキスをしているようにしか見えなくてモヤモヤしたことは俺の心の中だけの秘密だ。
世間ではファンの人気を維持するためにそうしていると言われていたが自惚れと言われようが俺はそれは違うと断言できる。
「あっ、そういえば俺も結婚したんですよ。一応ご報告です」
そう言って俺は結婚指輪の嵌まっている左手の薬指を見せた。
うちの職場では結婚式はお互い呼ばない、祝儀も贈らないという社内ルールがある。上司が部下に包むご祝儀が結構キツくて泣きが入ったからというのが理由らしいが俺たちにとってはありがたかった。
「んー、そりゃおめでとさん。まあ、平凡なお前の嫁さんなんだからきっと普通の子なんだろうな。まあ嫁さん大事にしてやんな」
「勿論です、ありがとうございます」
「それにしても」
先輩はネットでとある絵を眺めている。
その絵は紗良が結婚を発表するときに公表した結婚相手、つまり俺の似顔絵だ。
この絵は本来サラ自身が描くべきなんだろうがサラはとんでもなく絵が下手なので、俺の別の幼馴染でありサラとも共通の友人でもある画家が描いたものだ。
そういうわけでやたらとリアルで正直よく似ているので実は冷や冷やものだったりする。
「この結婚相手の顔って何かお前に似てるよな。まあ、絵の方が美形ではあるけど」
「そうですか? まあ、俺くらいの顔はいっぱいいますからね」
「そうだけど何かムカつくじゃないか。おい、いいから1発殴らせろ」
「うぇっ、ちょっ、それは勘弁して下さいよ~」
この日は結構な数の職場で仕事にならなかったという報告があったらしく、俺たちの職場でもこんな感じで緩く時間は過ぎていった。
「ただいまー」
「おかえりなさい。お風呂にする、ご飯にする、それとも、わ・た・し?」
「それ、今度のドラマのやつ?」
一緒に住み始めてからサラはときどき演技をぶっこんで来る。
「んもうっ、何でわかるの?」
サラが紗良になると空間が歪んで世界が変わるからな。
そんなことは言わないけれど「俺はサラのことは何でもわかるんだ」と言うと、サラは「もー」っと言いながら顔を赤くしてパタパタと台所へ引っ込んでしまった。
今のはどうやら素のようだ。
結婚するとき彼女には女優を続けてもいいし辞めてもいいとも言っている。
俺は神女優藤嶋紗良と結婚したんじゃない。
幼馴染の藤堂更紗と結婚したんだから。
この日の夕ご飯はいつもより一品おかずが増えていた。
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(6/7追記)
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(6/8追記)
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