4 告白
「もういい、練習しよう。時間ももったいないし。動作ありでキスシーンはフリでいいから」
目に見えて不機嫌なサラの言葉で本来の目的である役作りの一環、台本合わせをすることになった。
俺は紗良が演じる主人公の女性の恋人役をする。
練習が始まってぶつ切りのいくつかのシーンをやったが俺はそれを無難にこなした。
その一方で目の前の幼馴染は相変わらずシーンに入れば全くの別人になる。
見慣れた俺の部屋の中にいるはずなのに、どこか別の全く違う場所にいるのではないかと錯覚してしまう。
紗良の演技で周囲の次元が歪むとでも言うのだろうか。
世界が引っ張られるのだ。
書き換えられるのだ。
目の前にいるのは紛れもなく神女優藤嶋紗良だった。
そしてシーンはクライマックスへと差し掛かる。
『好きっ、大好きっ、あなたがっっ、世界で一番あなたが好きなのっ! 愛してるっ、愛しているの!』
紗良が俺の胸へと飛び込んでくる。
俺は台本通りそんな紗良を優しく抱きとめる。
しばらくして俺は紗良からわずかに身体を離すと紗良の両肩を掴んでまっすぐに紗良を見据えた。
紗良はビクっと肩を震わせるとゆっくりと顔を上げた。
ぱっちりとした瞳が涙で潤んでいる。
いつ見ても澄んでいて綺麗な瞳だ。
『俺も愛している』
そう言った刹那、紗良がゆっくりと目を閉じ唇を軽く突き出した。
桜色の瑞々しい唇に俺の目は吸い寄せられる。
これは演技だ。
そう思ってもまるで本当に紗良に告白されたかのような錯覚に陥る。
心臓がバクバクと跳ね、額には汗が滲む。
脳内ではドバドバとよくわからない快楽物質でも出ているんだろう。
全てがクリアになり、とんでもない万能感が俺を支配した。
これは演技だ。
フリ、フリをしないといけない。
心臓がドキドキする。
紗良の肩を掴む手が、腕が震える。
俺はゆっくりと唇を紗良に近づけた。
10センチ
5センチ
3センチ
1センチ
すぐ目の前に紗良の唇がある。
その事実だけで俺の頭の中はグルグルに回って訳が分からない感情に支配された。
――ちゅっ
唇と唇とが軽く触れ合う。
――軽くキスをする
ただ1行
台本に書かれていたその通りの行動をした。
――ああ、やってしまった
そんな思いの一方で俺の気持ちは晴れやかだ。
台本では軽くキスをするとあったからもう唇を離さないといけない。
しかし、鎖で拘束されたかのように俺の身体は動かない。
1秒
2秒
3秒
このままずっとこうしていたくなる。
たっぷりと時間を掛けて息が続かなくなってどちらともなく唇を離した。
初めてということもあってか思わず息を止めてしまったと後で気付いた。
経験不足と言われればそれまでかもしれないが、俺はそんな経験不足ならそのままでもいいんじゃないかと思う。
「……ねぇ、今のは演技?」
頬だけでなく耳の先まで真っ赤にしたサラが上目遣いで俺の目を見る。
「演技じゃ……ない」
「だったらもう1度きちんと分かるようにやって欲しいな」
期待の籠った熱い視線を感じる。
その言葉と視線に励まされ、俺は改めてサラと向かい合った。
「サラ、いや、藤堂更紗。好きだ」
俺はサラの本名をフルネームで呼んでその目を見てはっきりとそう言った。
「うん、私も好きだよ。ずっと……ずっと好きでした」
さっきまでのものとは違う涙を幾筋も頬に伝わせて目の前の幼馴染は不器用に笑った。
テレビで見る完璧な表情ではなかったけれど、俺にはそれまでに見てきたどんな笑顔よりも輝いて見えた。
「んっ」
サラが目を瞑って唇を突き出した。
俺たちは再び口づけを、恋人同士としての初めてのキスを交わした。
次話エピローグ(完結)です。
お昼に投稿する予定です。