2 ※ 幼馴染視点
私、藤嶋紗良、本名藤堂更紗には幼馴染の男の子がいる。
藤嶋慎吾という名前の男の子だ。
幼稚園の、正確にはその前から一緒でいつも一緒に遊んでいた。
私は運動が苦手でお絵かきで人の顔を描いたらUMA?と言われる始末。
同年代の子たちからはグズ扱いされてときには遊びに入れてもらえないこともあったけど慎吾くん、慎ちゃんはそんな私に合わせて遊んでくれた。
私はママゴトといった『ごっこ遊び』が大好きだった。
他の男の子はそういうのが嫌いだったけど慎ちゃんは嫌な顔せずに付き合ってくれた。
幼稚園の年長のとき、演劇会というのがあった。
演題は忘れたけど王子様が意地悪な婚約者である悪役令嬢との婚約破棄をして身分は低いけれど心が清らかな女の子と結ばれるという話だった。
私は主役の女の子をやりたかったのだけれど与えられた役は悪役令嬢だった。
主役に選ばれたのは、かわいいだけじゃなくて周りにも愛想のいい(裏では実は態度が悪い)女の子だった。
「あ~あ、劇、やりたくないな~」
主役になれなかった私はそう言って愚図っていた。
そんな私を珍しく慎ちゃんが諫めてくれた。
劇は一人で成り立つわけじゃない。
それぞれの役にはきちんと役割があって何一つ不要な役はない。
それぞれに与えられた役を精一杯、完璧にこなす。
それをみんながすることによってその劇は成功するんだ。
確か、そんな内容だったと思う。
悪役令嬢もしっかり悪役令嬢でないと炭酸の抜けたサイダーみたいな劇になってしまう。
「どうしてサラちゃんを主役にしなかったのか、この劇の本当の主役はサラちゃんだった、そう言わせてやろう」
そう言われて自分の中で燻っていたモヤモヤは全て役作りに注ぎ込んだ。
そんな慎ちゃんは私の劇の練習相手になってくれた。
本番まで毎日慎ちゃんの家か私の家で劇の練習をした。
そして本番前日。
私は震えていた。
元々引っ込み思案で人前で何かをすることは得意ではない。
主役になりたいと言っておきながら土壇場でそんなザマを晒していた。
慎ちゃんに「怖い」と泣きつくとそんな私を見かねて慎ちゃんは自分の家に泊まりにきたらいいと言ってくれた。
元々家族ぐるみの付き合いだったので慎ちゃんの家に泊まりに行ったことは何度もあった。
小さいときだったから寝るときはいつも慎ちゃんと同じ布団で寝ていたけどこの日はいつもと違った。
正確にはいつも通りに同じ布団で寝たんだけど今でもはっきりと覚えている。
震える私を慎ちゃんは優しく抱きしめてくれて『大丈夫だよ』ってやさしく頭を撫でてくれた。
そのときの匂いを覚えている。
森の中にいるようなリラックスできるような何とも言えない匂いだった。
本当のところ、そんな匂いはしなかったのかもしれない。
でも私はそのとき確かにそう感じた。
その夜ぐっすり眠ることができた私は翌日の劇で練習の成果を発揮することができ上手く悪役令嬢を演じることができた。
私の演技は先生だけでなく参観に来た他のクラスメイトの保護者からも大いに褒められた。先生なんかは『ああ、本物のダリア様が私には見えたわ!』とか言って泣いていた。
そんな中、誰のものよりも私が嬉しかったのは慎ちゃんからの言葉だった。
「サラちゃん、凄かったよ。本当に凄い。言葉がこれ以外に見つからないけど本当に凄い!」
いつもはのんびりしていて感情を露わにしない慎ちゃんがこのときは凄く興奮してそうまくし立てた。
そして、慎ちゃんは私の運命を大きく変える一言を放った。
「サラちゃん、役者さんになればいいのに」
「えっ? 私が? 無理だよ。だって私、こんな性格だし……」
「大丈夫だよ。もし、昨日みたいなことがあったら僕がいつでもぎゅっとしてあげるから」
慎ちゃんにぎゅっとしてもらえる……
もうこのとき、既に私は慎ちゃんのことが好きだったんだろう。
そのときはそういったことにまで思い至らなかったけれど今ならわかる。
私はこのとき役者さんになろうと決めた。
そしてそれから小学校に上がって、私はお母さんに頼んで演技の指導をしてくれるスクールに通うようになった。
慎ちゃんと遊ぶ時間は減ったけど、ときどきある発表会に慎ちゃんたちを招待して褒めてもらえるのが嬉しかった。
そして小学校の2年生のときだったか。
「来年転校するんだ」
「えっ?」
「お父さん、転勤なんだって」
慎ちゃんに突然そう打ち明けられた。
「どこに?」
「西日本、大阪よりも向こうって言ってた」
慎ちゃんはお父さんの仕事の都合で家族で東京から西の方に引っ越すことになってしまった。
「もう、サラちゃんの演技を見にいけないかも……」
小さな発表会を見に地方から東京まで来ることはできないだろう。
お金の面でも小学生という年齢という面でも。
「あ~あ、サラちゃんがテレビに出る人だったら僕もテレビで見れるのに」
その言葉で私の目標は明確になった。
慎ちゃんが日本中のどこにいても、場合によっては日本の外にいても。私を、私の演技を見てもらえるようにする。
テレビドラマに出る女優さんになるんだ!
私はその時そう決意した。