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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

お飾り門番知らぬ間にクビになる 〜素通りする人々に無視され続けた結果、【気配遮断EX】を獲得。誰にも気づかれなくなった俺を見つけてくれた少女のギルドでスキルを活かして大活躍〜

作者: まさキチ

1.お飾り門番クビになる


 王都の正門で働く人間はさまざまだ。


 旅人から入都料を徴収したり、商隊の積み荷に課す税を計算したりする徴税局の職員。

 出入りする者たちの犯罪歴を魔道具で確認したり、不審者の尋問をしたりする警備隊の衛兵。

 揉め事が起きた時に仲裁したり、モンスターの襲撃を迎え撃ったりする騎士団の騎士。


 そして、俺のようにただ突っ立っているだけのお飾り門番も――。


 俺――ハイドがこの仕事を初めて5年になる。

 門の脇に立っているだけの仕事なのだが、一応肩書きもある。

 俺は王都下町青年団所属の派遣門番だ。

 お飾り門番に仕事はない。城壁の外、正門から少し離れた場所に立ったいるだけ。

 午前7時から午後5時まで、なにもせずに突っ立っているのが仕事だ。


 なんでこんな仕事があるのか、まったくもって理解しかねるが、なんでも、青年団が門番を派遣するのは昔からの伝統らしい。

 そういうわけで、白羽の矢があたった、もしくは貧乏くじを引いた俺は、毎日休みなく一日中門の脇に突っ立っているのだ。


 今日もいつものごとく、朝7時に仕事場である正門に到着したところで異変が起きた。


 俺の定位置に見知らぬ少年が立っていたのだ。

 俺より年下、15、6だろうか。


 俺が近づいても、少年はこちらを見もしない。

 目の前に立っても、あらぬ方向を向いている。

 顔の前で手を振っても無反応。


 最近、いろんな人に無視されることが多くなったが、さすがに年下の少年にまで無視されるのはダメージがデカい。


 これで声をかけて無視されたら立ち直れない。

 だけど、少年の立っている場所は俺の職場だ。

 声をかけないわけにはいかない。


「おーい」


 と呼びかけても返事はない。


「おーい、おーい、おーい」


 何度呼びかけても反応ナシ。

 無視しているのではなく、まるで俺という存在自体を認識できていないようだ。


 どういうことだ……。


 俺は焦る。

 だけど、ここまであからさまに無視されるのは初めてだ。


 気づけ、気づけ、気づけ――。


 心の中で強く念じながら、少年の肩を強く揺する。


「うわぁ!!!」


 少年は心の底から驚いたようだ。

 まるでお化けでも見たような視線を俺に向ける。


「なっ、なんですかっ!? 驚かさないでくださいよっ!」


 白々しい態度だ。

 さっきまで散々無視して来たくせに……。


「君は?」

「あっ、同僚の方ですか? 王都下町青年団から来ました。名前はポールと言います。今日から門番をやることになりました。色々教えて下さい」

「えっ? 青年団?」

「はいっ! そうですっ!」


 ポールという名の少年がキラキラとした目で俺を見てくるが、俺は現状をまったく理解できずうろたえる。


 一瞬、ポールは追加の門番なのか、と疑問がよぎるが、そんなことはあり得ない。

 青年団が派遣する門番は一人と、昔から決まっているのだ。

 その決まりが変わったという連絡は受けていない。


 じゃあ、俺の代わりに後任が入ったのか?

 そんな話も聞いていない。

 となると――。


 ――また、いつもの嫌がらせか?


 青年団の面々は普段からしょーもない嫌がらせをしかけてくる。

 彼らは「イジってやってるだけ」「イジってもらえるだけ感謝しろ」と笑うが、やられる方はたまったもんじゃない。


 ――はあ。


 また、いつもの嫌がらせだろうが、いくらなんでもこれは度が過ぎている。

 俺だけでなく、なにも知らなそうなポールまで巻き込むのは悪質過ぎる。

 ポールもグルという可能性もあるが、こんな純粋そうな少年が嘘をついているとは到底思えない。


「ちょっと確認してくる」

「あっ、先輩っ――」


 ポールの呼びかけには応えず、俺は正門を後にした――。


 俺が向かったのは下町にある青年団本部だ。

 ちょっと大きめの一軒家サイズの本部には、朝早いせいか誰もいなかった。

 事務室に入り、人員割当記録ファイルを取り出し、門番のページを開く。

 そこに書かれていたことに俺は衝撃を受けた。


 ――俺の名前に二重線が引かれ、今日からの門番担当はポールになっていた。


「ははっ」


 乾いた笑いが口から漏れる。

 いくらなんでも、これはヒドすぎる。

 別にやりたかった仕事ではないが、それでも5年間務めてきた。


 それを通達もナシで、あっさりクビとか……。

 俺の存在自体を無視する、到底許せない行為だ。

 俺の中で、かつてないほど怒りが燃え上がった。


 青年団は下町の治安維持を補佐する組織だ。

 いや、組織というのは大げさかもしれない、若者の集まりくらいが妥当だろう。


 その仕事内容は、祭りを盛り上げたり、定期的に清掃したり、パトロールをしたり、火事の際に消火活動をしたり。

 もちろん、パトロールには衛兵、消火には消防隊と専門家がいる。

 青年団はその補佐という立場に過ぎず、本業の片手間にやっているに過ぎない。


 まあ、町のために働くというのは建前で、定期的に集まって酒を飲むというのが主目的の集まりだ。

 そして、飲んだ後は決まって色街へくり出す。

 俺はついていかないけど。

 というか、誘われたことがないだけだけど……。

 ははは……。


 そんな感じなので、実際に役に立っているのか微妙な組織だ。

 だけど、「昔からやってきた」のひと言で、業務に関する疑問や反論は却下される。

 本当はみんなやりたくないんだけど、やらないと村八分なので、嫌々やっているのだ。


 そして、青年団の活動のひとつに、門番として一人の人間を派遣するというものがある。

 いつから始まった伝統なのか、誰も知らない。

 どういう意味があるのか、誰も知らない。


 本来、派遣門番は回り持ちの仕事だ。

 だが、立っているだけの仕事なんか誰もやりたくない。

 そこで気の弱い俺が押し付けられたのだ。

 最初は「明日変わってくれ」程度だったのが、気づけば俺はずっと門番。

 いつのまにか、門番担当は俺になっていた。

 それでも文句も言わずに、5年間続けて来たっていうのに……。


「もう、どうでもいいや……」


 俺は力ない足取りで、青年団本部を後にした――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


2.みいつけた


 青年団本部を後にした俺は、あてもなく町をうろついた。

 もともと目立つタイプではなかったが、最近はとくに影が薄くなった気がする。

 いや、影が薄いどころの話ではない。

 日常生活に支障が出るレベルで気づいてもらえないのだ。


 例えば――。


 青年団の飲み会でトイレに行っている間にみんないなくなってた。

 自分の分だけでも支払おうとしても、店員に無視される。


 妹の結婚式に呼ばれ、最後に挨拶したところ、どうして遅れてくるのと怒られる。

 俺はちゃんと最初からいたのに。


 飯屋に入って30分座ってても声かけられない。


 歩くと相手が避けずぶつかって来る。

 ぶつかると相手は驚いた顔をする。


 特に、後半2つがヤバい。

 外で食事するだけで一苦労だし、普通に道を歩くのもベリーハードなのだ。


 相手は絶対に避けてくれないから、他人の進路を予測して躱し続けないと、まともに前に進めないのだ。


 ――うん、さすがにこれはおかしい。


 今まで「俺、影が薄くなったな」と思い込もうとしていたが、さすがに無理がある。

 なんらかの異常事態であることは間違いない。

 今朝の一件で、自分を騙しきれないことを認めざるを得なかった。


「うーん、これからどうしよう……」


 通行人に何度かぶつかり、殴られそうになり、町をうろつくことすら無理ゲーだと分かった俺は、広場の噴水のへりに腰掛ける。


「はあ………………」


 今の俺では、まともに食事することも、まともに働くことも、まともに道を歩くことすら、到底不可能だ。

 いったい、どうしろって言うんだよ……。


 ひとつ、生きていく方法が思い浮かんだ。


 俺は他人に気づかれない。

 言い換えれば、見つからない。


 ということは――泥棒し放題だ。


 だけど、泥棒するということは、盗まれた人が困るということだ。

 出来ることなら、他人を不幸にする方法で生きて行きたくはない。

 最終手段としては、そうせざるをえないかもしれない。

 だが、それは最終手段にとっておこう。


「他になにか方法は……」


 俺は考える……。

 他人を傷つけずに、俺が幸せになる方法……。

 他人に見つからないという特性を生かす方法……。


 …………………………………………ッ!


 ――ひらめいたッ!


「よしっ、気分を切り替えていくかっ!」


 原因は不明だ。

 どうやら、俺は他人から気づかれない身体になってしまったらしい。

 誰からも気づいてもらえない――寂しいことではあるが、悪いことばかりではない。

 いつまでも悩んでいてもしょうがない。

 俺に出来ることをやろう。

 俺にしか出来ないことを――。


 決心した俺は目的地に向かって歩き出した。

 人波を避けながら歩くこと5分。

 目的の場所に着いた。

 そう。俺の目的地は――。


 ――公衆浴場ッ!


 王都内には何箇所か公衆浴場がある。

 ここはその中でも最大のものだ。

 朝早い時間帯だが、朝風呂を好む人も一定数存在する。

 満員御礼とはいかないが、それなりの人の入りだ。

 これなら、十分に楽しめる。

 こぼれかけたヨダレを拭って、俺はパラダイスを目指した。


 俺は自分の天才的な閃きに酔いしれる。

 これから俺がすることは誰も傷つけない。

 ノゾキが犯罪なのは、見られた人が傷つくからだ。

 だが、俺の場合、見られた相手は傷つかない。

 なぜなら、相手は見られたことに絶対に気づかないからだ。

 気づかない以上、見られても見られなくても変わりはない。


 ――昔の人はイイ事を言った「見ても減るもんじゃない」と。


 誰も傷つけず、俺だけが得をする。

 うん、俺の特性を活かした最高のアイディアだ!


 とはいえ、近づいてくるとドキドキする。

 バレたら一巻の終わりだ。

 不安が芽生えるが、半ば捨鉢になっていた俺は構わず足を進める。


 辺りを見回す。

 大丈夫。

 誰も俺に気づいていない。


「うんっ! 行くぞっ!」


 と踏み出したところで――。


 ――ぱしっ。


 誰かに腕を掴まれた。


「えっ!?!?」


 女の子だ。

 長い門番生活でも見たことがない綺麗で整った顔立ちの女の子だ。

 その女の子に腕を捕まれ、悪事は未然に防がれた。


「ノゾキは犯罪だよ」

「いっ、いや……俺は…………」

「いいから、こっち来て」


 言い訳しようとした俺の手を掴み、女の子はズンズンと歩いて行く。


 大通りから外れ、人通りのない裏路地で俺は解放された。


 手を離してもらった俺は、ソッコーでジャンピング土下座。


「ごめんなさいっ。つい、でき心で……」


 しばしの間沈黙が流れた後――。


「……ぷっ。あはははははっ」


 堪えきれずに笑ってしまったという感じの少女だが、それにしても笑いすぎだ。

 思わず俺が顔を上げると、少女はあっけらかんと口を開く。


「あははは。ごめんごめん。いいよ、許してあげる。未遂だもんね。その代わり――」


   ◇◆◇◆◇◆◇


3.シーク


「その代わり、ちょっと付き合ってよ」


 にぱーっという笑みを浮かべる少女。

 笑った顔もものすごく可愛かった。


 なんで彼女にバレたのか分からず混乱している俺には構わず、少女は乱雑に置かれている木箱のひとつに腰掛けた。


「ほらっ、こっちおいでよ。ふふっ」


 パンパンと隣の木箱を叩いて、俺を呼び寄せる。


「あっ、ああ」


 俺が隣に腰を下ろすと、少女は満足そうに笑顔を浮かべる。


「えへっ。まずは挨拶ね。私はシーク。ヨロシクね、ハイドくん」


 俺はあらためてシークという名の少女を観察する。

 俺より少し年下。

 黒いゴシックなドレスに身を包み、首には同色のチョーカー。

 左腕には彼女の細腕には似つかわしくない、ごつい銀色の腕輪。

 肩までの銀髪で、肌は白磁のようになめらか。

 均整のとれた身体に作り物めいた美貌。


 思わず見惚れてしまう――っと、それどころじゃない。

 なんで、初対面の彼女が俺の名前を知ってるんだ?


「あははっ。私が名前を知っててビックリした?」

「あっ、ああ……。どこで知ったんだ?」

「それは後のお楽しみ。それよりまずは――キミの話をしよっか。ひひひ」


 シークは俺の顔を覗き込む。


「キミは今、困っている。ふふっ。とっても困っている」

「…………」


 このパターンは知っている。

 俺は警戒レベルをひとつ上げる。


 以前、本で読んだから知ってる。

 「アンタ、騙されそうな顔してるから、これでも読んどきなさい」と母から渡された本だ。


 シークの語り口は、詐欺テクニックのひとつだ。

 人間誰しも、困っていることのひとつふたつはあるもんだ。

 だから、当たり前のことを言われただけなのだが、弱っていると「この人は自分のことを分かってくれる」と勘違いしてしまうんだ。


 そうして、一度他人を心の内に入り込んだら、あの手この手のテクニックで信頼を勝ち取り、騙して奪っていくんだ。


「あははは。疑ってる。でも、安心して。詐欺とか、そんなちゃちいのとは違うから」


 これもテクニックのひとつだ。

 自分は詐欺じゃない。悪者じゃない。

 相手に言われる前に自分からそう告げることで、疑いの芽を摘むのだ。


 どうせ、次も当たり障りのない事を言ってくるんだ。

 俺は知ってるからな。

 騙されないぞっ!


「キミの悩み。にひひっ、それは――誰にも気づいてもらえないこと」

「ハッ!?!?」

「ふふっ、『どうしてそれをっ?』って顔してるわね」

「…………」

「あはっ、キミの問題の原因。それは――スキルよ」

「スキル?」

「ふふつ。キミのスキルは――【気配遮断EX】」

「【気配遮断EX】……」

「他人がキミに気づかないのは、そのスキルが原因よ、えへっ」

「マジか…………」


 俺は呆然とする。

 出会ったばかりの少女だが、嘘をついているようには思えなかった。


 スキルを持っている人は少なくない。

 同じ職場の衛兵さんは【剣術D】を持っていた。

 青年団にも【清掃E】を持つ男がいた。

 行きつけの飯屋のオヤジは【料理C】だ。


 スキルには強さを表すランクがあり、F〜Aへと、順に強くなり、その上にS、SS、SSSがある。

 S以上は英雄レベルで世界に数人しかいないとか。


 だけど、EXレベルっていうのは初耳だ。

 まあ、あまり詳しくないので、俺が知らないだけなのかもしれないが……。


「EXスキルは最高ランクのスキル。その力は強い。最強よ。強すぎて日常生活が送れないほどにね。ふふっ」

「このスキルのせいで俺は……」

「キミの場合、問題なのは【気配遮断】が常時発動――パッシブスキルってことね。ふふふっ」

「パッシブスキル?」

「【気配遮断】は本来、アクティブスキルなの。気配を遮断しようと思ったときだけ発動するスキル。SSSランクまではそうなんだけど、EXスキルはその反対。気配遮断を止めようと意識としない限りは常に気配は遮断されたまま」

「……………………(ごくり)」

「だから、キミは誰にも気づかれなかった」


 シークは少し寂しさを感じる笑顔を浮かべている。

 朝の少年のことが思い浮かぶ。

 いくら手を振っても、呼びかけても気づかなかった。

 俺が強く「気づけ」と念じて、ようやく少年は俺に気がついた。

 まさに、シークの言う通りだ。


 でも、それだったら――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


4.気配遮断EX


 でも、それだったら――。


「じゃあ、このスキルを止めるように意識すればいいんだな? だったら、簡単じゃないかっ!」


 だが、シークは憐れむような笑みを浮かべる。


「あはははっ。そう思うよね? あははははっ」


 カッと頭に血が上る。

 せっかくの思いつきをバカにされたようで、腹が立った。


「ごめんごめん。キミを笑ったわけじゃないんだ」


 申し訳なさそうに告げるシークの横顔はもの寂しげだ。

 落ち着いて思い返せば、さっきの笑いは俺ではなくて彼女自身に向けられてたような気がする。


「EXスキルはそんなに甘いものじゃないのよ、あはっ」


 今度の笑いは力ないものだった。


「ふふっ。他人に認識し続けてもらうためには、強く念じ続けなきゃダメ。短時間ならいいけど、会話したり、考え事したりしながら、念じ続けられるかしら?」

「………………」


 確かにシークの言う通りだ。

 少年に気づいてもらえたときは、全力で念じていた。

 あれを四六時中続けるのは不可能だ……。

 絶望的な気分に押しつぶされそうだ…………。


「キミは隠れるのは世界一。逆に言えば、目立つのは世界で一番苦手。並大抵のことでは、みんなに注目してもらえない」

「そっか…………」

「分かったと思うけど、EXスキルはイジワルなの。とってもね。あははは」


 彼女の苦しさが伝わってくるような切ない笑みだった。

 どうやら、俺が得た【気配遮断EX】は思っていた以上に最悪なようだ――。

 どうして、俺がこんな目に……。


「なあ、なんで俺がこんなスキルを身につけたんだ? 別に修行とかしていないぞ」


 剣の修行をすると【剣術】スキルを習得する。

 魔法の練習をすると【魔術】スキルを覚える。

 鍛冶仕事をしてる【鍛冶】スキルが身につく。


 そういうものだと言われている。

 だけど、俺は今まで何かをしてきたわけじゃない。

 ただ、門の脇に突っ立っていただけだ。


「ふふっ。【気配遮断EX】の取得条件、それはね――「のべ百万人に気付かれない」ことよ」

「百万人に…………気づかれない」


 すぐに思い当たった。


 門をくぐる人たちは俺なんかを意識しない。

 門の脇で突っ立ってるだけの俺なんかに視線を向けない。

 仕事のないお飾り門番に誰も目もくれない。


 王都の正門は毎日数千人が通る。

 特別な時期だと、一万人を超えることもある。


 そんな門番生活を5年も続けたら……百万人。

 確かに計算は合うな。


「あははは。お飾り門番でもなきゃ、絶対に不可能な条件よね」

「ああ、いろいろと納得できたよ。教えてくれてありがとう」

「いえいえ、どういたしまして。へへへっ」


 到底受け入れがたいが、自分のスキルについては納得できた。

 だけど、まだ分からないことがひとつ、いや、ふたつか。


 笑いを絶やさないシークという少女。

 この少女こそが謎だった。


「なあ、シーク。ひとつ訊いていいか?」

「あはは。なにかな?」

「シークはどうやって俺を見つけたんだ?」


 木箱からぴょんと飛び降りると、俺の真正面に立つ。

 今までで一番の笑顔を添えて口を開く。


「あのね、私も持ってるんだ。EXスキル。ふふっ」


 なんだろう。一番良い笑顔のはずなのに、どこか寂しげだ。

 彼女も俺と同じように苦しんできたんだろうか?


「私のは【看破EX】。隠れているもの、隠されているものをなんでも見破っちゃうんだ」

「そりゃまた、スゴいスキルだ……」

「あはは。うん。それでキミのこと見つけたんだ。世界中でキミを見つけられるのは私だけなんだよ」

「そっか、だから、俺の名前も、スキルのことも、全部お見通しだったんだ」

「そだよ。全部お見通しだよ〜。キミがどんなエチいことをかんがえていたかもね〜。あははは」

「うっ……それはあまりツッコまないで欲しい」


 あのとき、俺は煩悩全開で女子風呂に突入するところをシークに止められた。

 なんでも見通す彼女には俺の煩悩も筒抜けなのか……。

 恥ずかしい……穴があったら入りたい……。


「今の話で気になったんだけど……」

「なになに? あはは」

「俺のスキルは見つからない」

「うんうん」

「シークのスキルは見つけ出す」

「うんうん」

「両立しないよな」


 まるでどこかで聞いた矛と盾の話みたいだ。


「ええ、そうね。EX同士がぶつかり合った場合は、スキルを使いこなせている方が勝つわね」

「なるほど、納得だ」

「あはは」


 今日、スキルの性質を知ったばかりの俺じゃ、シークに敵うわけもない。

 でも、それで良かった。

 もし、俺のスキルの方が上だったら、世界で一番人探しが得意なシークにも、見つけてもらえなかったんだから。


「もうひとつ、疑問がある」

「あはは。なになに?」

「君の目的は? どうして俺に近づいたの?」


 これまで色々な気づきがあったが、最後まで謎だったのはシークの動機だ。

 なぜ、わざわざ俺のところに?


「キミに仲間になって欲しいんだ。えへへ」

「仲間?」

「私たちのギルドに入ってよ、にひっ」

「ギルド……」

「へへっ。同じEX持ち同士、仲良くしたいんだ」

「仲良く……」


 シークは右腕を俺に向かって差し出した。


 俺に選択肢はなかった。

 彼女が言うギルドがなんなのか知らない。

 彼女について行って、どんな人生が待っているかも分からない。

 だが、このまま誰にも気づかれずに死んでいく人生より悪い人生なんか存在するわけがない。


 だから、俺はシークの手を取り――。


「ああ、こちらこそ、よろしく頼むっ!」

「えへっ。ヨロシクねっ! 私たちで世界を変えるぞ〜、いひひひひっ」


 純度100パーセントの笑顔に、俺はやられてしまった。

 「世界を変える」――彼女なら本当に実現してしまいそうだ。


「あははは。じゃあ、さっそく、私たちの拠点に案内したいんだけど……」

「だけど?」

「その前にちょっと寄り道しましょう、にひひ」

「寄り道? どこに?」

「いひひひ、いいからいいから」


 なにか企んでそうな笑顔で、俺の手を取る。

 彼女の手の柔らかさにちょっとドキッとしたが、何でもない風を装って尋ねる。


「どうしたの? 手なんか繋いで」

「えへへ、こうしないと跳べないからね〜」

「跳ぶ?」

「いいからいいから、へへ」


 俺の質問には答えず、シークは銀色の腕輪を操作している。


「へへっ、じゃあ、行くよ〜」

「行くって、どこに――」


 しゃべっている途中で視界が暗転し――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


5.ドラゴン退治


 次の瞬間には、景色がガラッと変わっていた。


「えっ!? なに!? ここどこ!?!?」

「あははっ、転移魔法だよ〜」

「転移魔法!? すごっ、シークはそんなことも出来るんだっ!」


 たしか、転移魔法は宮廷魔術師とか、そういう偉い人じゃないと使えないはずな気がするんだけど……。


「にひ、違うよ〜。コレのおかげだよ〜」


 シークは銀の腕輪を指し示した。


「これはね〜、万能端末【ウェアラブル】。いろいろ出来ちゃう便利な魔道具なんだ〜、えへへ」


 自慢気に見せつけてくる。


「へえ〜、よく分かんないけど、凄いんだね」

「にひ〜」

「ところで、ココどこ?」


 さっきまで王都の街中にいたはずなんだけど、周りを見回すと――どこをどう見ても火山だ。

 辺りは灰色の岩でゴツゴツしているし、山頂付近では真っ赤に噴火してる真っ最中だ。


「ここはね〜、火竜山だよ〜、ふふっ」

「火竜山ッ!? 火竜山ってあの暴竜ヴリトラが棲んでいる? 死んでも近づくなって言われている?」

「ぴんぽ〜〜〜〜〜ん、だいせいか〜〜〜い。あははははっ」

「いや、笑い事じゃないんだけど……」


 ――暴竜ヴリトラ。


 この世界でもっとも危険で凶暴と言われる五竜のうちひとつ。

 大型モンスターを食べたり、気まぐれに村や町を襲ったり。

 その強さと危険性から生きる災害とも呼ばれている。

 五竜の中でも、もっとも凶悪と言われるくらい、危険で危険で危険な存在。


「よしっ、逃げよう!」

「あはははははっ。ハイドって冗談が上手いね〜」

「いや、冗談じゃない!ってば!」

「それじゃあ、ここに来た意味ないじゃん。ふふっ」

「意味?」

「うん。ヴリトラを倒すんだよ、へへっ」

「誰が?」

「キミが」

「マジ?」

「マジ」


 シークは冗談を言っている顔じゃない。

 笑顔を浮かべているが、目は本気だ。

 となれば――。


「よしっ、逃げよう!」


 逃亡しようとした俺だが、手をがっしり掴まれていて逃げることは出来なかった。


「いや、むりむりむりむり。帰ろう! 見つかったら殺されるから帰ろう」

「大丈夫だよ、あはっ」

「いや、大丈夫じゃないって。こうしてる間にも見つかっちゃうって」

「ひひっ、見つからないもん」

「見つから……ない?」

「うん。ほら、キミのスキル、ふふっ」

「あっ……」


 動転していて忘れていた。

 今の俺は誰からも見つからないんだ!


「でも、俺はいいとしても、シークは?」

「私も大丈夫だよ〜。ハイドのおかげでね〜、へへっ」

「どゆこと?」

「ハイドの身体に触れている人もスキルの対象になるんだよ〜。だから、ハイドが見つからない限り、私も見つからないんだよ〜、えへっ」

「へ〜、そんな機能もあるんだ。便利だね……って、マジで倒しに行くの?」

「にひっ!」


 そう言うと、シークは俺の手を引っ張って、山頂方向へ歩き出した。

 姿は見えないが、時々進行方向から咆哮が聞こえてくる。

 耳にするだけで足がすくんでしまいそうになる咆哮だが、シークは気にせず進んで行く。

 ションベンちびりそうになっている俺は進みたくないのだが――。


「あっ、絶対に手を離さないでね〜。離したら、私、死んじゃうから〜、あはははっ」


 まるで他人事のように言われると、死んでもついて行くしかない。


「でも、どうやって倒すの? 見つからないのはいいけど、俺じゃあどうやってもダメージ与えられないよ」

「ひひっ、逆鱗って知ってる〜?」

「いや、知らん」


 門番やっていたけど、街にドラゴンが攻めて来ることなんてなかったから、ドラゴンのことはなにも知らん。


「ドラゴンは鱗に覆われてるけど、あごの下に一枚だけ逆向きに生えている鱗があるんだ〜。それが逆鱗。にひっ」

「ふむ、それで」

「その逆鱗をめくってプスッってやったら、強大なドラゴンが一発であの世行きなんだ〜、えへへっ」


 それなら、俺でも出来る……のか?


「つーか、なんで倒すんだ?」


 ヴリトラを倒すためにここに来たことは聞いていたが、その理由までは聞いていなかった。


「レベリングだよ〜。このままだと、ハイドはぷちっと死んじゃいそうだからね〜。だから、強くなってもらわないとね〜、にひひひっ」


 俺は今まで王都からほとんど出たことがない。

 だから、もちろんモンスターと戦ったことなんか、あるわけがない。

 モンスターを倒すと経験値がなんちゃらで、強くなれることは知っている。

 それを本業とする冒険者という職業があることも知っている。

 門の近くにモンスターが出現して、騎士団の人たちが討伐したのを見たこともある。


 だけど、自分がモンスターと戦う日が来るとは思ってもいなかった。

 そんでもって、初陣の相手が暴竜ヴリトラだなんて、そんな想像する奴はいないだろう。


「ほら〜、見えてきたよ」


 曲がりくねった山道を登り、最後のカーブを通り抜けると、目の前には――。


「〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」


 デカっ!!!


 山の一部と言ってもいいサイズ。

 見上げるほどの暴竜ヴリトラが食事中だった。

 名前は分からないが、貴族の豪邸サイズのモンスターを豪快に食らっている。

 ということは、さっき聞こえてきた咆哮は「うめええええ」とでも言っていたのだろうか?


「いや、むりむりむりむり」

「あはははははっ」


 話の段階で無理だと思っていたけど、実物を目の当たりにすると無理感100パーセントだ。

 なんで、シークは楽しそうに笑っているんだろう?

 つーか、食事中にジャマされるとか、人間でもおこなのに、ヴリトラさんブチ切れ案件でしょ、これ。


 いや、でも……。

 バレていない……。


 完全に視界に入っているのに、ヴリトラはこちらに気づいていない様子だ。


 いける、のか?

 コレ、いけるんちゃう?

 いっとく?


「ほら、行くよ〜、にぱっ」


 最高の笑顔で突き進んでいくシークに引っ張られる。

 そのまま、ヴリトラの足元へ。


 ヴリトラはその巨体を伏せ、首を下げてモンスターの死骸を貪っている。

 今なら、あごの下にも手が届きそうな高さだ。


「普段は弱点の逆鱗を見せないんだけど〜、食事中だけは無防備なんだよね〜、あははっ」


 シークはどこかから取り出したナイフを俺に手渡す。


「じゃあ、私が逆鱗をめくるから〜、ぷすっていっちゃって〜〜。にひひっ」


 本当に楽しそうだ。

 危機感の欠片もない。

 彼女を見ていると、不安が飛んでいき、俺でも出来る気がしてくる。


「うん。分かった!」

「へへっ、じゃあ、いくよ〜」


 シークは背伸びして、逆鱗に手を伸ばす。

 そして、逆鱗をめくると、どす黒く不気味な肉が露出する。

 ヴリトラはまったく気づいていない。


「よしっ!」


 勢い良くナイフを突き上げる。


 ――ギャアアアアアアアアア。


 ブリトラの断末魔が響き渡る。

 やがて、巨体が傾き、地面に倒れた。

 地震のような揺れが――やがて収まり、しーんとした静寂が辺りを包んだ。


「……やったか?」

「うんッ! これでキミも今日からドラゴンスレイヤーだよっ! えへへっ」


 どうやら、本当に倒しちゃったようだ。

 俺がヴリトラを倒しちゃったんだ。


 これで俺も強くなったはずだが……。


「ねえ、俺、どれくらい強くなったの?」

「ベヒーモスの突進を受け止めてノーダメージなくらいだよ。やったね、にひひ」


 ベヒーモスって……。

 ドラゴンには及ばないけど、立派な災害クラスだ。

 「町潰し」とも言われるベヒーモスは、その巨体で突進を続け、その進路にある町ごと踏み潰してしまう。

 その突進を無傷で止められるとか。


 いやあ、ずいぶんと強くなったもんだ……。

 まったく、実感ないんだけどなあ……。


「あははっ、一緒に人間卒業だね〜」

「一緒に?」

「えへへっ、手を繋いでいたから、私もパーティーメンバー扱いなんだよ。だから、私にも経験値ごっそりはいったんだ〜、にひっ」

「そっか……」


 シークと一緒に人間卒業。

 また、ひとつシークとの繋がりが深まった気がする――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


6.移動要塞【ブーゲンビリア】


 ヴリトラを倒した俺たちは、またもや転移魔法で移動した。

 転移先は木々に囲まれた深い森の中。

 少し開けた場所で、視界に飛び込んできたのは――。


「ここが私たちの拠点、移動要塞【ブーゲンビリア】だよ〜、へへっ。すごいでしょ〜」


 樹木の集合体だ。

 直径10メートルくらいだろうか。

 曲がりくねった幹や枝が集まり、一本の巨木のような姿をなしている。

 上部にはピンクや紫の小さな花が隙間なく咲き誇っている。


「すごい……」


 俺は言葉を失った。

 自然のようであり、機械のようであり、生命のようでもある。

 圧倒的な存在感に、しばし目を奪われてしまう。


「えへへっ、ほら、入ろっ!」


 ブーゲンビリアへの入り口の扉は高いところにあり、そこまで階段で登っていくようになっている。

 シークは軽い足取りで階段を登っていくので、俺もそれについて行く。


「ただいま〜〜」


 中は広い部屋だった。

 広すぎる部屋だった。


 外から見たときは直径10メートルくらいだったけど、この部屋は遥かにそれをオーバーしている。

 しかも、それだけではなく、いくつもの部屋の扉や奥へと続く廊下も存在する。

 明らかに、おかしかった。


「魔道具で空間を広げてるんだよ〜、にひっ」


 看破スキルで俺の心を読み取ったんだろう。

 シークが説明してくれた。


「マーちゃん、ただいま〜〜〜」


 部屋の中央は大きな大きなテーブルに占拠されていた。

 10人以上かけられる巨大なテーブルだ。

 だが、そこにある椅子は2脚だけ。

 少し寂しそうだった。


 そのテーブルに向かい、なにやらよく分からない機械類をいじくっている一人の小さな少女――いや、ドワーフだ。

 三つ編みを2本、お下げにしている。

 この子もシークと同じ銀色の腕輪【ウェアラブル】をはめている。


 ドワーフは200年以上生きる長命種だが、成人しても人間でいうと10〜12歳くらいの外見で成長が止まってしまう。

 だから、見た目で年齢は判断できない。

 俺よりもはるかに年上かもしれないのだ。


「おかえり」


 マーちゃんと呼ばれた子が手を止め、顔を上げる。

 たいらで、すぅっと通り抜けるような声だった。


「例の子、連れて来た?」

「へへっ。ほら、ハイド、さっき言ったように」

「ああ」


 俺の【気配遮断EX】はパッシブスキルだ。

 意識しなければ、気配は完全に遮断されていて、シーク以外には誰にも気づかれない。

 だから、誰かに気づいてもらうためには、「気づいて」と強く念じる必要があるのだ。


 ――気づけ。気づけ。気づけ。気づけ。


 しばらく念じていると、マーちゃんの視線が俺をとらえる。

 そして、驚いたようにピクっとなる。


「男の子? 聞いてない」

「うん、言ってないもんね〜、えへへ」

「そう……」


 言ったきりマーちゃんは黙り込んでしまった。

 マーちゃんは表情が乏しいみたいだ。

 怒っているのか、気にしていないのか、俺には判断がつかない。


「この子がマキナ。私たちの仲間よ。スキルは【作成EX】。なんでも作れちゃうんだ〜、【ウェアラブル】もこの子が作ったんだよ〜。すごいでしょ〜、にひっ」

「消えた」


 シークによる紹介が終わると、マーちゃんことマキナがひと言つぶやいた。


 消えた?

 なにが消えたんだ?


「あはっ、シーク、また隠れてるよ。ちゃんと意識しないと〜」

「あっ、ああ。そうだった」


 俺のスキルは強く意識を保っていないと、またすぐに気配遮断してしまうんだ。

 話に気を取られていて、つい忘れてしまった。

 まだ、慣れていないから、大変だ。

 俺が再度念ずると――。


「現れた」

「えへっ、この子が私たちの仲間っ。【気配遮断EX】持ちのハイド君で〜す。へへっ」

「よろしく、マキナさん」

「マキナ」

「ん?」

「呼び捨てでイイってさ、ひひっ」

「ああ、そういうことか。よろしく、マキナ」

「よろしく、ハイド」


 表情も少なく、言葉足らず。

 彼女の考えを理解するのは難しそうだけど、悪い子ではなさそうだ。

 仲良くやっていけるといいな。


 ――っと、集中集中。


 話したり、考えたりすると、念じるのがおろそかになってしまう。

 そのうち慣れるんだろうか?

 要練習だな。


「これで、全員勢揃いね。あはっ」

「勢揃い?」

「にひっ。私たちのギルドメンバー全員集合よっ。へへっ」


 シークには「私たちのギルドに入らない?」と誘われてついて来たんだった。

 だけど、ギルドの名前も、メンバーも、目的もまだ聞いていない。


「俺たち3人だけ?」

「えへっ。そだよ〜」


 出会ったときの説明では「世界を変える」とか言っていたので、さぞや大きな組織かと思ったら、まさか、俺を含めて3人だったとは……。


「あはっ。大丈夫だよ〜。これからどんどん大きくなるから〜。ね〜、マーちゃん?」

「知らない。シークが勝手に言ってるだけ」


 なんか、すごい先行き不安だ。

 大丈夫なんだろうか?


   ◇◆◇◆◇◆◇


7.いーえくす


「それで、どんなギルド?」

「えへっ、よくぞ聞いてくれましたっ! 我がギルドはEXスキル保持者だけの、EXスキル保持者のためのギルド、その名もギルド『いーえくす』!」

「まんまだね」

「いいのよっ。細かいことはっ! 分かりやすさ重視なのっ!」

「まあ、それは分かったけど……なにするところなの、その『いーえくす』ってのは?」

「にひっ、よく聞いてくれたわねっ!」


 びしっ、とシークは俺を指差す。

 なんかノリノリでスゴい楽しそうだ。


「私たち『いーえくす』は困っているEXスキル保持者を発見して、保護することよっ! キミみたいなねっ! はっはっは」

「……ああ」


 シークは途方に暮れていた俺を救ってくれた。

 それと同じようにEXスキルで困っている人を助けるつもりなのか。

 そういうギルドなら、俺も大賛成だ。


「にひっ。だけど、それだけじゃないわっ!」


 シークは両腕を腰にあて、胸をそらすポーズを取る。


「『いーえくす』の真なる目的は、ある人物を探し出すことっ! へへっ」

「誰を?」

「私たちが探す人物――それは、【スキルEX】保持者よっ!」

「【スキルEX】?」

「ふふっ、そうよ。【スキルEX】の能力は――他人のスキルを変えることが出来るのよっ!」

「ということは……」

「EXスキル保持者はみんな、スキルのせいで苦労しているわ。生きるのが辛いくらいにね。EXスキルなんかなければいいのにって、キミもそう思うでしょ?」

「ああ……」


 誰にも気づいてもらえないというのは、想像していた以上に辛かった。


「あはっ、キミの【気配遮断EX】も、私の【看破EX】も、失くしてもらえるのよっ!」

「そうすれば……俺もみんなに気づいてもらえるのか?」

「えへへっ、ご名答〜〜〜」


 そういうことか……。

 スキルがなくなって元に戻れる……。

 そんな希望があるなら、俺も……。


「でも、シークはいらないの? シークのスキルはとっても便利そうだけど……」

「見えるのは良いことだけど、見え過ぎるのもね……あはは」


 自嘲気味に力なく笑うシークはどこか寂しそうだ。

 彼女も彼女で、今まで苦労してきたのかもな……。


「ということでヨロシクね、えへへっ」

「…………(こくり)」

「ああ、よろしく」


 無言で頷いただけだが、マキナも俺を一員として認めてくれているようだ。


「じゃあ、ちゃっちゃと済ませちゃおうか〜、にひひ」

「済ませる?」


 俺が疑問に思っていると、マキナがどこからか注射器を取り出した。


「採血のお時間です〜、あはは〜」

「採血?」

「うん」

「キミ専用の魔道具をいくつか、マキナが作ってくれるんだ〜、ひひ。そのための採血だよ〜」

「ああ、じゃあ、お願いするよ」


 マキナは差し出した俺の手をつかむ。

 小さくてひんやりとした手だった。

 そして、注射器を俺の腕に刺し――。


「もう、いい」


 チクっとして採血が終わると、マキナはひと言――。


「作ってくる」


 そう言うと、テーブルの上に散らばっていた機械類を【ウェアラブル】に仕舞い込み、他の部屋に引き上げていった。


「そうだ。キミのスキルの事まとめておいたよ〜、へへっ」


 二人きりになると、シークは胸元から紙切れを取り出す。

 なんでそこから?

 そう思ったが、その疑問はすぐにかき消えた――。


 取り出す時にシークの柔らかそうな胸がぷるんと揺れ、俺は目を奪われてしまう。

 結構、大きいんだな……。


「はい、これ。あはは」


 シークから受け取った紙を見る。

 第一行目には――。


 ――すけべっ!


 と大きな字で書かれていた。


 どこを見ていたかバレバレだった。

 そうだった、俺の心が見通せるんだ。

 こりゃあ、シーク相手にスケベな考えはできないな……。


「あははははっ。やっぱ、キミおもしろい!」


 顔が赤くなる。ううう、恥ずかしい。


「あははっ。いいから、続き読みなよ」

「うぅ、うん……」


 俺はメモを読み進める――。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


【気配遮断EX】


・概要:気配を遮断し、相手に見つからない。

・取得条件:のべ百万人に気付かれない。

・詳細説明:

 ・パッシブスキル。

 ・対象に気づいてもらおうと強く意識しない限り、対象に存在を気付かれない。

 ・気付かれている場合でも、気づいてもらおうと意識し続けないと効果が発動する。

 ・身体が触れている相手も同じ効果。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 おおむね、シークから説明された通りだ。


『気付かれている場合でも、気づいてもらおうと意識し続けないと効果が発動する』というのも、さっきのマキナで実証された。


「これが俺のスキルか……」

「うん。そだよ。へへへっ」

「上手くつきあっていければ良いんだがな」

「大丈夫! きっとすぐ慣れるよ〜〜。えへへっ」


 シークと出会い、マキナと出会い、移動要塞『ブーゲンビリア』で暮らす生活。

 自分のスキルと向き合い、他人に気づいてもらえる生活。

 ギルド『いーえくす』に加入して、他のEXスキル持ちを救い、【スキルEX】持ちを探す生活。


 こうして、俺の新しい生活が始まった――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


8.新しい生活


 翌朝、俺がパジャマ姿で起き出すと、リビングの巨大なテーブルにはシークが一人座り、本を読んでいた。

 シークは昨日と同じような黒いゴシックドレスを着ている。

 細部のデザインが違っているが、ほとんど同じ印象。

 よっぽど気に入ってるのだろうか?

 そのシークは、俺に気がつくと顔を上げた。


「えへへっ、おっはよ〜〜〜」

「あっ、ああ、おっ、おはよう」


 朝一番の美少女笑顔は破壊力が高すぎた。

 思わず、言葉がつっかえてしまう。


 シークの人柄ゆえか、昨日から普通に会話ができているが、俺は今まで女の子とこんなにたくさん話したことはなかった。

 しかも、シークは極上の美少女だ。

 門番やってて綺麗な人は大勢見てきた。

 だけど、それを超えるレベル。

 完成された彫像のような美しさだ。


 そんな美少女が朝から笑顔で迎えてくれる――。


 それだけでも、この生活を選んで正解だったと思える。


「じゃあ、これから朝ご飯の支度するから〜、お風呂に入っておいでよ〜、にひひひ」

「えっ、お風呂あるの?」


 王都では、自宅に風呂があるのは、貴族か富裕層だけ。

 俺のような市民は週に何回か公衆浴場に入るのが普通で、それ以外の日は濡れた布で身体を拭くくらいだ。


「えへへっ、あるよ〜」

「へー、凄いな〜」

「にひひっ、タオルはあるから着替えだけ取ってきなよ〜」

「ああ、分かった」


 俺は部屋へ向かう。

 昨日割り当てられた俺の個室だ。

 一人で使うには広く、調度品も立派なものばかり。

 昨夜はふかふかのベッドでぐっすり熟睡だった。


 そして、クローゼットには上等な衣類が数多く取り揃えられていた。

 なんでも、俺が来ることを見越してマキナが作ってくれたそうだ。

 サイズはぴったり、俺専用。


 シークの看破スキルで、俺の身体じゅうのサイズはすべてバレバレらしい。

 ちょっと恥ずかしい。

 というか、俺とシークの性別が反対だったら、完全に犯罪だ。


 ともあれ、その中から、あまり派手でなく着やすそうな物を選び、部屋を出る。


「へへっ。じゃあ、行こっか〜。こっちこっち〜」


 シークに案内され、風呂場へと向かう。

 昨晩は、夜遅くまでシークと二人、お酒を飲みながら会話していた。

 酔いつぶれる寸前まで盛り上がったから、面倒くさくて身体を拭かずに寝てしまった。

 だから、朝風呂とか最高のもてなしだ。

 いや、ホント、この生活を選んで大成功!


「じゃあ、ごゆっくり〜、にぱ〜」


 俺は浮かれていた。

 美少女と朝風呂に完全に浮かれていた。


 だから、気づかなかったのだ。

 シークがいたずらそうな笑みを浮かべていたことに……。


 「じゃあね〜」と手を振るシークと別れ、脱衣所に入る。

 特徴もない、普通の脱衣所だった。

 脱衣カゴが2つ置かれ、バスタオルが積まれている。

 いたって普通だ。


 しかし、2つか……。

 この2つ並んだ脱衣カゴ、どう考えてもシークとマキナ用だよな〜。


 女の子が使っている脱衣カゴに俺の寝汗がたっぷり染みこんだ衣類を入れるのはためらわれる。

 そう判断した俺は、脱いだパジャマと下着を脱衣所の隅っこに丸めて置くことにした。


 ――さあ、準備オッケーだっ!


 ガラガラガラと引き戸を開けて浴室に入る。


「すっげええ〜〜〜〜〜」


 お貴族さまが使うような広々とした石造りの豪華な浴室だった。

 泳げそうな広い湯船にシャワーは2つ。

 湯船にはなみなみとお湯が張られ、湯気が立ち上っている。


 俺のためにシークが温めておいてくれたのか?

 いや……きっとマキナ製の魔道具だろう。

 壁に埋まっている大きな魔石が光を放っているので、俺はそう判断した。


 24時間、いつでもアツアツのお風呂に入れるとか、それこそ王族でもないと無理な話だ。

 いや、ほんと、この生活、最高っ!


 そのままザブンと湯船に飛び込みたいところだが、俺は我慢する。

 その前にシャワーで綺麗にしないとな。


 シャワーが据え付けられた壁にはいくつかボタンがついている。

 シャワーを操作するためのボタンで、それは公衆浴場で見慣れたものだった。


 ボタンを押すと、シャワーが流れ出す。

 うん、ちょうどいい温度だ。

 気持よくシャワーを浴びていると、ひとつのことが気になる。


「シャワーが2つ……ということは…………」


 一人で入るのであれば、もちろん、シャワーは1つで十分だ。

 それが2つあるということは……。


 シークとマキナは一緒にお風呂入ったりするってことだ。

 カワイイ女の子二人でお風呂。


 となれば、当然――。


 お互いの身体を比べ合ったり――。

 身体を洗いっこしたり――。

 間違って敏感なところに手が触れてしまったり――。


 長年、突っ立っているだけの門番をやっていたせいで、俺の妄想力はハンパない。

 さっき見たシークの姿と昨日見たマキナの姿で、どんな妄想でも自由自在に脳内再現が可能だ。


 だけど――。


 いかんいかん。

 これ以上の妄想はダメだ。

 こっから先にいくと、止まらなくなる。

 ナニがとは言わないが、止まらなくなる。

 来たばかりの家の風呂でそれはマズい。

 さすがに、マズい。


 だめだだめだ、妄想中止――。

 さっさと身体を洗って気を紛らわそう。


 そう思って、石鹸に手を伸ばしたところで――。


 ――ガラガラガラ。


   ◇◆◇◆◇◆◇


9.お風呂でドッキリ


 ――ガラガラガラ。


「へっ?」


 引き戸が開く音に、俺は振り向いた。

 振り向いて、衝撃を受けた。


 そこには、生まれたままの姿で固まっているマキナの姿があった。

 ごちそうさまですっ!

 突如訪れたラッキースケベに俺は祈りを捧げ、その素晴らしい芸術作品を脳裏に焼き付ける。


 一方――。


「はっ!?」


 再起動したマキナは【ウェアラブル】に手を伸ばした。

 すると、彼女の周りに数十本の剣が切っ先をこちらに向けて浮かぶ。


「行けっ!」


 マキナが短く発すると、その剣たちは一斉に俺目掛けて飛んで来る。


「うわあああああ!!!」


 ラッキースケベに続いて訪れた死の予感。

 俺は慌ててその場にうずくまる。

 そんな俺に無数の剣が容赦なく襲いかかって来る。


 ――ガガガががッ。


 凄い音を立てて衝突する剣の群れだったが、なにか柔らかい物が当たったくらいの感覚だった。


「あれっ? 無事?」


 顔を上げると、へし曲がり、折れ、砕け散った剣たちの残骸が床に散らばっていた。

 そして、マキナはすでにいなくなっていた。


「ふう。助かったぁ…………」


 落ち着いてきて、自分が助かった理由に思い至った。

 暴竜ヴリトラのおかげだ。

 あれで大量にレベルアップしたおかげで、俺は助かったんだ。


 シークの話では、俺はベヒーモスの突進でも無傷らしい。

 それに比べたら、飛んで来る剣なんて丸めたティッシュみたいなもんだ。

 シークの言う通り、レベル上げといて良かったな。

 こればかりは、シークに感謝しないとな!

 お風呂から上がったら、ちゃんとお礼を言っておこう。


「ていうか、なんでバレたんだろう?」


 俺の気配遮断を見破れるのはシークだけだ。

 マキナは俺に気づけないはずだが……。


 そこまで考えて、我関せずと流れ続けているシャワーが目に止まる。


「あっ!!」


 そうか、シャワーか。

 俺には気づかずとも、流れているシャワーで気がついたんだ。


 誰もいないのに、流れるシャワー。

 それを見たら、俺がいるって気付くよな。


 盲点だった。

 気配遮断には、こういう欠点もあるのか。

 気がつかなかった。

 勉強になったな。


 いやいや、感心してる場合じゃない。


「マキナ、怒ってないかな?」


 俺に非があるわけではないが、こういう場合は素直に謝るのが一番だ。

 「ラッキースケベはどんな場合でも、男が謝ること」って昔読んだ本に書いてあったしな。


 となれば、のんびりしてはいられない。

 アツアツの湯船が俺を待っているけど、今は我慢だ。

 身体だけ洗って、さっさと出ることにしよう――。


 ちゃちゃっと身体を拭いて服を着ると、俺はリビングへ向かった。

 リビングには相変わらず無表情のマキナと満面の笑顔を浮かべたシークがいた。

 俺はマキナにも気づいてもらえるように、意識を強く持つ。


「あはははっ、ダメだよ、ハイド。お風呂に入るときはちゃんとカギを閉めないと〜。にひひひ」


 その言葉で俺は悟った。

 今回の一件、犯人はシークだ。


 きっとマキナは毎日この時間にお風呂に入る習慣なんだろう。

 それを知った上で、俺に風呂を勧めたんだ。

 カギの事も教えずに。


 そのドヤ顔にイラッとくるが、こいつは後回し。

 それよりも、マキナ優先だ。


「なあ、マキナ、ごめん。悪気はなかったんだ」


 言い訳はしない。

 他人シークのせいにもしない。

 男らしく、頭を下げる一択だ。


 マキナはそっぽを向いたまま、口を開く。


「いい。悪いのはシーク」


 そう言って、シークをじっと見る。

 睨みつけてるのかな?

 表情が乏しいから、よく分からん。


「にひひひひひ」


 シークは悪びれる様子もない。

 そんなシークから視線を離し、マキナがこちらを向く。


「これ、作った。ハイドの」


 その手には武骨な銀の腕輪が握られていた。


「【ウェアラブル】?」

「…………(こくり)」

「いいのか?」

「…………(こくり)」

「ありがとう」


 俺は【ウェアラブル】を受け取る。


「俺のためにわざわざ作ってくれたんだろ? ありがとうな」

「平気。物を作るのは好き。作らされるのは大っ嫌いだけど」


 ということは、イヤイヤじゃなくて、進んで作ってくれたってことか。

 さっきのことも気にしていないみたいだし、口数少なくても、嫌われてはいないようだな。

 良かった良かった。


「じゃあ、早速だけど、着けさせてもらうよ」


 俺は【ウェアラブル】を右腕に装着する。

 少し緩かった【ウェアラブル】が縮み、腕にフィットする。

 なんか、嬉しくなった。

 二人の仲間になれたようで、嬉しかった。


「じゃあ、遅くなったけど、朝ごはんにしよ〜、えへへへ」


 なんか、その無邪気な顔を見ていると怒るのも馬鹿らしくなってくる。

 マキナも気にしていないようだし、この一件はなかった事にしよう。

 うん、それがいい。


 シークが用意し、俺たちはお風呂場の一件などなかったかのように朝食が始まった――。


 そういえば、なにかシークにお礼を言おうと思ってたような気がするが……。

 まあ、いっか。


   ◇◆◇◆◇◆◇


10.マキナの秘密


 朝食が済み、俺は【ウェアラブル】の使い方をシークから教わり、慣れるためにいろいろ試して時間を過ごした。

 その間、マキナはリビングのテーブルでごちゃごちゃした機械をイジっていた。

 また、なにか作ってるんだろう。


 転移機能や収納機能があることは知っていたが、この【ウェアラブル】は想像以上になんでも出来た。

 正直、まだ2割くらいしか使えていない。

 ちゃんと使いこなせるようになるには、まだまだ時間が必要だ。


 ともかく、俺は【ウェアラブル】の転移機能を使って、王都に戻ることにした。

 なんでも、一度行ったことがある場所なら、どこにでも転移できるそうだ。

 シークは用事があるとかで、【ブーゲンビリア】に残り、俺一人で戻ることになった。


 戻った理由は自宅に置いてある荷物を取りに来たのと、両親に手紙を渡すためだ。

 15歳で成人してから5年間を過ごしたボロアパートだが、独り身でもそれなりに荷物はある。

 それらを次々と【ウェアラブル】にぶち込んでいく。

 そして、ガランとした部屋に大家さんに解約する旨を書き残すと、実家へ向かった。


 どうするか迷ったが、両親には置き手紙で伝えることにした。

 スキルのことを説明して分かってもらえるか疑問だし、今はどんな顔をしていいのか分からない。

 今の生活が落ち着いた頃に、また、顔でも見せに来ることにし、リビングのテーブルに手紙を置いておいた。


 生まれ育った王都に後ろ髪を引かれる思いだった。

 特に、公衆浴場とか。

 だが、俺は新しい生活を選んだのだ。


 そう思って、振り切る思いで【ブーゲンビリア】へと転移した。


 転移してから気がついた。

 いつでも転移で気軽に戻れるんだから、別に名残りとか惜しむ必要なくね?


 まあ、それはともかく、俺は【ブーゲンビリア】の扉を開き、中に入る。


「ただいま〜」

「おっかえり〜、にはは」

「おかえりなさい」


 二人の美少女から返事がある。

 いやあ、帰ってきて誰かに迎えてもらえるっていいな〜。

 俺は何度目か分からないけど、あらためて新生活の良さを実感した。


 シークはテーブルに向かって読書。

 マキナは窓辺で椅子に座っていた。


 マキナの手は謎の機械をいじくっているが、視線は窓の外に釘付けだ。

 どこか寂しげな横顔に惹かれ、俺はつい声をかける。


「外、気になるのか?」

「べつに」


 そっ気ない返事だ。


「マーちゃんはね〜、【ブーゲンビリア】から出られないのさ〜、にひ」

「出られないって?」

「そもそも〜、なんでマーちゃんがこんなところで引きこもっているかというと〜、ひひ」

「シーク!」

「えへへ〜、いいからいいから〜、どうせいつか言わなきゃいけないことでしょ?」

「そう……だけど」

「へへ〜、説明は私に任せて〜、マーちゃん苦手でしょ?」

「うん……まかせた」

「マキナちゃんは狙われてるんだ〜、ひひ」

「狙われてる?」


 物騒な言葉が出てきたな。


「各国のオエライさんたちにね〜、えへっ」

「どうしてまた?」

「にひっ、マーちゃんはなんでも作れるでしょ?」

「ああ」

「どんな高性能なものでも、どんなに高価なものでも、そして――どんな武器でも。ふふっ」

「あっ……」

「マーちゃんの奪い合いが起こって、多くの人が死んだんだよ。あはっ」

「そんな…………」


 そういえば今朝、言っていたな。


 ――物を作るのは好き。作らされるのは大っ嫌い。


 きっと権力者に無理矢理作らされたんだろうな。

 マキナが作りたくないようなものでも。

 そんな状況だったら、俺だって逃げ出したくなる。

 だけど――。


「逃げても逃げても、諦めてくれなかった。ははっ」


 だよな……。


「それでマーチャンは、なんとか逃げ出して【ブーゲンビリア】を作り、立てこもったんだ〜、にひひっ」

「ここは安全なのか?」

「えへっ、ここなら安全だよ〜、見つけられるのは私くらいだよ〜」


 【看破EX】がなければ見つけられない場所なら安全なのだろう。


「へへっ、マーチャンはずっと【ブーゲンビリア】の中に引きこもってるんだよ〜」

「でも、こんな人里離れた森深くなら、少し出歩くくらいは平気なんじゃ?」

「ダメだよ〜。探知の魔道具でマークされてるから〜。この中は防壁で遮断されてるから平気だけど、一歩外に出たら、追っ手がやってきちゃうよ〜」

「なっ……」


 なにか良い方法がありそうだが……。


「そうだ。だったら、その探知の魔道具を無効化する魔道具を作ればいいじゃん!」


 自信満々のアイディアだったけど、すぐに却下された。


「あはっ、そう考えるよね〜。でも、ダメなんだ〜」

「ダメ? どうして、【作成EX】があるだろ?」

「その探知の魔道具もマーちゃんが作ったんだよ〜、最高性能のやつを。まさか、自分が対象になるとは思ってなかったんだよ〜。だから、無理なのさ〜、にひ」

「………………」


 自分で作った最高の魔道具で自分が追い詰められる…………。

 ヒドすぎるだろっ!

 どこのオエライさんか知らんが、俺は激しい怒りを覚えた。


「えへっ、そういうわけだから〜、あきらめて〜」


 挑発的な物言いのシーク。

 俺を煽ってやがる。


 俺はその意図を理解した。

 理解した上で、ノッてやるッ!


「マキナッ!」

「はい」

「俺がマキナを外に出す」

「はっ……」

「外の世界を歩かせてやるっ!」

「…………むり」

「無理じゃないっ! 俺のスキルは【気配遮断EX】だっ。俺は誰にも見つからないッ!」


 俺は本気を出すッ!

 このスキルを覚えてから初めて本気を出すッ!


 今までマキナに気づいてもらえるよう、「気づけ」と強く念じていた。

 それを反転させる――。


 俺は死ぬ気で隠れる。

 誰も俺を見つけられないッ!


「うへっ、ハイドが消えた〜、にゃははは〜」


 よしっ、シークからも隠れてる。


 シークが以前言っていたが、スキル同士が対立したとき、スキルを使いこなせている方が勝つと。

 今の俺は【看破EX】に勝ったんだ。

 マキナの魔道具にも、絶対に負けない。


「ひっ」


 いきなり俺に腕を掴まれた、マキナが小さく悲鳴を上がる。


「ありゃりゃ〜、マーちゃんまで見えなくなった〜」


 俺のスキルは俺に触れている人にも有効。

 これで、マキナも隠れた――世界から。


「ほら、外にでよう」

「うん……」


 ひんやりと冷たいマキナの手を取り、外へ向かう。

 おずおずとした足取りのマキナだったが、玄関をくぐると思い切って一歩を踏み出した。


「どうだ? 探知されてるか?」

「ううん。されてない」

「そっか、よかった」


 ぶっつけ本番だったが、俺は心配していなかった。

 だって、問題があるなら、シークが看破しているはずだから。


「好きに歩いていいよ。ついて行くから」

「うん……」


 なんの変哲もない森の中だ。

 だけど――。


 揺れる梢。

 鳥の囁き。

 花の香り。

 髪をなびかせる風。


 すべてがマキナには新鮮だ。

 シークのように分かりやすくはないが、確かに、マキナは笑顔を浮かべている。

 涙を一筋流しながら、笑顔を浮かべている。


 俺は話しかけなかった。

 彼女が飽きるまで、黙って付き合うつもりだ。

 隠れることに集中していて、話す余裕がないとも言う。


 結局、1時間ほど森の中を歩いた。

 全身の感覚をフルに使い、マキナは森を満喫した――。


「帰る」

「もういいのか?」

「うん」


 マキナが満足したようなので、【ブーゲンビリア】に戻る。


 中に入り、マキナと手を離す。

 すると、どっと疲れが襲ってきた。

 はああああ〜、もう、隠れるのは無理だ。

 休憩、休憩〜。


「にゃはは〜、おつかれ〜。マーちゃん、どうだった〜?」

「うん。ありがと」

「なあ、シーク、おまえ、最初からこのつもりだったろ?」

「にゃは〜、なんのことかな〜、あはははっ」


 はぐらかしているが、俺を連れて来たのは、マキナが外に出られるようにするっていう目的も含まれているんだろう。


「まあ、俺のスキルを役に立たせてくれたんだ。そのことは感謝するよ」

「にひひ〜」


 ジャマだと思っていたスキルで、誰かを幸せに出来る。

 それを知れて、一歩前進だ。

 これからも、スキルで人助けをしていきたい。

 そう決心していると――。


「ハイド」


 マキナが俺の手を取る。


「ありがとう」


 シークへの軽い「ありがと」ではなく、重たい「ありがとう」だった。

 これまでの彼女の思いが凝縮されたような。


「いいもの作ってもらったからな、そのお礼だ」


 【ウェアラブル】を見せつける。


「手を繋いでいると、ハイドの顔がよく見える」

「そうなの?」

「うん、さっきまでは、ぼやけていた」


 「気づけ」という俺の念が不十分だからかもしれないな。


「でも、手を繋ぐとよく見える。ハイドは私の夢を叶えてくれた」

「ああ、これからいろんな場所に行こうぜ。一緒にいろんな景色を見に行こう」

「うんっ。ありがとっ!」


 マキナはニッコリと笑い――顔を近づける。


 ――ちゅっ。


 くちびるに当たる柔らかい感触。


 俺が呆然としているうちに、マキナはくるっと背を向け離れていった。

 くちびるに手を当てると、まだ温もりが残っている気がした。


「あ〜、マーちゃんがデレた〜、いひひひっ」


 シークが茶化すが、マキナは元の席に戻り機械いじりを再開していた。


 重ね重ねで申し訳ないが、この新しい生活はほんっっとうにサイコ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜だっ。




 それから数日後、【ブーゲンビリア】での生活にも慣れてきた頃、シークが出し抜けに言い出した。


「よ〜し、獣人族の囚われの王女サマを助けに行くぞ〜、にゃははは」


 さて、今度はどんなEX持ちだろうか?

 俺のスキルはどう役立つんだろうか?

 楽しみでしょうがないっ!

 はじめましての方は、はじめまして。

 ご存じの方は、毎度ありがとうございます。

 まさキチと申します。


 最後までお読みいただきありがとうございます。

 お楽しみいただけたでしょうか。


 本作はパイロット版です。評判の良ければ連載化しますので、お楽しみいただけたら、ブクマ・評価よろしくお願いします。


 また、連載化の際に参考にいたしますので、率直な思いを感想欄からお伝えいただけるとありがたいです。

 改善点・問題点、辛口な評価も大歓迎ですので、お気軽にお伝え下さい(人格攻撃はやめてね!)。


 今後の連載化などの情報は、活動報告に載せますので、気になる方はお気に入りユーザー登録をしていただけると、間違いがないかと思います。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 連載を開始するのはしばらく先(一ヶ月くらい?)になります。

 よろしければ、それまで現在連載中のまさキチ作品をお読みいただければ幸いです。


【連載中作品】


「貸した魔力は【リボ払い】で強制徴収 〜用済みとパーティー追放された俺は、可愛いサポート妖精と一緒に取り立てた魔力を運用して最強を目指す。限界まで搾り取ってやるから地獄を見やがれ〜」

https://ncode.syosetu.com/n1962hb/


 追放・リボ払い・サポート妖精・魔力運用・ざまぁ。


 可愛いギフト妖精と一緒に、追放したパーティーからリボ払いで取り立てた魔力を運用して最強を目指すお話。

 ヒロインは不遇なポニテ女剣士。


「勇者パーティーを追放された精霊術士 〜不遇職が精霊王から力を授かり覚醒。俺以外には見えない精霊たちを使役して、五大ダンジョン制覇をいちからやり直し。幼馴染に裏切られた俺は、真の仲間たちと出会う〜」

https://ncode.syosetu.com/n0508gr/


 追放・精霊術・ダンジョン・ざまぁ。

 ヒロインは殴りヒーラー。


 第1部完結。

 総合2万ポイント超え。

 日間ハイファン最高15位。


 ページ下部(広告の下)リンクからまさキチの他作品に飛べます。

 是非読んでみて下さい!

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― 新着の感想 ―
[一言] 早く続きを読みたいです。
[一言] こっちはしっかりと起承転結でしたが、コミュ障門番の方が面白かったです!…私個人の好みの問題だと思うのですが…意見の一つとして受け取って下さい。
[気になる点] 途中ですが!… “「でも、俺はいいとしても、シークは?」 「私も大丈夫だよ〜。“シーク”のおかげでね〜、へへっ」「どゆこと?」 「“シーク”の身体に触れている人もスキルの対象になるん…
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