お腹が空いた
しばらく泣いて落ち着いた頃。
「お腹が空いたわ」
「まぁ、大変。すぐに何か作ってもらいましょう。サーラは座って待っていなさい」
「はい」
ソファでエルコレと座って待つ。
しばらくすると侍女が、サンドイッチを持って来てくれた。
「美味しそうだね」
エルコレがじっとサンドイッチを見る。
「ご飯、食べたんじゃないの?」
「食べたけど、姉様と一緒じゃなかったから……」
「エルコレも一緒になって食欲が落ちていたのよ」
居間に戻ってきたお母様が言った。
「エルコレ……ごめんね。心配かけちゃったのね」
「ううん、いいんだ。今はお腹空いたし」
「じゃ、一緒に食べよう」
二人で食べたサンドイッチは、とっても美味しかった。
食べ終わって落ち着いた頃、城から戻ったお父様に苦しくなるほど抱きしめられた。
「そういえば、アダルベルト殿下は?」
「殿下なら城にいたが?」
お父様がキョトンとしている。日中の話をお母様が話すと驚いた顔をしたお父様。
「では、殿下は城にも戻らず、直接ウチに来たという事か……」
「先触れも頂いていたわよ」
「そうか。初めからその予定だったのだな」
「殿下って留学から戻られたの?」
去年の今頃はもう隣国へ行っていたはずだ。
「ああ、そうだよ。本当なら社交界シーズンが始まる直前まで、向こうにいらっしゃる予定だったのだが、物凄い勢いで勉学に励んで早めに終わらせたらしい」
「凄いのね、殿下って」
数か月分を前倒しで勉強してしまうなんて。私は素直に驚いてしまった。
「きっとサーラの誕生日を祝いたかったのね」
お母様がニコニコしている。
「本当は今夜、日付が変わったと同時におめでとうを言いたかったっておっしゃっていたわ。でもサーラの体調が心配だから、今日は帰って明日改めて来ますって」
「……私の誕生日ってそんなにめでたいの?」
殿下の考えていることがよくわからない。
「そうね。私たち家族には勿論おめでたい事よ。殿下もきっとそうなのじゃないかしら?」
「?」
お母様の言っていることもよくわからない。
「明日、いらっしゃったらちゃんとお礼を言わなくては」
私ったら助けて頂いた上に、胸まで借りて……しかもお礼も言わずに寝てしまったなんて恥ずかし過ぎる。
「そうね。命の恩人ですものね」
お母様は何故かずっと、ニコニコしていた。
「さ、そろそろ寝なさい。元気になったと言ってもまだ病み上がりなのだから」
「そうね、お風呂に入ったら寝るわ」
「エルコレは既に夢の中みたいだがな」
長ソファでぐっすりのエルコレをお父様が運ぶ。
「おやすみなさい」
私も部屋へと戻った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それで、どうなんだ?サーラは」
「そうね。まだ傷ついてはいるのでしょうけれど、今日の事で少し気持ちがスッキリしたみたいよ」
エルコレを部屋へ寝かせて、居間へ戻ってきた旦那様。ブランデーをグラスに注ぐとくいっと煽った。
「全く。どこの馬の骨だかわからん女に現を抜かす男だったとはな」
「うふふ、どこの馬の骨って。スプレンドーレ学園に通っているという事は、貴族令嬢なのでしょう」
相当怒りを抑え込んでいる様子の旦那様。よく我慢していると思う。
「あの娘はきっと大丈夫よ。心強いナイトが現れたのだから」
「あれはナイトどころか、キングになる男だぞ」
「ほら、もっと心強い」
「まあ、文句のつけようがない男ではあるがな」
面白くはなさそうだ。
「誰が相手でも結局は気に入らない、そういう事でしょ」
笑いながら言えば、ムッとした顔になる。
「娘は可愛いんだ。誰にも渡したくないと思うのが男親ってもんだ」
開き直って再びグラスを煽る。
「でも、誰よりも幸せになってもらいたい、でしょ」
「……ああ」
「マグラーニ公爵はどう?」
「アイツは多分、全く息子の言動を知らない。私に会っても表情が崩れないどころかサーラに会いたいなぁ、なんてぼやく始末だ」
「まだ、言っていないのでしょうね」
「ああ、だから私も我慢している」
「私としてはとっとと決着を着けてしまいたい所だけれど、こればかりはサーラが決める事だから……」
「サーラは優し過ぎる。しかも貴族としての意識が高いから感情が表に出ずに内側でグラグラしていたのだろう」
「それを鎮めてくださったのが、アダルベルト殿下だったのね」
「サーラはずっと我が家に居ればいい。クソ息子はおろか殿下にもやらん」
ちょっと酔ってしまったかしら?旦那様が極論を言い出した。
「ふふ、男親は大変ね」