会えなくなってしまった
「はい。殿下もご存じだと思います。トンマーゾ・マグラーニが婚約者です」
「トンマーゾか。そういえば幼馴染だって自慢していたな。なんだそうか、残念だなぁ。せっかく知り合えたのに」
本当にそう思っているのかは分かりかねるが、とても残念そうにしている。
「あの、えっと。申し訳ありません?」
いけない。どう答えるのが正解かわからず、疑問形にしてしまった。
「……ふ、ははは。どうして疑問形?君、面白いね」
先程同様、素の笑い方だ。王子でも大口を開いて笑うんだと、妙な感心をしていると再び手を取られてしまった。
「では、友達としてこれからよろしく」
「はい。よろしくお願いいたします」
再び甲にキスを落とされたことに、少し恥ずかしさを感じながらも返事をしたのだった。
「遅くなってしまったわ」
馬車で急いでマグラーニ家へと向かう。
あれから隣国の話や、トンマーゾの学園での話で盛り上がってしまい、退出するのが遅くなってしまった。アダルベルト殿下は、博識だけれど驕っていなくて、とても良く笑う方だった。殿下が留学から帰って来たら、隣国の話を教えてもらう約束をして別れた。
マグラーニ家に到着すると、すぐに応接室に通された。そしてトンマーゾが入ってきた。
「ごめんね。遅くなってしまって」
開口一番謝ると、ツンとした顔のトンマーゾが口を開く。
「挨拶したらすぐに家に来るって言っていたじゃないか」
「本当にごめんなさい。思っていた以上に話が弾んでしまって」
「弾んだって、アダルベルト殿下と?」
「ええ、それと王妃殿下も。お母様と王妃殿下って、とても仲が良かったのよ」
「ふうん」
どうやらご機嫌斜めのようだ。私は立ち上がり、向かいから隣に席を移動する。
「ホント、ごめんなさい。許してくれないかしら?」
彼の手を取り、少し甘えた声で話す。
「貸し一つ。だからね」
そう言って私の手をギュッと握り返して、トンマーゾの機嫌は直ったのだった。
それからは、また月に数回会うのを楽しみにする生活に戻った。ひとつ違ったのは、アダルベルト殿下から度々、隣国の様子などが書かれた手紙を頂くようになった事だ。隣国は自国に比べると小国だが、独自の文化があってなかなか興味深かった。
しかし、手紙が届くたびにトンマーゾの機嫌が下降して大変だった。見せても何も困る内容などなかったので、堂々と彼にも読ませていた。
「絶対、殿下はサーラを気に入ったんだよ」
手紙を読むたびに同じ文句を言うトンマーゾ。
「もう、考え過ぎよ。私が隣国に興味を引かれていた話をしたから、隣国の事を教えてくれているだけ。だって、どこにも私の事なんて書いていないでしょ」
そう言って宥める。
「それに、私が好きなのはトンマーゾよ。忘れないで」
「そっか。そうだよね。僕もサーラが大好きだよ」
それからまた月日は流れ、あと数か月でいよいよ私もスプレンドーレ学園に入学する。
「姉様、姉様も寮生活してしまうの?」
お母様と同じ、グレーの瞳に涙を浮かばせた弟のエルコレが私にしがみついた。
「僕、嫌だよ。姉様と毎日会えないのは」
「エルコレ……」
どうやら侍女たちが話していたのを聞いたらしい。
「エルコレは姉様が寮に入るのは嫌なのね」
「うん。毎日ちゃんと会いたい」
「それなら家から通う事にしようかな」
「ホント!?」
「ふふ、ホント」
屋敷は学園とそんなに離れていないので、どっちにするか決めかねていたのだ。
「イヤッター!」
大喜びで私の部屋を飛び出したエルコレ。きっとお母様にでも報告に行ったのだろう。
「ふふ、可愛い」
「エルコレの泣き落としで決まったみたいね」
夕食の時。お母様に笑われてしまった。
「私としてもその方が嬉しい」
お父様もなにやら上機嫌だ。
「可愛い弟には逆らえないわ。それに、どちらにするか迷っていたから、ちょうど良かったのよ」
「そういえば、トンマーゾだが忙しいとかで今月は帰って来ないらしいぞ」
「え?そうなの?」
「ああ、マグラーニ公爵からそう聞いた」
お父様もマグラーニ公爵も城勤めなので、よく会うそうだ。
「そう……忙しいなら仕方ないわ」
先月もいつもより帰って来る回数は少なかったのだ。この時は、忙しいなら仕方ない。そう思っていた。
そして、トンマーゾは全く帰って来なくなった。