パルマーロ子爵
「まぁ、もう話すまでもないが、我がグリマルディ家では、そんな阿婆擦れを養女にするつもりはない」
「我がマグラーニ家も、おまえのような令嬢の嗜みもない女は、例え王族の養女になってもいらない」
お父様と、マグラーニ公爵がきっぱりと拒絶を表明した。
「ちょっと待て。おまえら、よくも人の娘を悪く言って貶めやがったな」
怒り出したのはパルマーロ子爵だった。
「お前の息子が娘と関係を持ったと言うなら、責任を取って嫁にするのが筋ってもんだろうが」
「パルマーロ子爵は今までの話を聞いていなかったのか?おまえの娘と関係を持った者はたくさんいるんだぞ。多分、最初の相手は赤い髪の男爵令息だろう。責任はそちらにとってもらえ」
彼女の肩がピクリとした。どうやら、お父様の言った事は正しいようだ。
「男爵だと……それって子爵より下じゃないか!」
今の間はなんだったのだろう?常識のなさといい、なんだか少し引っ掛かる。
「少しいいか?」
国王様が手を上げた。
「なんだ?おまえは関係ないだろう」
ガタガタッ!子爵の言葉に、お父様とマグラーニ公爵が立ち上がった。
「貴様!誰に向かって口を利いている!」
マグラーニ公爵が怒鳴る。お父様は背後に立てかけていた剣を掴んでいた。
「誰って、そんなの知る訳がないだろう。何いきり立ってるんだ」
はい?皆がパルマーロ子爵を見る。娘もキョトンとしているという事は知らないのだろう。貴族なのにそんな事があるだろうか。
「やはりな」
お父様がニヤリと笑った。
「違和感が半端なかったんだよねぇ」
殿下も黒いオーラを放っている。そして恐ろしい笑顔でパルマーロ子爵の肩を掴んだ。
「おまえ、誰?」
殿下の言葉が一瞬理解できなかった。が、とてもしっくり来てしまった。高位貴族の前での立ち居振る舞い、他家の家の者に対する無礼な態度。おまけに殿下を前にしても礼を尽くさず、極めつけは国王様の存在を完全に無視。そんな貴族がいるはずがないのだ。社交界シーズン最初の王城で行われる舞踏会では、貴族は全て招待される。一度も参加しなかった、などという貴族はいない。
つまりは、国王様のお顔を知らない貴族はいないのだ。
「びっくりしたよ。どかどか行儀悪く入ってきた男が子爵だって言うんだからね」
「パルマーロ子爵は老齢の紳士だったからな」
「そうそう。娘を見た時は、こぶ付きの女性を娶ったのだろうと思っていたんだけれどね。流石にそれはないなぁ」
馬鹿にしたように、子爵を上から下まで見てにやつく殿下。さっきから真っ黒です。
「お、私は弟で……」
「ああ、嘘はいらない。仮に弟だったとしても、城で手続きを踏まなければ貴族とは認められないんだよ。知らなかったでしょ」
「本物の子爵はどうしたんだ?」
「だ、だ、だから俺が子爵……」
「ほお、まだ言うか。根性だけはあるようだ」
カチャリと剣を鞘から少しだけ出すお父様。途端に子爵と名乗っていた男が腰を抜かして座り込んでしまった。息が浅い。口をハクハクしている。
「これはしばらく使い物にならないね。グリマルディ公爵、やり過ぎだから」
「これがやり過ぎ?ふざけるな」
「やり過ぎでしょ。見てよほら、ハクハクしちゃって喋れないじゃないか」
「これしきの事でつまらん男だな」
「いや、普通に怖いから」
「仕方ない。ねえ、君が答えてくれる?」
殿下が彼女を見てニッコリする。
「え?私?パルマーロ子爵は親戚で、病気で亡くなったからお父様が子爵になるんだって。だからこれからは貴族になるんだよって言われたわ」
「親戚って?」
「そうよ。お父様の親戚って」
「君のお母さんは何か言ってた」
「いいえ、嬉しそうにしていたわ」
「亡くなった子爵の葬式はどうしたの?」
「葬式?さあ、私が子爵家に行った時はやってないから、もう終わってたんじゃないの?」
嘘を言っているようには見えない。彼女はきっと、何も知らないのだろう。
お父様が視線を天井へ向けた。すると、上から紙が数枚舞い降りた。器用にキャッチしたお父様がざっと紙に目を通す。みるみる顔つきが険しくなるお父様。読み終わったのか子爵を名乗る男を見て、地を這うような低い声で呟いた。
「ゲスが」