阿婆擦れ
彼女はどこまで都合よく考えられるのだろうか。
「違いますわ。お父様に任せたという事です」
私の言葉に頬を膨らませる。
「ズルいわ。私にわからないように難しい言葉で煙に巻くなんて」
「難しい言葉など使っておりませんが。ましてや煙に巻くなど、そんな卑怯な事はしておりませんわ」
フンッと私から目を逸らし、彼女はお父様の方へと視線を移す。
「ねぇ、公爵様、私をあなたの養子にして下さい」
「しないよ」
「なんでですかぁ?」
「婚約解消のそもそもの原因である貴様を、何故養女にしなくてはいけないのかわからないんだが?」
「それはトンマーゾ様が、サーラ様より私の方を好きになっちゃったからですよ。私の方が魅力的だったから、ふふ」
私に視線を向けながら嫌な笑い方をする。父親のパルマーロ子爵も、顔をだらしなくして笑った。
「ウチの娘は美しいですからねぇ。そういう事があっても致し方ない」
「サーラの方が何倍も綺麗だよ!」
まさかの崩れ落ちていたトンマーゾだった。
「あの時はどうかしてたんだ。マリーアが他の男たちにチヤホヤされているのを見て、僕が彼女をモノにしたら自信がつくんじゃないかって。殿下がサーラに好意を寄せていたのを感じていたから、殿下よりも僕の方がいい男なんだって思いたかった」
よろよろと立ち上がって続けるトンマーゾ。
「マリーアがさ、『あなたが一番好き』って言ってくれた時は嬉しかったんだ。全てを捧げてくれたあの時は、確かにサーラよりマリーアが好きだった」
「快楽に溺れたか」
殿下が蔑んだように言った。
「トンマーゾ。一番好きって言われて嬉しかったのなら、おまえは本当のアホだな」
マグラーニ公爵が冷たく言った。
「何人もいる中で一番好きって言われた事の何がダメなのさ」
トンマーゾが食って掛かったが鼻で笑われる。
「一番って事は二番、三番がいるってことだ。おまえがそんな事も見抜けないほどのアホだったとはな」
言われて初めて気が付いたようだ。トンマーゾはポカンとしてしまった。
「だから私は、断固としてそんな女を、我がマグラーニ家に入れるつもりはなかったんだよ。家格云々ではない!」
「いい事を教えてあげる」
殿下が悪い顔になっている。
「そこの女が全てを捧げているのは、トンマーゾ、君だけではないよ」
「え?」
「少なくとも侍らせていた男たち、ほとんどに全てを捧げている」
「そんな……」
信じられないのか、トンマーゾは頭を抱えてしまった。
「あっ!」
唐突に記憶の片隅にあったものが浮かんだ。私の驚いた様子に、皆が注目する。
「あの、ごめんなさい。思い出した事があったものですから」
「何を思い出したの?」
殿下に促され、一瞬言おうか迷ったが、逃げる言い訳がみつからなかった。
「先日、図書室で見たのです。奥の棚の間で淡いピンクの髪の女性と、赤い髪の男性が親しくしている所を。最初は静かな図書室でボソボソと何かが聞こえてきたのが怖くて。人の声のように感じたので近づいたらそのお二人がいたんです」
「それで?」
「それで……赤い髪の男性の方は男爵だと言っていました。伯爵令嬢に求婚するだのなんだのと。ピンクの髪の女性に、関係を持っている貴族たちを教えろって。こんな阿婆擦れに入れ込んでいる男たちを見て笑ってやるって。それからはあの、ちょっと、その……私が逃げてしまったので……」
ポポポと熱が全身を駆け巡ったのがわかる。きっと今、私は真っ赤だ。
「ダメだっ。そんなに可愛いサーラは誰にも見せない!」
殿下にまたもや抱き込まれてしまう。お父様の方から黒いオーラを感じるし、殿下の隣では忍び笑いが聞こえるけれど、まずは熱を冷ますのが先だ。
「凄いね、君。時と場所をわきまえる事も出来ないんだ。まるで盛った動物状態だね。娼婦よりえげつない」
「それが私かなんてわからないでしょ」
「いやいや、そんなピンク頭、学園内に君しかいないじゃないか」
「そんな……」
頭を抱えていたトンマーゾが絶望的な表情で彼女を見ていた。
「僕だけじゃなかったなんて。僕が最初で最後の人って言っていたのに」
そのままソファに沈んだ、トンマーゾは、声を殺して泣いていた。彼女に失望したからか、自分の見る目のなさに絶望したのかはわからないが、目は覚めたようだった。
「さて」
お父様が立ち上がる。
「話の続きをしようか」




