マリーア・パルマーロ
令嬢はパタパタと私の前に走り寄る。
「あの、私、トンマーゾ様とお付き合いさせてもらっています、マリーア・パルマーロと申します。あの、トンマーゾ様から話を聞いて、是非一言お礼を言いたいと思って待っていたんです」
彼女の驚きの行動に、周囲が水を打ったように静まった。仮にも王族の次に位の高い公爵家の令嬢に対して、いきなりの名前呼び。しかも許されてもいないのに勝手にしゃべり出す。おまけに内容は、こんな往来の場で言うべきではない内容。誰もが私と彼女を、そして隣にいるアダルベルト殿下を凝視していた。
「あの、パルマーロ様でしたかしら?あなたと私は初対面ですわよね」
「あ、はい。そうですね、初めましてですね」
にっこり微笑んでいる。そう言う事ではないのだが。
「ええっと、何故いきなり私を名前で呼んでいらっしゃるのかしら?」
「え?ああ、トンマーゾ様がいつもあなたの事をサーラって呼んでいるので」
……子爵というのは、こういうものなのか?私がおかしいのか?ちょっと理解が追い付かない。
「君さ。貴族の常識は知っているのかい?」
理解が追い付かない私に代わって、アダルベルト殿下が彼女に聞いた。
「常識、ですか?」
「そう。ここは学園だから、あんまりうるさくは言わないよ。でもね、初対面なのだし王族に次ぐ、高位の貴族令嬢に対しての礼儀はわきまえないと」
「礼儀?」
「そうだよ。周りを見てわからない?君がとんでもなく無礼を働いているって」
彼女がキョロキョロと周囲を見る。皆、眉間にしわを寄せたような顔で彼女を見ている。
「何がダメなんです?私、ちゃんと挨拶したし。ただお礼を言いたくて来ただけなのに」
この方は貴族のマナーを全く知らないようだ。
「あのね」
尚も言い募ろうとする殿下の腕にそっと触れる。
「サーラ?」
「もういいですわ。話が進みませんし」
「君がそう言うなら……」
不服そうに口を尖らせる殿下に思わず笑ってしまった。
視線を彼女に戻すと、彼女は私を見てはいなかった。殿下を熱っぽい目で見ていた。それを無視して話しかける。
「それで?お礼とはなんでしょうか?」
「え?ああ。トンマーゾ様から聞きました。グリマルディ公爵家で養女にしてくれるって」
トンマーゾはまだ確定していない話を、この方に話したようだ。余計な期待をさせて可哀想に。
「そのお話でしたら、父上に預けましたわ」
「わぁ、では私はグリマルディ公爵令嬢になれるのですね」
ペリドットの瞳をキラキラさせている。
「そうなると、私が公爵令嬢になったら、アダルベルト様とも結婚出来るって事ですか?」
「公爵令嬢ならば、家格的にはなんの問題もありませんわね」
私の腰を抱いていた殿下の手の力が強まった。
殿下を見れば、声を出さずに『こらっ』と言われる。
「わぁ、そうなんだ。アダルベルト様、聞きました?私たち結婚出来るんですよ」
「へぇ、私は絶対にお断りだけれどね」
物凄い笑顔で断っている。
「あれれ、もしかして照れちゃってます?可愛い」
もの凄い嫌な顔になった殿下。
「いつから私は公爵令嬢になるんですか?」
本当になれると思っている?もしそうならば、ある意味大物だ。
「それは私ではなく、いずれ父の方から話があると思いますよ」
これ以上は面倒なのでそれだけ言って、とっととこの場を去る事にした。一緒に歩き出した殿下がクックと笑う。
「彼女、もの凄い図太い神経を持っているようだね。私にシフトチェンジしようとしていたのも含めて」
「殿下ったら、すごいお顔になっていましたよ」
「そりゃなるでしょ。それにしてもサーラったら意地悪だなあ。あれは本当に公爵家の人間になれると信じているよ」
「私はお父様に預けたと言っただけです」
「数日間の甘い夢だね」
殿下の言葉に、二人でほくそ笑んでしまった。