気持ちの自覚
人間というのは不思議なもので、自覚をした途端、勝手に心臓が鳴り出した。ほんの一瞬前まで、穏やかな気持ちで見ていた殿下の寝顔なのに、今は見ているだけでドキドキしてしまう。なのに、それでも見続けていたいという変な願望まで湧き上がる。
少しの振動で揺れる金の髪が、意志の強さを表しているかのような凛々しい眉が、長い金の睫毛に縁どられた目元が、少しだけ開いている無防備な口が。全てが愛しく思えて、そんな殿下を今、自分だけが堪能している優越感に勝手に顔が綻んでしまう。
『嫌だ。なんだかちょっと変態みたいじゃないの』
自分で突っ込むが、寝顔を見続ける事はやめられない。
『あんなに辛い思いをしたばかりなのに』
自分の心境の変化に戸惑う。私は薄情な人間だったのだろうか。つい少し前まではトンマーゾを好きだと思っていたはずなのに。
そんな事を考えているうちに、再び殿下が身じろぐ。どうやら今度は覚醒が近いようだ。金の睫毛が震えたと思ったら、固く閉じていた目がゆっくり開かれ、宝石のような美しい金色が姿を見せた。
「サーラ?」
私を呼んだ声色にドキッとしてしまう。少し掠れた低音が、首のあたりをザワザワさせた。顔に熱が集まったような気がするが無視することにする。
「お目覚めになりましたか?」
「私はどれくらい寝ていた?」
「もうすぐ夕暮れですから4,5時間という所でしょうか」
「そんなに?起こしてくれればよかったのに」
ベッドから半身だけ起き上がらせた殿下は、シャツのボタンが3つ程外れていて、程よく筋肉のついた胸板が少しだけ見えていた。
「はは、サーラの顔がリンゴのようだ」
そんなセクシーな姿を見せられて、平気でいられる方がどうかしていると思う。
私は殿下を見ないようにしながら、用意していた水差しの水をグラスに注ぎ、殿下の手元へと持って行った。
「良かったらどうぞ」
ありがとうとグラスを受け取った殿下は、一気に水を飲み干す。水が喉に流れるたびに動く喉ぼとけがやけに艶めいて見えて、再び私の顔が熱くなってしまった。
「ふふ、可愛いな、サーラは」
グラスを受け取ろうと傍に寄った瞬間、狙ったかのように耳元で囁かれる。思わず飛んで後ろに下がってしまった。
「ははは、猫みたい」
殿下はとんでもなく上機嫌のようで、私から視線を離してくれない。私が視線を逸らせてそっと元に戻すとすぐに視線が合ってしまう。なんだか居心地が悪くなって、部屋から出て行こうとすると呼び止められた。
「ごめんごめん。サーラが元気になったのが嬉し過ぎて。あと可愛すぎて」
収まったはずの熱がまたもや顔に集まる。やっぱり逃げてしまおうと踵を返すと再び呼び止められる。
「本当にごめん。もう変な事言わないから戻って来て、ね」
「……はい」
渋々ベッドの傍に置いたイスに再び座る。
「うん、顔色も良くなっているね。本当に良かった」
「ご心配をおかけしてしまって……看病までさせてしまって、本当にー」
「ストーップ。謝るのは違うからね。私がしたくして心配して看病したんだ。わかるでしょ」
「……はい。ありがとうございました」
「ふふ、どういたしまして」
「あ、そうだ。サーラが良くなったら知らせろって母上から言われていたんだった」
「それでしたら先程」
「ん?」
「あの、影の方が降りていらっしゃいまして、城の方へ報告に行きますと」
あら?なんで黒いオーラが?
「影が勝手に降りてきたの?」
「ええ。あ、でも私がお父様にお知らせしたいと言っておりましたので助けてくれたのです」
突然、キュッと手を握られる。
「あのね、影はこちらが呼ばない限り、あとは緊急の要件がない限りは姿を見せないのが基本なの」
「だから私が……」
「いーや。そのくらいの事では普通は降りてこない。きっとサーラによからぬ想いを抱いたんだ」
「それはいくらなんでも」
「サーラ」
「はい」
強い口調で呼ばれてしまう。
「君はさ、今までトンマーゾしかいない世界にいたでしょ」
「そう、ですね」
「だから知らないかもしれないけれど、サーラは凄く魅力的なんだよ。求婚の手紙が山と来ているのがいい証拠だ」
「それは公爵家との繋がりを―」
「それだけじゃないから」
先程から私の言葉が最後まで続かない。殿下が被せてくる。
「多分、君の笑顔だけで国が傾くよ」
「はい?」