二度目の仕打ち
翌日。
昨日はパニックになってしまい、結局本を借りずに出てきてしまった事に気付いた私は、再び図書室に来ていた。今日はちゃんと司書もいるし、あんな事はないだろうと目当ての本棚へ向かう。
どれにするか悩んでいると、不意に腕を掴まれた。
「!」
「シッ!」
人差し指を口に当て、静かにと促すその人を見て驚く。
「トンマーゾ」
何日かぶりの元婚約者だった。
「ごめん。なかなか君が一人にならないから、こんな所で」
すまなそうに言うトンマーゾについほだされてしまう。
「私に何か用なの?」
「うん、大事な用なんだ。ちょっとこっち来て」
そう言うと、昨日、男女が睦まじくしていたあの暗がりに連れて来られる。
「どうしてこんな暗がりに?嫌よ」
「別に何もしないから。お願いがあるだけなんだ」
お願いと言われた時点で嫌な予感がした。それでも好きだった人が困った顔をしているのを見ると、無碍に出来ないダメな自分が勝ってしまう。
「私にお願いって?もうあなたとは幼馴染の関係だけなのに」
「その幼馴染の僕が困っているんだ。助けてくれるだろ?」
私の事は助けてくれないのに?一瞬そう思ったが、ぐっと呑みこんだ。
「サーラはさ、婚約したいっていう手紙をたくさんもらっているって本当?」
「本当だけれど?それが何?」
「いや、いいんだ。ちょっと聞いてみたかっただけだから」
「……誰かいい人は見つけたの?」
その問いを聞いた途端、アダルベルト殿下が頭に浮かんだ。しかも黒い笑顔の。私はブルブルと頭を振り、彼の残像を振り落とす。
「何故、そんな事を気にするの?」
「ごめん。そうだよね。僕が気にする必要なんてないよね」
一体なんなのだろう?彼の意図がよくわからない。
「私に何かしてほしいのでしょう。それは何?」
単刀直入に問えば、もじもじし出すトンマーゾ。
「あのさ、彼女との結婚を全然、父上が認めてくれないんだ」
「そう。まあ、家格の違いもあるのでしょうね」
特に公爵ともなると、数が少ない上にどこかしらで王族と血が繋がっている。高位の中の高位だ。せめて伯爵家くらいの地位がなければ認める事は出来ないだろう。トンマーゾは後継者なのだし。
「それでさ、考えたんだけどさ。彼女を何処かの養女にしてからだったら許してくれるんじゃないかな」
家格を上げるだけで許してもらえるのだろうか?おじ様が本当に彼女の家格だけを気にしているのなら、いくらでも養女の話を受ける貴族を見つける事が出来るだろう。
公爵家と繋がりを持ちたいと思う貴族は多いのだから。それをしないという事は、何か他に反対する理由があるとしか思えない。
「それでさ、お願いなんだけどさ……サーラの家の養女にしてくれるように頼んでくれないかな?」
「……はい?」
「だから、サーラの家の養女になれば、何の問題もなくなるじゃないか」
「……それを私に頼むの?」
目の前が再び真っ暗になった。私は自分で知らないうちに、彼に何か酷い仕打ちをしてしまっていたのだろうか。その仕返しを今、されているのだろうか。
「友人何人かに頼んだんだ。でも誰も相手にすらしてくれなくて……もうサーラに頼むしかないんだよ」
「……ならば、お父様に直接頼むのが筋なのではないの?」
こんな事で気を失ってなるものか。くらくらしながらも、なんとか踏ん張る。
「それが出来るならとっくにしてるよ。でもさ、サーラの父上は凄い怒っているんだろ?恐ろしく言えないよ」
またもや私の知らない彼が出てきた。こんなに意気地なしの他力本願な人だった?
「僕が卒業したらすぐにでも結婚するつもりだし。たったあと1年くらいなんだからさ。なんとか頼むよ」
「……」
「ね、お願い。この通り!」
ああ、この人はこの方法でなら私が言う事を聞くとずっと思っていたんだわ。私はきっと、彼をずっと甘やかしていたのだろう。涙が流れた。ここが暗がりで良かったと心から思う。
「もう、しかたないわね」
嗚咽を堪えてなんとかそう言ったのだった。