幼馴染は婚約者に
「お願いだ。この通り」
「もう、仕方ないわね」
拝みながら私に懇願する彼。私は昔からこのお願いに弱い。
グリマルディ公爵家とマグラーニ公爵家は、昔から家族ぐるみの付き合いをしていて仲が良い。だから、歳の近い子供が生まれたら婚約させようなんていう話も当時から言われていたことだった。
そんな願いはなかなか叶う事がなく時が過ぎたのだが、やっとの事で両家の念願が達成されることになった。それが、トンマーゾ・マグラーニである彼と、サーラ・グリマルディである私だった。
2年先に生まれたトンマーゾは、少し暗めの青い髪にスカイブルーの瞳を持ったなかなかの美丈夫だった。公爵家の一人息子で、学問の成績は上位の方だし、剣の腕もなかなかの実力。人柄は常にニコニコと穏やかで一緒にいると心が温かくなる、そんな人だ。
私、サーラはお母様と同じ真っ直ぐに伸びた藤色の髪、お父様よりも濃いアメジストの瞳。お母様の厳しい躾のおかげで、貴族令嬢の鑑と言われている。高位貴族の令嬢であるが故なのか、あまり表情は表に出ない。トンマーゾとは対照的な雰囲気だった。
幼い頃はただの幼馴染としてよく遊んでいた。小さい頃は私も年相応に活発だったため、追いかけっこや木登りもしていた。マグラーニ家の裏手の森を探検して迷子になり、両親に心配され怒られた事もあった。
そんな私たちの関係が変わる事になったのは、私に5歳下の弟が出来た事だった。グリマルディ家に男の子が生まれたことで、両家の間で私とトンマーゾの婚約の話がリアルになったのだ。ただ、この時はまだ男と女という性別をちゃんと理解していなかった。
トンマーゾを異性として意識するようになったのは12歳の時。王立スプレンドーレ学園に入学したトンマーゾと、半年ぶりに再会した時だった。
少年だったはずのトンマーゾは、ぐっと背が伸び体格が良くなっていた。私の名前を呼ぶ声色も、記憶に残っているよりも低い声だった。それでも性格はそのまま、穏やかに笑うその表情は変わっていなかった。
「サーラ、僕は君が好きだよ。幼い頃からずっと。だから僕の婚約者になって、ゆくゆくは結婚してくれる?」
半年ぶりに帰ってきたトンマーゾは、我が家に来て早々、私にそう告白してくれた。
男らしくなった彼を、男の人なのだと意識したと同時に私も好きだと、トンマーゾのお嫁さんになりたいとそう思った瞬間だった。
そして彼が学園に戻る少し前。私たちは婚約した。
基本的に寮生活をしているトンマーゾだったが、婚約を機に月に数回は帰って来るようになった。私をレディのように扱ってくれるようになった彼に戸惑いながらも、受け入れていた。手の甲にキスされた時には、恥ずかしくて、でも嬉しくて、その日の夜はなかなか眠れなかった。
ある日の事。
王城のお茶会と彼の帰宅の日が重なってしまった。第一王子が隣国に留学するので、見送る為のお茶会だった。
「サーラ。それに参加したら僕と会えないじゃないか」
15歳の男が口を尖らせてブツブツ言うのもどうなのと思っているといつもの攻撃に出られてしまった。
「サーラ、お願いだ。お茶会に参加するのは仕方ないとしても、すぐに屋敷に戻って来て。僕との時間を作ってくれよ、この通り」
「もう、仕方ないわね。わかったわ」
溜息と共に了承する。小さい頃からこのお願いに勝てた試しがない。
「やった。じゃあ、屋敷で待ってるからね。すぐに来てね」
そう言って、帰って行くトンマーゾを見送ると後ろでお母様が笑っていた。
「そうしていると、どちらが年上なのかわからないわね」
「ホント、そう思うわ」
「明日のお茶会は、殿下にご挨拶だけしたら帰っていいわよ。王妃殿下には母様から上手く言っておくから」
グレーの瞳を細めて、可愛らしく笑うお母様。
「ありがとう、お母様」
困った人だと思いながらも、私と会いたいと願ってくれる彼の気持ちが嬉しかった。私だって彼との時間を大切にしたいと思っているのだから。
翌日。
シェルピンクのドレスに身を包み、お茶会へと向かった。髪色より若干濃い紫色のドレスに身を包んだお母様。
会場に入った途端に私たちに視線が集まる。私たち親子は所謂、社交界の華と呼ばれる存在だった。私はまだ成人を迎えてはいないので、主にお茶会の場での事だが。羨望、妬み、嫉み。あらゆる感情を含んだ眼差しで見られる中、私たちは中心から離れた席に落ち着いた。