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馬鹿にされた後に「あんな地味な奴が……」と驚かれたくて地味に過ごしてたら高校生活がほぼ終わってた。

作者: *bank*

 「これだ、これだよ……っ!」


 暗い部屋の中でパソコンの画面を見つめていた少年は、その顔に笑みを浮かべながら一つの動画を見ていた。

 投稿したのは映っている人ではないだろうと思える海外の映像で、大人しそうな少年がそれまで嘲笑していた周りの人たちを座っていたピアノの実力のみで黙らせる。

 その何百万回と再生されてきた映像を見た日本の少年は、家族が眠っていることに配慮した小さな声で独り言を呟く。


 「俺もこういうことをすれば人気者になれる……!」




 ◆




 通勤通学の人々が出かけ始める平日の朝、何処にでもある平凡な住宅街の平凡な一軒家の中で互いのテンションが全く違う親子が会話をしていた。


 「ちーちゃん、本当にそれで良いの?」


 「母さん……。もう何度も言ったろ? 俺は高校生活はこれでいくんだって!」


 母親からの心配そうな声に姿見の前で前髪をセットしていた、ちーちゃんこと千隼少年はもう何度目かもわからない答えを返しカバンを手に持つ。

 今日は彼が通うことになる高校への初めての登校日、つまりは入学式だ。

 そんな晴れ舞台へと向かおうとしている息子の姿を見て思わずため息を吐いてしまう母親。


 「中学生の頃はあんなにオシャレしてたのに急にどうしちゃったのよ……。そんな地味な見た目にしちゃって」


 「オシャレって言ったって精々が眉毛整えるくらいだろ? それをオシャレって言われても……」


 「でもちーちゃん、今はもっと酷いじゃない」


 そう言う母親の視線の先には、髪は所々跳ねているものの目元まで隠れるほど伸ばし、その隙間から見える眉毛は手入れが一切されておらず、立っている姿は猫背のいかにも教室で喋らず話す時は蚊の鳴くような声しか出せなさそうな男子高校生が立っていた。


 「酷いって言うなよ。これでも俺なりに考えたんだから」


 「頑張ってそれだったらママ今度ファッション雑誌買ってきてあげるから勉強しましょう」


 「いやいや、大丈夫! 俺は満足してるから!」


 手を振りながら母親からの提案を拒否した千隼は、腕にはめた地味な時計で時間を確認するとドアノブに手をかける。

 今日から彼にとって夢に見ていた高校生活が始まる。

 見た目は完璧、声の出し方も何度も練習してきた。

 歩き方や立ち方まで漫画とかで地味なキャラと表現されているものをいくつも研究した。

 さあ、行くぞ。

 地味なやつが意外にも……!? みたいな驚かれ方で人気者になるために!


 「行ってきまーす!」





 ◆




 「えー、今年の学園祭では私たち三年五組は劇をするということで良いですか?」


 壇上に立つ女子生徒からの確認にクラスの仲間たちが各々の返事をし可決となった。

 これで俺たち五組は高校最後の文化祭で劇をすることが決定だ。

 俺は多分、今年も裏方とかに回されるだろう。

 一昨年は教室での研究内容展示で俺のスペースを忘れられ、去年の喫茶店では裏で只管チンするためにラップを貼っていく作業を任された。

 今年は何だろうな。

 大道具に必要な段ボールのパーツを同じ幅で只管切っていくことかな……。

 ふふふ、楽しみ。


 ―――じゃなーーーーい!!

 なんで高校生活がもう二年以上も地味な男子生徒のまま過ぎ去ってんだよォ!! こっちは入学式からずーっと「あの地味な奴が……!?」っていう展開を待ってるのに何も起こらねぇ! いや、良いクラスだよ? 男女共に仲が良くて、あんまり周りと協力するのが苦手そうな子にも積極的に声をかけて一人にならないようにしてあげてる。あの時の動画みたいに馬鹿にするなんてこと一切ない。俺がちっさい声で喋っても周りが少し声量下げて聞こえやすくするくらい気を配れる奴らばかりだし。

 でも、でも……それじゃあダメなんだっ。

 俺はみんなが期待してない状況で全員を驚かせて仲良くなりたいんだ! 長い年月をかけて作られる鍾乳石のような友情じゃなくて、一瞬の輝きがその後も残り続ける流れ星みたいな友情が欲しいんだ! いや、鍾乳石も良いけどね!!


 「じゃあ、配役はこれで決定だね。あとの裏方の方は―――」


 俺が一人で考え込んでる間にもどうやら話は進んでいたようで、黒板には演目『赤ずきん』とそれぞれの役名の下にクラスメイトの名前が書いてある。

 なるほどなるほど……、どの役も似合いそうな奴が当てられてるな。

 ……え、というか赤ずきんをするの? 高校三年生の俺たちが? 流石にそれは、って言える雰囲気でもキャラでもカーストでもなかったですね、俺。

 まあ、どうせ俺は裏方だから良いんだけどね。


 「それじゃあ今日の話し合いはここまでにしよっか。次からは本格的に準備始めていくからみんなよろしくね!」


 女子生徒の締めの言葉に返事をして今日の学校生活も終わりを迎えた。

 あれ、もしかして今の話し合いで俺、一言も発してない……!?




 ◆




 いっけなーい、遅刻遅刻ーーー!!!

 出欠確認十分前なのに現在地は学校からチャリで十分の場所。

 あーあ、俺がチャリよりも速く走れたら間に合うのに……なんて現実逃避してる場合じゃねえ! なんだって俺は学校と反対方向に歩いてたんだよ!?

 そりゃあいつもよりも沢山の同じ高校の制服の人と会うわけだ。俺だけ目的地から歩いてきてるからな。

 くそぉ、これも全部由奈の所為だ。

 昨日の夜、珍しくマジで怒ってきたから何だと思ったら、ダサすぎるからせめて眉毛だけでも整えろってめちゃくちゃ説教された。

 別にもう二年以上この状態で過ごしてるんだから良くないか? 普通ダサすぎて怒るにしてももっと早めに怒ってくれ、なんでよりにもよって昨日なんだよ。

 おかげで寝不足で通学路間違えちまったよ!


 「……あと五分」


 先生、頼む! 途中の階段が誰かの悪戯で油塗れになってて一時間くらい滑り続けてくれ!


 「―――から、遅刻しちゃうからやめて下さい!」


 少し人通りの少ない学校への近道へと入り走っていたところ、先の方で誰かが言い争ってるような声が聞こえてきた。

 この距離で聞こえるってことは結構大きめな声で争ってんな。女性と男性……痴話喧嘩か? おいおい、そんなのこんな朝っぱらからやるなよ。せめて誰もいないところ……ああ此処か。

 やだなぁ、声が聞こえてくるところ俺が今から通る所だろ? なるべく見ない様にしとこ。


 「良いじゃん別に、学校なんてさ」


 「そうそう。俺らといた方が楽しいって!」


 「学校じゃ絶対知れないこと教えるからさ」


 「だから私、別にそういうの興味ないです! 早く行かないと遅刻になっちゃう!」


 近づいていく程にその会話内容が鮮明になっていく。

 どうやら痴話喧嘩じゃなく登校中の女子高生へのナンパだったみたい。

 ふう、心配して損した。なんだ唯のナンパか。

 少し可哀想だけど俺も遅刻しそうになってるし、流石にこんな朝っぱらからナンパ野郎たちも無理やりな手段はとってこないだろうから、犬の散歩とかしてる人とか警察の人たちが通って声をかけてくれるまで頑張ってくれ。俺は少しでもみんなに驚かれる機会を見逃さないために急ぐ必要があるんだ!

 決意新たにナンパの現場を通り過ぎようとした時、ついほんの少しだけ顔を出してきた興味からチラリと、本当にチラリとその現場を見てみると―――。


 「あ……」


 絡まれていたのはクラスメイトの女子だった。

 こんな時間に居るはずの無い見知った地味野郎の俺が通ったことで、思わず声を出してしまったその子の声と顔に驚き、二度見、三度見……四度見目で思わず固まってしまった。

 だって仕方ないよね?

 ナンパされてるとる思ったらされてたのは見知ったクラスメイトの女子だし、ナンパしてる男たちは一人は通路側、一人は自転車、一人は肩に手を当てて逃げられないようにしてるし。

 女の子はもう泣いてるし。


 「……っ。せ、先生に遅れるって、伝えといて」


 無理やり作った笑顔で俺にそう言ってくる。

 走っているポーズのまま固まってしまった俺に、この後どうして欲しいのかを伝えて動けるようにしてくれる。

 自分は恐いのに、助けを求めたいのに、今すぐその場から逃げたいのに。

 突然現れた知り合いがクラスでも数回しか喋ったことのない地味な奴だったから、被害者を増やさないために助けを求めることもせず安全な場所へ行くように伝える。


 「何、知り合い?」


 「じゃね? あー、お前、さっさと行けや」


 「見てんじゃねーぞガキ。はよ行って一人休むって伝えろや」


 ナンパ野郎たちが何か言ってるが知ったことか。今俺はとてつもなく感動してるんだ。

 恐怖に震える自分を犠牲にしてでもあまり親しくないクラスメイトを助けようとする彼女の姿に。

 俺は、なんて馬鹿野郎なんだ。地味な見た目から凄いことをして驚かれたい? 馬鹿でアホで間抜けな頭め。

 まずやるべきなのは彼女のように人を想える優しさとそれを行動できる心を持つことだ。

 俺はこの二年半、スタートラインにも立てていなかったんだ。


 「ごめん、神林さん」


 カバンを地面に落とし四人へと近づく。

 毎日キッチリと着こなしていた制服のブレザーを脱ぎカバンの近くに投げる。


 「その頼みは聞けない」


 ボタンを止めたままこれまで捲られることのなかったカッターシャツの袖を捲り動かしやすくする。


 「だって、君をここで置いていったら」


 ポケットから昨日文化祭の準備で使いまくってた輪ゴムの余りを取り出して、目の前で揺れて邪魔な前髪を頭の上で縛る。


 「きっと後悔するから―――」




 ◆




 千隼が通う高校の教室には現在、空席が二つ。


 「神林。ん? 神林ー? なんだ、欠席か?」


 担任が首を傾げている事に生徒たちもまた首を傾げる。

 神林が無断で学校を休んだことなんて一度もなく、欠席の際には必ず学校へと連絡を入れる真面目な生徒だ。

 それなのに今日は彼女の席には姿がなく先生もその内容を知らない。


 「って、なんだ。千隼もか? アイツも何も聞いてないけどな」


 神林の席の確認と同時に教室を見回した担任が気づいたのはクラスの中でもあまり目立つことのない千隼の姿がないこと。

 教室内に二つの無断欠席による空席が存在しているのは非常に珍しい事態だった。


 「あの二人が無断で欠席なんてなぁ。あとで家のほうに連絡してみるか……」


 担任が頭を掻きながらそう言った直後、教室の後方から慌ただしい音をさせながら誰かが入ってきた。

 大きな音を立てて開かれた扉の音から、出席簿を見ていた担任は大人しい千隼がそんな事するはずもないと判断し、明るい神林が慌てて入ってきたのだろうと考え声をかける。


 「どうした神林、遅刻だ、ぞ……?」


 声をかけながら顔を上げた担任の先では、いつも明るい神林ではなく、正反対のクラスの台風の目とも言えるようないつも大人しく静かな千隼が息を荒げながら神林を背負って立っていた。

 背負われている神林もそんな千隼の姿に動揺しているのか、驚いた表情のまま汗を流して背負ってくれている千隼を見つめていた。


 「ど、どうした。お前ら……」


 他の生徒たちも驚いて固まる中、なんとか事情を聞こうと声をかけた担任に、息を深く吸い込んだ千隼は担任が今まで聞いたことのないような大声で謝罪の言葉を口にした。


 「すみません、遅刻しました!! 俺のせいです!」


 神林を背負っているために腰から曲げられない千隼による、動かせる首を使っての精一杯の謝罪に思わず黙ってしまう担任とクラスメイト達だった。




 ◆




 その後、何処かから仕入れられてきた情報によれば、神林と千隼が遅れたのは登校途中に自販機で飲み物を買おうとしていた千隼が、誤って財布を落として小銭をぶちまけてしまいそれを偶然見ていた神林に手伝ってもらったからだそうだ。

 小銭を見つけるのに時間がかかり過ぎて気づいた時には遅刻だったらしい。


 「なんだよそれー」


 「てっきり二人だけの秘密の何かがあるかと思ったー」


 期待外れな理由にがっかりした様子を見せるクラスメイト一同。

 ワイワイガヤガヤと騒がしい彼らは決して口には出さないものの触れて良いのか曖昧な事がずっと心の中に引っかかっている。


 (朝の千隼、なんか雰囲気違い過ぎたよな?)


 捲られた袖と上げられた前髪、整えられた眉毛と普段とは比べものにならない大声。

 その普段との大きすぎるギャップに全員が混乱し、あれは触れても良いものだったのか判断ができず口に出さないでいた。

 そんな明るいはずなのに妙な空気を漂わせる教室へと担任の声が聞こえてくる。


 「本当に大丈夫なのか千隼。顔とか腕、結構傷とかあったけど」


 どうやら千隼も一緒らしく二人で話しながら来ているようだ。

 神林は登校後、保健室に行って休んでいるらしい。なんでも朝から動きすぎて具合が悪いのだとか。


 「いや、急いでる時に転けただけってお前、何度も同じ答えを……。まあ、お前がそう言うならわかったよ」


 近づいてきた声は扉の前で止まり、ゆっくりと開かれていく。

 一人分開いた隙間から担任が姿を現し、それに続くようにいつも目にしている制服をキッチリと着こなして前髪を垂らした千隼が教室に入ってきた。

 思わずその肩をがっくりと落としてしまうクラスメイト一同。

 もしやあれは夢か幻だったのかと考えながら普段通り始まる授業へと集中した。




 ◆




 千隼のクラスメイト、神林は保健室のベッドでその顔を真っ赤にして火照らしていた。

 頬に添えられた手に熱が伝わってくる。

 今朝、しつこいナンパに困っていた自分の前にクラスメイトが現れた。

 いつも教室の中で一人静かに過ごしている男子生徒、千隼くん。

 人通りも少ない場所で無理やり止められて助けを求めることも出来ず泣いてしまっていた自分を見て、立ち去ってしまいたかっただろう彼は固まって動けなくなっていた。

 彼も恐かったに決まってる。

 だから、早く立ち去れて罪悪感が生まれないようなお願いをした。

 彼ならきっとすぐに学校に行って伝えてくれると思ったから。


 「なのに……」


 『ごめん、神林さん。その頼みは聞けない。だって、君をここで置いていったらきっと後悔するから』


 千隼くんからかけられた言葉を思い出し更に顔を真っ赤にする。

 普段は絶対に見えない眼、運動の時でもみんなよりも動けなくて全然見えないあの眼が、キリッとした眼が自分を真っ直ぐ見てそう言ってきた。

 その時点で正直、驚いた動けなくなっていた。

 それなのに、その後襲ってきた男たちをあっという間に倒して、動けなくなっている自分を安心させるように笑いながら言ってきたあの一言。


 『遅刻しちゃったね』


 もう耐えられなかった。

 千隼くんが漕いでくれた自転車の上では必要以上に体に抱きついたりして、想像よりもガッチリしてる体に驚いたりした。


 「はぁ、千隼くん……」


 思わず名前を呼んでしまう神林だった。




 ◆




 一人黙々と段ボールを切りながら今後の課題について考えてる。

 これまで驚かれるための機会がなかったのは、きっと俺が関わりにくい雰囲気を出していたからだ。

 今後はもっと優しい一面を強調していって「あいつ案外優しいな……」と思ってもらって、いずれはいじられキャラへと昇進しおふざけから驚きへのパターンでみんなに驚いてもらおう!

 そうと決まればまずは日頃のゴミ拾いとかからだ。

 ふとした瞬間に目を向けた先で地味な俺がゴミを拾っていたら「あいつ……」となって話しやすくなるだろう。

 ふふふ、待ってろよいじられキャラ……!






 千隼という少年はその顔立ちと妹の趣味の格闘技によって鍛えられたことで、周囲から不良というイメージを持たれ喧嘩を売られてきた。

 しかも実際に喧嘩を売ってきた不良に対してもなまじ強いため勝ってしまい、その後も溜まっていく経験値により勝ち続けたことにより周囲には誰も寄り付かない孤独な少年へとなってしまったのである。

 そのため彼は友達の作り方がわからない。

 何かしらのきっかけがないと友達という関係になれるまでの想像ができなかった。


 そんな彼が高校生活残り数ヶ月でクラスメイト全員と友達になれるかは誰にもわからない。



 「千隼くん……」


 彼女がどうなるかも誰にもわからない。

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