EX-chapter 09. So,We don’t play!!
タイトル【遊んでる訳じゃないぞ!】
——ジャルニエ攻略戦中
——学術旅団ハリソン出張所
海原率いる学術旅団の面々は服飾について調査していた。今でこそユニクロといったポリステル文明の発達によって服装は洋服に統一され始めているものの、時代や国が少し違うだけでまるで異なってくる。もちろん調査しなければならないだろう。
仕立屋で購入後、出張所という名のプレハブ小屋でファッション展示会めいた撮影が行われていた。背景には白幕を垂らし、完全な海原の私物であるカメラを使って各アングル一枚ずつ記録されていった。
「割と手痛いぞ…」
その傍ら、彼は冷や汗を流していた。これだけで支給された現地通貨14万3000ゴールドを使い切ってしまったのである。新品の服飾一式を依頼したほかに、人件費よりも材料費がすさまじく高くついたため、こうなったとのことだ。
紡績技術がまだまだということが証明できたが、何より最新式ノートパソコンが買えてしまうのが恐ろしいところだ。
仕立て職人が珍しがっていたのも今になってわかる、あまりにも遅かったが。
「側面頼むよ」
「よしきた」
研究員たちは自らがモデルになり写真データを次々作っていく。
自分も離れてその様子を遠くから見ていた。
庶民の服は13世紀で見られたような襟のない貫頭衣式のもので、下にはズボンを穿いている。それぞれ染色のないクリーム色をしており、昨今の漂白されたように白いシャツと比べて温かみがあるだろう。
今着用しているのは男性用なので半袖だが、冬になれば古代ローマのようにマフラーなどを纏うという。
結論から言えば、古代ローマと中世をかいつまんだものだと断言できる。
何分資料や復元されたものでしか見ることができず、現物を見るのは滅多にない機会だ。
そんな中、海原は仕立屋の話を記録した証言をパソコンに打ち込んでいた。あの店主、我々を怪物か何かと思っていたらしく最初はろくでもない仕打ちを受けていたが、なんとか同じ人間と理解して貰うと、やれ軍へ向けての出荷が下がって小物仕事ばかりと世間話を繰り返しているため書き起こしが大変だ。
文化的に興味深かったことといえばハリソンではクリームに近い色が好まれるが海岸沿いや山岳といった場所では違う色が好まれるため、それを売っているらしい。
ここで衣服を染色する際には植物由来のものを使い、山岳では鉱石を使っているという話である。
そんな傍ら女性用の服を撮影することになったのだが、ある問題が発生した。
採寸に関し、何を思ったかチーフをもとにしていたということが発覚したのである。
「本当に申し訳ない、なんというか本当にすまないとしか言いようがない。」
「別に気に留めていない」
彼女に懇願したところ、特に気にしていないとのことだった。
—————
□
「装甲以外を着るのはもう何年振りなんだろう」
クリーム色のチュニックを着たガリーは恰幅こそ良いものの、その辺にいそうな女性になっていた。
日差しを遮るために浅いフードが設けられ、例えるなら絵画のミルクを注ぐ女のような様相だろう。
「そういや、地元だと服、何色だったんすかチーフ。」
何気なく研究員が聞いた。仕立屋の親父が言っていた話がまともかどうか確かめたいのだろう。
「赤だった。鉱山ふもとの街だったから、とやかく煤ける。こんな白い服なんて干せば真っ黒になるけれど、赤かったら深みが出るから。血の色というかなんというか。あと靴はブーツだった。こんな薄い履物だったら困るからな。」
チーフはどこか昔を懐かしむように答えるのだった。
こうしてフィールドワークが終わればレポートが待っている。ワードが開かれ、画像データが飛び交う。本部拠点にはSoyuzクラウドがあるため、作業するにしても、たったそれだけのために武骨なヘリに乗るのは億劫だ。
回線そのものはあることにはあるのだが、情報漏洩監視システム【ザル】のせいで速度は遅く、カタツムリといい勝負ができる程だ。ない方がマシである。
このため、記録媒体を使いまわしながらレポートを書く羽目になっていた。
——————
□
ワープロを起動した彼らを待ち受けていたのは、また地獄であった。
帝国はすでに初夏を迎えようとしており、太陽光が入り込むせいで気温だけトロピカルリゾートと化す。その上PCに対し負荷をかけているため排熱も無視できない。その結果、部屋の気温は29度に達していた。
いまだ設備投資が後回しになっているため、クーラーなどを使えば取り付けられた発電機の電力が追い付かず電源が喪失するだろう。せいぜい使えるのは扇風機だが気休め程度でしかない。
「あつい…クソ、海原さん、本部で風呂を…」
「…そうしよう。」
交代しながらレポートを書いていたはいいが、待たされる方も執筆する側もこの暑さは流石に苦痛だ。全員がシャワー休憩に入ればサービスエリアのトイレの如く長蛇の列を作り、ここの下水処理はパンクする未来が想像できる。
彼らは提出期限が迫った愚かな学生のようにキーボードを叩くのだった。
□
狂気的な研究員ローテーションの末、ついにレポートが完成した。報告書というより、軽い論文のようになってしまったが。それだけ得られたことが多いのだ。
暑さで歪んだ思考の元、海原は最後のボタンをクリックした。すべてのページを印刷、後戻り不能の操作だ。
「思い知れ!Wordの力を!」
「言霊にしてはずいぶん薄いな…」
狂乱する海原を見るガリーのまなざしは冷ややかだ。
———WHIR………Groooo…Paff、Paff…
プリンターは文字が刻まれた用紙を何枚も吐き出し始めた。ページ数は20、考察できる点があまりに多すぎることが要因だ。
別の研究者が我が子を抱き上げるかのように持ち上げた。すかさずステープラーで綴じ、マスターデータをカタツムリ回線に託しアップロードする。
やることを終えた彼らは恐ろしい連携力で戸締りとコンピューターのシャットダウン、消耗品の充填を済ませ海原のもとに集う。
帰る時だけ手際がいいことに対し彼は特段言及しなかったものの、チームの意思は固まっていた。
「冷房を浴びにいくぞ!」
冷媒式クーラーを知らないチーフはともかくとして、ただ涼しくなりたいがために団結しているのだ。
作業をひと段落させた彼らはハリソンを足早に立ち去ると飛行場へと向かった。近々空港としての設備も追加されるらしいが、そもそも帝国側に旅客機なんてあるのか怪しいもので体制は大きく変化しないだろう。
学術旅団といった非戦闘員を空輸するには専用カラーのMi-8が充当されている。旧式もいいところだが頼れるやつだ。
アイオテの草原で隔たれているとは言え、本部拠点との間はそこまで離れていない。
徒歩などでは堪えるが、車や空から来た場合はさほど時間はかからない。まったく都合の良い場所に市街地が置かれているものだ。
ハリソンにいる旅団メンバーは多くて15人程度とヘリの積載量に余裕があるため、軽荷物も載せられることが多々ある。快適な空旅とはいいがたいが、移動手段があるだけ有情だろうか。
「今日の担当は誰だ?」
海原はコックピットに顔を出す。まるでタクシー運転手を確かめるかのように。
「俺さ、学者先生。お忘れモノないよう言っといてくれ」
今回のドライバーは北朝鮮出身のパイロット、リ・ジョンソだった。Soyuzは超多国籍組織が故にあらゆる国籍の人間が所属している。
ソマリアだろうがモーリタニアだろうが必要があればあらゆる人間を雇用するのだ。
「忘れモンはするなよ、最悪戦場で撃墜されるかもしれないからな。大事なら確認してくれよな」
航空機で移動するとあっという間というもので、10分もしないうちに本部拠点に到着していた。冷房に飢えていた海原たちは汗を流すため風呂でも浴びようとヘリから飛び出していった。
「楽園だ!エデンがそこにある!」
「海原さん、俺にはそれが見えますよ!」
「本当か!俺たちのルネサンスは近いぞ!」
疲労というものは恐ろしいものである。あれだけ理性的な学術旅団の頭脳さえも破壊してしまうのだから。
—————
□
ウナバラ博士は飛び出してしまった。なんとなくだが飢餓状態に陥ったとき、目の前に飯が現れた時のようで呆れよりも親近感が沸き出てくるのはなぜだろうか。
外は夏の日差しが照り付け、まるでなべ底のように熱を放射している。現に私もこの灼熱さには辟易していたし、この鋼鉄の鳥からもたらされる強風で体が嫌に冷え出してきた。
「——昼間から良い身分なこと。…あんたはいかないのかい?」
操縦席とやらから騎手の声がする。確か李とか言っただろうか。
「こちらとしても疲れがたまっていてな。どうも鈍いんだ」
皮肉を飛ばす彼に向かって事実を突きつけてやる。どうにもあの男を浮かべてしまうのは疲れている証拠だろう。追い詰められた時にはおのずと嫌なものが出てしまう。
「ま、ここに居るヤツはみんな疲れてるよ。…楽そうな仕事をしててもだ。だけど休む時には休んでおく。意外と大事だからな。」
そんな態度を察したのか私に対し助言をしてくれた。この一言がどれだけ嬉しい事だろう。前の職場だと上司や同僚からの苦言を受けていた身からするとありがたい。
休む前に思いつめるのは良くないみたいだ。彼が言うのだから猶更、休むと決めたのならそれ一本でいくことにした。これがなかなか難しい。
「なんか最近忙しくなるような気がするしなぁ…うん、頭の片隅にでも入れとくよ」
私はそう言い残すと灼熱のなべ底に駆け出していった。
——————
□
降り立った私は慣れない端末片手に拠点をさまよっていた。ウナバラと比べて本部に来ることはあまりないので、どこがどうなっているのかが把握し切れていない。
しかしこの端末、どうにも不可思議なものである。魔具が含まれていないのだから余計に理解できない代物だ。
たとえ魔法の力を借りても再現は無理だろう。
余計に汗を垂れながらようやく大浴場にたどり着いた。私は誘われるようにして入りこもうとした時、ふと声を掛けられた。
「あれ、珍しいな。貴女もバイオの人…じゃあないよね、なんかこう…絵画っぽいし」
私よりも少し背が高いくらいの帝国人のような女性だ。どうやら白衣というものを着ているらしく、別部門の人間だということは理解できる。
「旅団のふぃーるどわーくリーダーしてる、いわばチーフ。そっちは?」
「ショーユ・バイオテックの研究員してるよ、というか偉い人じゃないですか。」
どうやら彼女はあの良く分からない研究施設の職員だというのだ。この感じからするに
私と相手、双方飲み込めていない。けれど日の光は残酷なもので私たちを容赦なく照らし再び汗が滲む。
「——暑ッつ…話は中でしてくれないか」
「確かに」
私が提案すると目の前の研究員も暑さに堪えたのか了承してくれた。
Soyuz様式の沐浴には未だに慣れない。大前提として常に湯が提供されているのが有りえないし、水辺でもないのに浸れるという機会が珍しいからだ。
流石に昼から浴場を使うような人間はいないらしく、周囲には誰もいない。
当然ながら脱衣するのだけれどその時に研究員から話題を振られた。
「名前、なんていうんです?私ネヴェナです。」
「ガリーシア、チーフとかガリーとか。別なんでも構わない。」
私がそう名乗るとネヴェナはどこか安心したようで砕けた答えを返す。
「案外フランクな人でよかったわぁ」
私とネヴェナ。お互いに珍妙な恰好をしているが中身は近いのかもしれない。
—————
□
私の想像を超えるガラス扉をくぐれば浴場に至る。そこには大理石のように白いレンガが敷き詰められた様は晴れ渡った空を思わせるだろう。
ここはSoyuzスタッフの面々が利用する所であり、清掃時間を除いて昼でも夜でも焚いているとのことだ。向こう側では珍しくないというのだから恐ろしい。
私たちが入るや否やネヴェナがこう切り出した。
「あ、そうそう。一応習わしとかあるんだけど、大丈夫?旅団の人って街に缶詰だって聞くし」
地球でさえ国の境を跨げば全く違う世界が待っていることが多い。まして次元の境ではどうだろうか。それに対しチーフの答えはこうだ。
「あそこについてるのはまぁ、沐浴くらい、だったかな。そう呼んでいいのか分からないけれど。毎回思うけれど湯をあそこまで使えるのはとんでもない贅沢だなとは思うけれど」
おいそれと湯舟が存在すること自体が異様なのだ。いくら魔法があれど湯沸かしは難しい。フレイアは魔力を経由して火球を出しているため水に着ければ鎮火してしまう。
点火には苦労しないが制御や維持には骨が折れる。
それにも関わらず、目の前にさも当たり前のように用意されているのだ。異様と言っても差し支えないだろう。