EX-Chapter 07. Universe between desks
タイトル【机上の小宇宙】
Soyuzは戦いばかり行うイメージがある。だけどもその傘下では我々のような研究者やカウンセラー、整備士に建設師団と様々な人々が動いていることを忘れてはならない。
メンゲレもその一人だが、この僕マリスもその一人だ。
戦争に関ることがあまりない僕らは暇を持て余していることが多いが、やはり職務は回ってくるものだ。
僕はカウンセラー、人と会話することで気持ちを楽にしたりする職業だ。
最近人工知能がああだ、こうだと言われているが結局の所多くの人間が未だ働いているのが現状。当然人間は心を持ち、ふとした拍子で壊れてしまう。砕けた心のピースを接合しやすくするのも職務の一つ。
直接的に戦争をする軍人とはまた違う形で人と関わることが多い。
基本的に僕の職場はプレハブ小屋の一室だ。司令室でもなく、倉庫でもない。
ただ白いデスクとパイプ椅子が置かれ、申し訳程度に現地で種から育てた観葉植物の鉢植えが置かれているだけの質素な部屋。
僕はその中で小さな宇宙が広がっている、と思っている。誰かの話を聞くと体験談や記憶が星々、銀河のように広がっていくからだ。それが辛く、苦しいものや楽しいものであったとしても。
メンゲレ含め大方の人間には理解してもらえないだろうが、確かに実在する。あくまで自分自身の思い込みかもしれないが。
連絡用に持たされている携帯端末ソ・UESを覗くとカウンセリングの予定が二件入っていた。クライアントのソフィア・ワ―レンサットとその従者エイジ。聞いたところによるとスパイ映画に出てくるようなトンデモな連中に追われ逃げてきたという。
今日もこのプレハブ小屋一室にビック・バンが広がるようだ。
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日がそろそろ落ちようとしている時に僕は小宇宙が生まれる小部屋に足を踏み入れた。
Soyuzクライアントはどうやら整備班を半ばストーキングめいてついて回っているようで
完全な夜になるそうである。
エイジ・アルストム。年齢24歳、記録によれば皇族のために使えてきた文字通りの従者とのことだ。
僕と彼。この空間には双方ミネラルウォーターの置かれたテーブルをはさんで二人だけだ。外では作業員がひっきりなしに右往左往しているが、ここはまるで隔離されているかのように音がしない。
「——本日はよろしくお願いします」
エイジは僕に向けて外交官のように挨拶をした。外見は誠実そうな青年に見えるが顔にはやはりと言うべきか疲労の色が沈着しているか。
「どうも。私はマリス・ナカヤマと言います。堅苦しくならなくても結構です。ここで放した内容は誰に伝えられることはないのでご安心を。」
何か莫大なものを抱えていると感づきながら僕は口癖のように機密保持について話す。
カウンセリングの基本だ。エイジのように固く口を閉ざし続けてきたような人間は他人に対して秘密を話し慣れていない。まして立場からとして感情も出しづらいはずだ。
「どうも。それに…この清水をこんなに。よろしいのですか?」
まさかそう来るとは。ちょっと予想外だったが僕は驚いた様子を見せない。よく考えれば上下水道が現代程整備されていない世界において500mlペットボトルに入った飲用可能な水はとんでもなく希少なのだろう。
「僕のささやかな気持ちです。お受け取り下さい」
「ええ、どうも…」
エイジはミネラルウォーターの封を開けることなくそう答えた。まるで外交官を相手にしているかのようだ。
だが錠前がいくつもかかった彼の心をほどく糸口になりそうだ。
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「ここでの生活ってどうですか?」
僕はエイジに対しこう切り出した。当たり障りない質問こそ簡単そうで難しいのだ。すると彼は素早く答えた。
「ええ、安定していて——」
一瞬だけ目が上にそれた。やはり何かを隠している。ここは裁判所でも事情聴取ではないことに留意しなければならない。でなければ糸口をつぶしかねない。僕は彼のお世辞に頷きながら、終わるのを待つ。
「お褒め頂いてありがとう。僕が言えた口じゃあないんですけどね。そうそう。なんか違うことなんてありますか?」
やはり皇族に関る立場故に口が巧い。彼は僕のことを警戒している様子は見られないが、どうしても仕事柄と言うべきか、本心を出していない。
根底的なものになるが彼と僕らの住む世界は何もかもが違うことに着目した。するとエイジは拳を机に着け、渋々答えた。
「…そうですねぇ、魔力灯とは違う明かりで満ちていることですかね…日夜…。なんというか酷く白くて。」
少しばかりだが本質が出てきたようだ。恐らく彼が言うのはLED光のことだろう。
あまりに人工的すぎて僕も受け付けないことがあるからその気持ちは痛いほど理解できる。
「ああ、この上にあるやつみたいな。わかりますよソレ。なんていうか鋭いんですよね。
あの光を浴びて、昼寝しようかなと思ってもなかなか…」
僕は彼に同意しながら話を進める。本質はそう簡単に出てこない、連想ゲームのように話を広げ、多くの情報を得る。
この一過程を僕はビック・バンだと思っている。一つの点から大きく広がっていくものだから。
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「それで思い出したのですが、最近眠れなくて。明かりを消してもなお四六時中明るいものですから」
確かにそうだろう。ここには歌舞伎町もラスベガスもない、日が落ちれば長い間闇が支配するような世界、作業灯にも反応してしまうのだろう。理解できなくもないが引っ掛かる場所がある。カーテンを閉めているにも関わらず過敏になるだろうか、と。
そう考えると一気にきな臭くなってきた。明らかに精神の均衡を崩していることは明らかだ。宇宙の中で星が歪んでいき、超新星爆発を起こすように。
「僕としてもやっぱり違う環境になると落ち着かないものですよね」
まだ何か、もっと違う何かがあるはずだ。だけど露骨、匂わせてはならない。
「私も長く皇居に居ましたので外に出る機会はあまりないもので。」
確かにそうだろう。従者という立場、よりにもよって視察の機会がない皇族に仕えているのならなおさらだろう。
「たしかに、僕も仕事柄こもってばかりなことも…。外に行くことはせいぜい買い出しくらい…ですかね。」
カウンセラーは人々の心と向き合う仕事、兵士や作業員とはまた違う。彼も似たようなもの、それどころか全く同じだろう。目の前いる人間と信頼関係を築くということに関しては。
「私は大方殿下の視察に付き合うことだけ、ですかね。殿下は行動力の塊ですから視察に出かけることが多いのです。特にナンノリオンやシルベー県…。何回も何回も行ったもんです。今になっては…」
エイジの顔が一気に曇ってゆく。おぞましく変わり果てていく祖国を見てきたのだ、無理もない。僕は少しばかりぐるりと目を動かして、新たなる手をうつことにした。
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「——殿下はどんな方なのですか?」
流石に政治に関しては聞いてはまずかったようだ。これ以上話すと彼の世界に塞がらない穴を開けてしまうだろう。
僕はそう考え、Soyuzクライアントのことについて深く掘り出してみることにした。
「そうですね。殿下は…一口では言い切るのは難しいのですが構いませんか」
「大丈夫です、ゆっくりで大丈夫ですからね」
人を一文字で言い切ることなどできやしない。出来損ないの創作物に出てくる人物ではない限り。僕はゆっくりで構わないと言いつつ彼の言葉をひたむきに待つ。
「私は殿下を赤子の頃より見てきました。私とて子供だったのですが、皇居に生まれた身ですから自由なんてありません。むしろ皇帝陛下のご子息を任せていただけるのですからこれほど名誉なことは一生ないでしょう。
——それはさておき。殿下はご存じの通り好奇心旺盛、という印象を抱かれますが厳密には違うと思います。その、良く頭が回るが故にいろいろなことを抱え込んでしまうと言いますか。
今回の件でもそうです。祖国の事変解決に他国、それも次元を超えた先の手を借りてしまったことに酷く罪悪感を抱いておられるようで…。
私の口からそれが正しいか、間違っているかの答えは出せないと言いますか…。
殿下はそのような場に置かれたとき、勉学に対し異様なまでに執着することが多いのです。お体の状態を無視してまで。
武術であれば自然に疲れがたまり寝てしまえるのですが、技術について学んでいる時はそうもいかないようで。私として振り回されることは一向にかまわないのですが」
エイジはなおも続ける。
「話は変わりますが、陛下のお言葉にはこんなものがあります。【血筋だけでなく文武を極めた者が国を治める。血を継ぐものもこれまた同様である】と。
そのため一族では性別を問わず。知性だけではなく、武道も学ぶことになっています。
本来そこで見出された才能だけを極め、様々な役職に就くのですが…。
殿下は重装歩兵に素質があったのです。現陛下は以前の大戦では将軍を上回る大鎧を着て制したこともありますので、おおよそそう言ったことなのでしょう。どうかこのことは内密にしていただけると助かります、殿下はそのことを気にしておられましたので…。
方針として武道を陛下直々に見ていた時期…殿下が8歳の時でしょうか。
教育係が体調を崩し休養していた時のことでした。暇を持て余した殿下が陛下の馬車を釘一本に至るまで分解したことがありまして。
それからというもの武道よりも技術の道に進まれたのです。一度だけ殿下の記録板を見たことがあるのですが、たった一度分解しただけで構造図が模写されていたのです。まるで図面を拝借されたのかと思う程に。
私はそこで確信したのです。重装兵よりも向いていることに。
それからは皇族でも異端と呼ばれ…何を言っているのでしょうか、言いたいことが…」
彼は何十年と胸に秘めていたことを独白した。誇りをもって仕えてきた主人が異端として扱われてきたのだ。立場故に相談できずため込むばかり。
逃亡劇と言い、想像を絶するような人生を送ってきたことは理解に難くない。
エイジは安堵するように息を吐くと
「——少しばかり楽になったような気がします」
その言葉を聞くためだけに僕はカウンセラーになったのだ。