EX-Chapter. 06 The Gold Sarcophagus
タイトル【封印の黄金櫃】
博士の横暴の裏、Soyuzは森林城塞戦で熾烈な籠城戦を企んでいたマリオネスをハリソンの街到達前に確保することに成功し、今後必要な情報を聞き出すために尋問が行われることとなった。
尋問は当然冴島少佐によって行われることになっていたが、ハリソンの解放宣言や細かい手続きと指揮をするために手が離せず、必然的に厄介ごとの最終処分場であるマディソンの元に尋問の案件はたらいまわしにされた。
流石に素人のマディソンに任せるわけにもいかず、交渉人であるマリスとの二人三脚で行うことになった訳ではあるが、最初にして極めて高い壁にぶちあたった。
何をしてもマリオネスが口を割らないのだ。彼女の部下であるガリーシアに関しては裏切りに直結しない形での情報提供であるため、もたらされたモノと言えど、どちらかといえば学術旅団向けであり侵攻作戦にはあまり適さない情報だった。
口を割るどころかSoyuzの人間とはまるで会話する姿勢を見せないため、マディソンはついに根を上げてしまい本部基地片隅に設けられた喫煙所で紫煙を吹かしていた。
「——俺の胃をこれ以上壊すのはよしてくれよ…」
いつの間にかつもりに積もった灰を灰皿に捨てると小指並みに小さくなったタバコをふかすと先端がひと時赤く燃える。どうやらこの領土を丸ごと占領するらしく兵士の増員で手一杯にも関わらず、現地スタッフの給与に関しての提言を中将に求められる始末だ。そして捕虜の尋問。マディソンはあまりの激務からかため息が絶えなくなっていた。
「どうなっちまったんだかなぁ…」
彼は白煙を吐き出しながらこう泣き言を吐き出した。軍人では早々見られない日本人的な悩み。行き場のない感情が渦巻いてメビウス・ソフトの箱をぐしゃりと握る。
そうして休憩時間をタバコに費やし、また同じように灰を伸ばしている時だった。
「どうしたマディソン、いつもの反抗的ジョークはどこにいった」
「ジマさんじゃあないすか」
そこに現れたのは冴島少佐だった。どうも現場が忙しい中、野暮用で来ていたらしくこうして彼を冷やかしにきたということである。
少佐自身、それなりに多忙にも関わらず浮かない顔のマディに対してこう言った。
「尋問か、お前は押し付けると大概どうにかなるもんだが、そうじゃない時は大概顔に出るからな。」
その一言にマディソンは食らいついた。
「そうなんすよ!あのマリオネスとかいうヤツ、何をしても一言もしゃべらないもんですから俺がどうにかなりそうですよ。壁に向かって話してるみたいで。思いつく限りのことを提案したんですよ、俺だってバカじゃあないですから。」
「例えば」
「故郷の親が泣いてるぞとか、こんな支配者の下僕でいいのかとか。今まで騙されていたとか。ものだって試しましたよ。糧食担当、李さんのサンマーメンとかかつ丼とか。
何を狂ったのかババ抜きのルールを説明してババ抜きさせたり。——一言もしゃべらず俺だけが負けましたよ、バカみたいじゃないすか。あとあやとりの東京タワーとか。全く忘れてたもんですから他の日本人スタッフに教えてもらって———」
マディソンの行ってきた悪行に冴島は言葉が出なかった。当人は威圧ができる口ではない上に交渉になったところまでは予想がつくが、まさか閉じられた扉の前でお祭りをして開けてもらうような狂気的な発想になるほど追い詰められていたとは思わなかった。
日頃忙しい彼でもマディに同情せざるを得なかった。悪態と自販機壊しがトレードマークの彼がこれではメンゲレ同様の狂人ではないだろうか。
——冴島は一肌脱ぐことにした。
「本当に大丈夫すか」
「大丈夫だと言っただろう。俺の目に狂いはない。」
冴島はどこか思い当たる節があるらしく、マディソンを連れて臨時の捕虜収容室まで来ていた。二人ばかりの武装した警備員がおり、その後ろではセンスのないワードで作ったような【ガンテルの立ち入りを一切禁じる】と記されたポスターが掲示されていた。
少佐は警備員に軽く会釈した後、尋問する旨を伝えて屋内に入るとまるで石像めいて仏頂面を貫く女、マリオネスが鎮座していた。
「もう顔は覚えられたかもしれないが尋問を担当する冴島だ。身の安全及び尊厳はSoyuzコンプライアンスによって守られている」
少佐がひどく堅苦しいことを言うが収容室には沈黙が広がっている。
「やっぱりだめっすよ、何しても吐かないですって。」
テンプレートを燃やして火を見るよりも明らかにした反応にマディソンは思わず焦りを見せる。ジマさんのとっておきの対策はダメなのか。
しかし冴島はどこかそう言った焦りを見せない。切り札は最後に取っておいているのだろう。
「待たせて申し訳ない、入ってくれ」
少佐はドアに向けてサムズアップの親指を向けながらそう言うと驚くべき人物が入ってきたのである。
「SHiiiiiIIIIIIITTT!!!!!!」
間違いなくテレビではモザイクが入るような悪態を放ちながら現れたの、S.メンゲレその人だった。
そもそも、ドアの前からも漏洩するような邪気を放っていたため察するにあまりないが、初めて彼に遭った人間はこう思わざるを得ない。
【なんだこいつは】
と。それも無理はない、妖怪でも悪霊でもないにも関わらずこれだけの邪悪さを出せる人間はこの世に二人としていないのだ。
「あんまりにだんまりを利かせていると、この博士に生きたままバラバラにされることになるぞ。」
冴島は何のためらいもなくこう言ってのけた。何も持っていないのが明らかな時、銃を持っていると言っても意味はないが、銃口を頭に突き付けた状態での脅しというのは何よりも効果があるものである。
この邪悪さは異次元に居る生命体全てを震え上がらせるのに十分すぎた。
「私を最新のWi-Fi付きコーヒー湯沸かし器…いや、かき氷マシンか何かと思っているようだな」
そんな中、メンゲレは嫌味な視線を含ませて少佐に抗議する。
「博士、一応生物学についての——」
「黙れあんぽんたん、同じような話題を今度生体高分子学と分子生物学の人間に言ってみろ、ふわふわかき氷にされるぞ!私もしかりだ。私は【植物】が専門であってお前らのような下等生物を尋問するために来ていないんだ。——いいか冴島さん、今度同じような話題を振ったら思いつく限りの遺伝子をゲノム編集してバイオ人類にしてやる!」
「ですが——」
「ですがもモスラもない!」
謎の異端軍の捕虜となってははや数日が経過した。見たこともない世界にいかんせんマリオネスは不安が隠せなかったが、あくまでここは敵地。当然働く人間は皆蛮族に違いない。何をされても味方の事情だけは吐くまいと息まいていた。
初日で軍曹が条件付きで雇用という形の裏切りをした際に殺意を込めた眼差しを送ったものである。この基地を脱出した暁には反逆者共を抹殺しなければならないとさえ思っていたのだ。
今は捕虜という身分だが得られる情報は少なくはない、司令官たるもの情報は有効活用しなければならない。例えば目の前に立ちはだかる鉄格子は針金で固く結ばれたモノに何やら溶けた金属をつけたような急ごしらえな代物であり、明らかに突貫で作られたものだ。
この基地も臨時で作られたものに違いない。設備が整うよりも先に脱出し、部隊を再編制しなければならないと考えていた矢先、妙な人間が現れた。
【マディソン・バーナード】と名乗る見た目からとして苦労が絶えないこと間違いない男である。体つきから察するに軍人ではない領民か何かだろう、今にでも殺してやろうと考えていたは良かったが…
「クソッ!なんで俺がこんな目に!」
ババ抜きという札遊びをした挙句、私が勝ってしまったのだ。それを皮切りに訳の分からない文言で尋問してくるため【情報を口にしないため】沈黙を続けていたのではなく
どちらかといえばどういう反応をして良いか困って沈黙することが増えてきた。
そして今日、目の前で見るからに悪魔的な男と恰幅の良い軍人が口喧嘩を続けていた。
「いいか私はマウスの解剖が罪悪感からどーしても出来ないのだ!わかってるのか、おい!」
「だったら今すぐコイツをファックしてバラバラに解体してもらわないとバイオテックの電力供給を即時停止しますからね!」
「いいかもしれない、重要なプロジェクトだ。だが解体はダメだ、そこのところわかれ!あんたはそばとうどんの節操もない人間なのか!怪しいぞ!」
解体は根源的にしたくない博士とどうしてもさせたい少佐の言葉の核戦争は続く。
掘れば無限に出てくるどぶ川のヘドロのような悪態と、だんだんと堪忍袋が膨れてゆく少佐にマディソンは胃が痛みだしたため、ひっそりと収容所から脱出すると
ある書類一式を持ち出してきた。
「もうたくさんだ!俺は内勤やってるんだけど、どうしても口を割らないっていうんなら雑用の手伝いをしてくれ!たのむ!喋んなくていいから!あの邪神像にばらされてもいいのか!?」
マディソンの言葉に若干ではあるがマリオネスはたじろいだ。悪魔を具現化した男に好き放題されるのは軍人としてのプライドが許さない。
それに比べてこの男の元でスキを狙えば脱出する糸口が見つかれば即座に逃げ出せるだろう。
「ああ」
マリオネスはその提案にこう答えた。
「いい加減博士でも言っても良い言葉とそうでない言葉の分別があるでしょう!」
「冴島さん、あんたはお祈りメールを散々喰らったからここにいるんだろう、私は詳しいんだ!起業できずに!この資本的ヘタレ!」
その言葉の瞬間、少佐の目つきが戦地に居る人間のものに変わり、懐をまさぐりだす。
「言わせておけば…本当の資本的ヘタレってのはどういうのか知っているのか」
その背後では不毛な言い争いが続いていた…。
様々な手続きを経て、日は傾いていた。マディソンは己の身に降りかかるストレスを少しでも発散しようと喫煙所に来ていた。
あの後というもの少佐が本気で拳銃を取り出し、なだめるのに非常に苦労した挙句追加業務である。
「あーあ。なんかタバコ曲がってるし。」
一層やつれた顔でひしゃげたタバコを口にすると心底疲れた手つきで安ライターで火をつけた。
この時くらいしか気が休まらないのだ。最近寝ても休暇を取っても疲れが取れないため困りものである。
そうすると西日が遮られた。目の前に誰かいる、冴島でないことを心底祈った。
「あんたがアマを尋問したってな」
神様は見放していなかったらしい。目の前にいる男はどうしようもない男、ガンテルであった。マディソンは魂が抜けたかのように口を開ける。
「そうだとも、風俗のカネは経費からは落とせないぞ」
「そういうことじゃないんだ、カネは借りたいけども」
何やら彼の様子がおかしい。此奴が風俗の話をしないとは嫌なことが起きるに違いない。
マディソンは黙って話を聞き続けた。
「あの女、頭が死ぬほど固いからなー…どの形にせよ関わった人間だしな。同情するぜ」
ガンテルはがっくりと落ちた彼の肩に手を置いたのだった。