Ex-Chapter54. コノヴァレンコの休日
冴島大佐と比べて、中尉という階級はかなり戦地よりはSoyuz提携地域の責任者となることが割と多い。
例えばコノヴァレンコの同期のボリス中尉はシルベー県ゲンツーの担当である。
しかし、そんな彼らにも休息は必要だ。
物騒な話に事欠かないゲンツー担当のボリスは、酒を浴びるのが正しい休日だが
コノヴァレンコは違う。
アドレナリンで嫌なことを全部ブッ飛ばす、死と隣り合わせのドライブによって満たされないのである。
しかし異世界にフェラーリどころかそれが走るアウトバーンも、ましてや怒りのデスロードも何もない。
だからと言ってゲンツーにいるゴロツキを殴り回っていても、何かが違う。
何より暴力沙汰がいくら多い町でも流石に大問題である。
フラストレーションを木っ端みじんに出来る何かが今すぐ必要だ、暴走カーチェイスに匹敵する何かが。
「これだ!」
コノヴァレンコに電流が走る。
ボリスがしょっちゅう口にしていたゲンツーギルド・危険・モータリゼーション。中尉のネジが吹き飛んだ頭脳がたった一つの答えを導き出した!
戦車でモンスターを射殺、討伐すれば楽しいのではないかと。
善とアイデアは急げ。
友人であるガンナーをヘリコプターに誘引拉致し、ゲンツーの街に連れて来た。
「……ということで、あの飲んだくれ共の依頼を受けようと思う」
「ふざけるな、武器は何にも持ってないぞ」
非番の時にぐっすり寝ようと思っていたガンナーにとって災難である。
それに何か動物の討伐依頼を受けようと思っているらしいが、中尉も彼も碌な武器を持っていないではないか。
武器を持たず、人を虫けらのように殺す猛獣に素手で挑めとは無茶が過ぎる。
ふざけるなと言われても不自然ではない。
「武器は確かに必要だ、ということでこんなものを用意してある」
街中に堂々と置かれていたのは……戦車!
だが小さい!自動車くらいしか大きさがないではないか!
それもそのはず、用意したものはゲンツー警備用のT-70軽戦車。
陸上要塞ことT-35が来る前はこれで警備を行っていたが、社会安全軍傘下になってからは
あまり使われなくなっていた。
目に見えてしょぼい。
特にSoyuzお抱えの主力戦車と比べるとアリとカブトムシ以上の差がある。
「なんだこれは。もっとよくわからんナニカに乗れと?」
「これか?T-70軽戦車。二人乗りだ」
ソ連の作る戦車は強力なものが多いが、この車両は牛丼チェーンよろしくブラック労働を強いられる作りとなっている。
操縦士は兎も角。
もう一人が車長・砲手・装填手ばかりか砲塔旋回を強いられる鬼のような車両だ。
「どんなバケモンも戦車砲を撃ち込めば大概死ぬ。だからハンティングに良さそうだと思ったわけだ。それにクソみたいな電子コンソールもないからすぐ動かせる」
そういった問題ではない。
もう逃げられないと悟ったガンナーは眉をひそめながら中尉に問う。
「もっといいのはないのか……?」
主力戦車どころかBTR-80という存在を見て来たジャルニエの兵士 ガンナーはこの車両を見てどうにも嫌な予感しかしなかった。
異世界人から見ても、小柄で頼りないことくらい分かる。
こんなものに命をかけろと言って来たコノヴァレンコの正気を疑った。
「存在しない」
「あ、無い」
二人であればハインドなり、KA-52なり超火力のガンシップを連れてくれば良い話。
航空関係はほんの些細な理由。
漫画で少女が主人公に対して恋するレベルで墜落してしまうので迂闊に出せないのだ。
加えて、ハンティングはハンティングでもベトコン狩りをしたいわけではない。
それにコノヴァレンコ、ヘリの操縦が出来ない男である。
「ああ全く素敵な日になりそうだよ、クソッタレが……」
何処にも逃げ場がないことを悟ったガンナーは諦めながら言葉を吐き捨てた。
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曲がりなりにもギルドという仕組みをわかっていた中尉は、早速いざこざだけが絶えない酒場に向かうことに。
「……登録ね。わかった。そんであんた、実力はどれくらいだ」
流石の依頼手配人もSoyuzの人間とよそ者とあって、どこか対応がそっけない。
だが仕事は仕事。
依頼を達成だけの腕前があるかだけは聞いておく。
大ぼら吹きだった時だった場合はどうしようもないが。
すると中尉はこう答えた。
「——アフガンに行って、あらゆるものを吹っ飛ばしたり、ブッ壊してた。そうだ……35、6あたりで数えるのを止めたんだ。
あと8月に起きたクーデター鎮圧にチェンチェン……」
「一つだけ言えるのは、建設的な事は何もしていないってことだ」
「ここ仕切ってるボリスに聞いても同じ答えが返ってくるだろ」
兎も角、戦車に乗って外に出ることは決定事項である。
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——ゲンツー郊外
何気ない討伐依頼を受けた一行はご機嫌でエンジンを動かし、街から出た。
流石に湿原を走り回るとぬかるみにどっぷり嵌ってしまうため、馬車などが通る道にT-70が待ち伏せしなくてはならない。
長射程を生かして遠距離狙撃することに。
双眼鏡を片手にするのは現地の生物に詳しいガンナー。
コノヴァレンコは操縦手に徹し、ひたすら待つ。待つと言ったら死ぬほど待つ。
季節は夏。
じりじりと鉄板のように戦車の装甲を日光が焼き、汗がにじみ出てくる。
第二次世界大戦中の戦車に快適性も、ましてやインテリアを期待する方がお門違い。
戦車と言うのは一種の拷問器具だ。
いくら待っても獲物が現れそうにない。
「これじゃ仕事してる時と同じじゃねぇか」
ガンナーがぼやく。
彼は本来警備兵、立ち仕事のプロフェッショナルである。
休日に引っ張り出され、仕事のようなことを強要されたら堪ったモノではないだろう。
仕事。
そんなキーワードに引っ掛かりを見せたのか、コノヴァレンコは話を切り出す。
「仕事、か。俺はなガンナー、お前がある種羨ましいと思うよ。誰かを守るための防衛騎士団、だろ?」
「当たり前だ、というか中尉の階級があってあれだけの戦果をやっておきながら知らない訳ないだろうに」
だがこの防衛騎士団。
戦後、ソ連時代生まれの中尉にとっては羨ましい。そう感じた訳があった。
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「防衛、はしたことがある。だがどこかの集団を守ったことは一度もなかった、強いて言えば俺の爺さんならそうかもしれんが。
俺が大暴れしたのはアフガンだ。侵略されたとか、そんなんじゃない」
「どいつもこいつも内戦やら長い、長い反乱を鎮圧しただけだ」
「それで華々しく武勇伝を持って帰って、話そうと思ったら守るべきだった祖国がもうクソッタレになってた。
ソビエトロシアは無敵といわれ……ガガーリンの世界初宇宙飛行もやってのけたってのに。世界中をアッと言わせたのに」
「もうそのころだとノストラダムスの大予言ってのがあった。
お前は知らんだろうが、あと数十年で滅びるとか何とかそんな与太話だ。バカな俺でも知ってるくらいには有名になっててな」
「その何年も前にうちの祖国は滅びてた。
何というかな、世も末って言葉がほんとにあるもんだと思ったよ」
あまりにも重たい話にガンナーは口を挟む。
「俺もそうだった。戦争から帰ってきたら兵隊はお役御免、厄介者で放り出された。
そこで元軍人でできた組織、防衛騎士団が立ち上がって訳らしいが…そういうのはなかったのかい」
中尉はため息をつきながら答えた。
「……存在すれば良かったよな。大義があり正義がある集団……。
ガンナー、それはマトモな部分が残ってる国だからできたことだ。
あの頃の祖国には秩序すらなかった」
「警官なんて札……もうあんときはタバコとか酒とか渡せば罪はパァ。
殺人で金を日々食いつないでるような世界に、正義なんてあるのか?」
「神様は何してもくれやしなかった」
アフガン侵攻から数年してからのソ連崩壊。
経済は大混乱に陥り、国が根底から覆った。彼にとっての世界の終わり、と言っても過言ではないだろう。
「そうか……」
ガビジャバンのような惨状にガンナーは言葉が出ない。
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——夕暮れ
結局のところ獲物になりそうな動物はいなかった。
世の中そう甘くはできていないのである。
「何もいなかったじゃねぇかクソッ!」
コノヴァレンコは意味もなく激昂している一方、ガンナーは気だるそうにあしらう。
「かったるいな、蒸し風呂にでも言ってザーッと冷や水浴びて寝ちまおう」
「イカしてはねぇがそれがいいみたいだ」
そうして夜が更けていく……
登場兵器
・T-70
第二次世界大戦中に作られたソ連製の軽戦車。おそらくSoyuz社会安全軍保有のもの。
速い・もろい・弱すぎるの3拍子で失敗作と言われたT-60の改良型で、
二人乗りの過労死設計なのは同じだが、45mm戦車砲を搭載してようやくマトモな形にはなって来たのだが、ドイツがあまりにも強すぎた。