EX-Chapter 05.Dr.'s unusual hatred
タイトル【博士の異恨】
Soyuzがハリソン占拠に伴い、学術旅団の情報が入りつつあった時であっても閉鎖的マッド・ラボの代表格、ショーユ・バイオテックは動き続けていた。
「何ィ?ゲノム抽出が失敗しただと?お前ら大学で何をやってきたんだ、さぼり方か、えぇ!?
いいか、外とここ。決定的な違いを教えてやろう。試薬は無限ではないということだ。コンビニに行けばゲノム抽出用のフェノールクロロホルム液が買えるとでも思っているのか、この人格障害!通常通り!数をこなしていれば!この段階で失敗するはずなどないのだ!いいか!しなさい!
まぁいいだろう。諸君らはゲノム抽出からフィールドワーク方面に行け!あっちも人が足りないんだ。そうすれば私のストレスと精神負荷が軽くなるというものだ、さっさとハイエースに乗り込んで死んで来い!ゲノム抽出を失敗するカス人間でもいい所くらい見つかるといいな!さっさと行け!後始末は私がせざるを得なくなった!君らはとっとと帰り給え!」
バイオテックが動けば当然あの邪悪極まりないメンゲレも動き出す。どうやらU.Uに自生する植物に含まれるDNA解析にかける第一歩、ゲノム抽出を失敗したというのだ。
それも序盤の序盤で。博士は邪悪さを液体にしてまき散らすかのように悪態をばらまいた。ここまで彼の怒りを買ったスタッフ自身も途中から嫌な顔を隠すのをやめ始めたこともあり博士の人望のなさを表していた。
失敗のしりぬぐいをしているうちに日が落ちて、他の作業スタッフは定時のためメンゲレによって帰らされた。本人が極めてタールのように黒く諸悪でもバイオテックそのものはホワイトなのである。
「——さて、あの高田馬場製バカ共が帰ったか。これからは試薬の計算は失敗することを前提に計算せねばならんな、クソが。まぁいいだろう、そろそろ【プロジェクト】を動かすとするか…」
博士は他スタッフらをコーヒー片手に見送ると、照明の落ちた研究室へと白衣を着たまま一人ぽつんと向かっていった。
すべての作業がキリの良いところまで切り上げた以上、一体何をするのであろうか。
——ショーユ・バイオテック level2区画エレベーターターミナル——
ここの研究所は危険に直結しかねないものを遺伝子の運び屋、ベクターにしたりモデル生物を利用しての実験が行われている。どれも現実世界に流出しても世界が滅ぶような代物ではないが、次元を飛び越えたU.Uにおいては話が違う。ほんのシロイヌナズナや大腸菌一つでもこの虚弱極まりない世界が滅びてしまう可能性を秘めているのだ。
そのため現地産の材料のみを扱うところこそは入り口の近くで、遺伝子組み換えなど世界をクローネンバーグの映画にしてしまう可能性のあるものほどバイオセーフティに応じた封じ込め・隔離設備が設けられている。
だが異例とも言えるのは地下にある試薬や培養器、冷凍庫等が置かれている倉庫である。ここでは博士しか持つことの許されていない【レベル5】のカードキーを使用することでしか向かうことができない。
メンゲレは心底機嫌の悪そうな顔で白衣の懐からカードを取り出してエレベーターに入ると、表情が一段と邪悪に変化した。それも今まで類を見ないほどに。
エレベーターが地下に到着すると、彼は-80度に保たれた冷凍庫からとあるエッペンチューブを2本取り出した。
【TiバイナリーR】【Tiバイナリー MCX-1】
取り出したのは植物の遺伝子組み換えに使うバイナリーベクターと呼ばれるものの片割れと、とある遺伝子を含むプラスミドだった。記載を確認すると、もう一つ白い筋の無数に入ったプラスティックシャーレ等と試薬を買い物かごに詰め込むとクリーンベンチのあるlevel4区画に向かっていった。
「ふふふ、少しばかりサンプルで十分よ。この世界の植物がDNAを遺伝子としていることに感動さえ覚えた。
なにが魔力草だ、未知エネルギーを秘めている遺伝子群なんてトランスポゾンで変異しただけのバグだったとはな、まったくお笑いだ。さてと、あのMCX-1用のPCRプライマーといいGENECLEAN®のキットと言い自腹にしてはお財布に痛かったが…
まぁいい、誰がここまで苦労したと思ってるんだ。プラスミドにするまで手がかかったもんだ…アグロバクテリウムを先に培養しておいて助かった。さてと、ここからが本番だ」
博士の目論見は魔力聖水の原料となる通常株の遺伝子と比較の上、遺伝子を特定した。
情報によれば生育が難しいと呼ばれる株の遺伝子を抽出し、生育が楽で順化も簡単なタバコに移植しようというのだ。
それだけにとどまらない。魔力を工業生産し、価格崩壊によって市場を核兵器投下後の市街のように壊滅させるのが本来の目的である。メンゲレの悪意と嫌味が詰まった回りくどいことだが実験が好きでたまらない狂人である彼にまともな理屈など通用しない。
彼専用のクリーンベンチに来ると、慣れた手つきで起動させ、ひとしきり使う試薬類と器具にアルコール噴霧してから作業台に乗せてから作業が始まった。
「さてと。」
滅菌された塩化カルシウム溶液を新しいチューブにある程度分注した。
そしてアグロバクテリウムを懸濁させると、双方の解凍されたバイナリーベクターを加えたのだった。
一つの材料を混ぜたエッペンチューブをベンチから取り出し、突如氷上に置くとタイマーを起動させ別の培養器の纏めておかれた区画へと向かっていった。
「無難にKy57でいいか。馬鹿みたいに無菌播種しすぎたな、あの時どうかしてた。」
植物のインキュベータ、人工気象器。そこからある程度育ったプラント・ボックスからタバコを取り出した。感受性の高く虐待するのにはぴったりな株である。
ポケモンめいてチョイスされると、植物ホルモンの一種、2-4Dが添加された培地を取り出し再びクリーンベンチに急いだ。
しばらくするとタイマーが鳴りだし、博士は45度にセットされた湯に浮くフロートにチューブをセットしたのである。激しい温度差につけて何をしようというのだろうか。
それはプラスミドにあった。
組み込みたい遺伝子を持つDNAの輪、プラスミド。これには組み換え遺伝子の他にも選抜のために必要な情報が多く組み込まれている。
これだけすごい情報を持ちながら運び屋の中身になければ、ただの輪にしか過ぎないのである。USBだけでは中身の情報が開けないように。
それを激しい温度差によってアグロバクテリウムにねじ込むことで【運び屋】が完成するのだ。長く気の遠くなりそうな作業の積み重ねで現代のバイオテクノロジーが確立されたのだ。
ある程度温度差に晒された後、プラントボックスから取り出したタバコの葉を滅菌されたシャーレ上で切り刻み始めたではないか。博士はこれ以上狂ってしまったのか。
だがそれを決めつけるには早すぎる。運び屋であるアグロバクテリウムはそのままでは感染することができない。そこで徹底的に切り刻むことで初めて感染することができるのだ。
これでもかといわんばかりにタバコを虐待すると切片を植物用MS培地に乗せてから児童相談所に駆けこまれてもおかしくない温度差に晒されたアグロバクテリウムを加えてやりパラフィルムを素早く巻くと、何事もなかったかのように人工気象器奥深くに放り込み、作業を終えた。
それからというもの、博士の機嫌は爆発的に改善していった。特に夜になるにつれて。
研究員の間でそれは陰口に混じって指摘されていた。
「夕飯は毎日焼肉にしてるせいだろう」
「お気に入りのクソゲーを始めたからだ」
などとまことしやかに囁かれていたのだが、実態はもっと邪悪なものだった。
「イヒヒーッ!順調!快調!ラーメン!」
博士の計画は終盤に差し掛かっていた。ネギトロ顔負けまで細切れにしたタバコの葉が未分化の細胞塊、カルスになっただけではなく選抜が行われた挙句140にも及ぶ切片のうちたった4つだけが生き残っていたのだ。
ずいぶん前に導入されたプラスミドには植物すら殺す抗生物質に対する耐性を付与することができる。それが発現しているということは、つまるところ遺伝子を組み替えることに成功したのである。
40Sプロモーターと呼ばれる発現を促進する遺伝子を入れていることもあり、十二分に魔力が生産されていると言っても過言ではない。
「アーッハッハ!ウヒョヒョーイ!!ヒヒヒ!ついに、ついにここまできたぞ!やったんだ俺!ざまぁみやがれクソッタレライトノベル文明め!これさえあれば最高に面白い方法で市場を破壊できる、Soyuzの兵隊崩れの連中さえこの方法を思いつかなかったのだ。思いもしないだろうよ。天才的行動力を持つ私だからこそできたのだ、冴島のゴリラやバトルシップ・権能さえもどうかわからん代物だ。成功だ、成功だーっははは!今に見ていろ、こんな中学生が乗り込んで無双する世界なんて全て壊してやる!」
博士は馬鹿笑いを上げながら人工気象器を閉じたのだった。
麻薬でも吸ったかのような精神的高揚の中でも彼は次何をすべきかを常に考えている人間である。ここまで到達できたらのこりは一つ。
ブロブ的な塊であるこのカルス塊を継代しながら植物にまで再生させ、植えられるように改良すること。そして挿し木で無尽蔵に増やすことだった…。
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