第五十四話「抱きしめたい」
「買ってきた野菜と肉を炒めるだけの低レベルな自炊能力しか持たないお前達に朗報じゃ!」
今日も元気にくろりんが壇上で啖呵を切っている。
俺は学生かつ実家暮らしなのでその土俵にすら立っていない。つまりその煽りは俺には効かないってワケ。
「どうなんすか炭鉱マンさんの自炊事情は」
「退勤後に調理なんて手間のかかる事したくねぇからコンビニで済ませてる」
早めに人生が終わりそうな感じの回答だ。
こうはなりたくねぇな。
「では、食事マンに代わろう」
くろりんが食事マンに拡声器を渡す。
「えー、食事マンです。調理MODを作りました。鶏肉の味覚データ設定を見直して、焼く・煮る等のアクションでデータが変化するようにしました」
「ウオーーーーーどの時点で味が変わるか焼きながらレロレロするぜーーーーーッッッッ!!!!」
「調理器具の味覚データに関しては、焼肉90分食べ放題マンと硫黄マンに設定してもらいました。どうせろくでもないので口に含まないようにしてください」
何そのゴミみたいなタッグ。
なんでそんなことするの? 迂闊にレロレロできないじゃん。
「では皆! これよりお料理教室を開催するッ! 自炊技術を向上するチャンスじゃぞっ!」
ガラガラと異形どもが調理器具を運んできた。
「これクラフト素材は?」
「鉄と人皮」
料理ナメんな。
「おい素材決めたバカはどいつだ」
「クク……やっぱどんな物事も人間味が大事だからな……!」
「あのバカか」
俺の殺気を感じたのか、顔のパーツがやたら右上に寄ったバカが離れていく。
人間味はにんげんあじって意味じゃねぇ。
「より手前に、人皮を実装したバカがいるのを忘れてないか?」
「人皮は要るだろ」
「要らんわ」
いいや、要る。
俺は隣の男を人皮に変えながら調理に移った。
バカを追いかけるのに時間を使うなんてもったいないからな。
まずは配られた鶏肉を手に持って、と。
「えーと、とりあえず焼いてみるか」
IHコンロのような見た目のそれに鶏肉を乗せてみる。
「焼くボタンと煮るボタン……適当だなマジで。こんなんで自炊能力上がらねぇだろ」
「人が死んでるのに誰も騒がないのが本当に怖いよ」
さっき人皮に変換された男がリスポーンを終えて戻ってきたか。
「炭鉱マンさぁ〜これどう思う?」
「なんで人を殺しちゃいけないと思う? 自分が殺されないためなんだよね」
視界が血で染まる。
俺はリスポーン地点付近でちょっと鉄を掘った後に調理場へ帰還した。
「でさぁ、やっぱ焼くのと煮るのは明確に見た目を変えるべきだと思うんだよなぁ。具体的には鉄で鍋作らないと煮込めないとかさぁ」
「遅かったな。殺されついでにトイレかなんか行ってきたか?」
「いや鉄掘ってきた。ドロップした人皮くれよ」
「はぁ〜? いいけど」
俺はその素材で追加の調理器具をクラフトした。
「鶏肉食った?」
「おう。焼いたやつも煮たやつも。あんま変わんねーなって感じ」
そんなもんか。
「じゃあこいつは?」
調理器具を炭鉱マンの口にねじこむ。
完全に入った。決まり手、飯テロ。
「ご、が、エンッッッッッッッ」
「え? 何?」
「んお゜ッ! お゛ほ゛ッ! お゛え゛ぇ゛え゛ーーーーーッッッ!」
炭鉱マンが言語機能を失ってしまった。
ガチ効きやん。他のやつにもやるか。
「……へぇ、もう気付いたか」
両手に調理器具を構え、周囲を見渡す。
既に全員が臨戦体制に入っており、その手には調理器具を構えられていた。
「食ってみな、トぶぞォ!」
意識が。
「まずは人皮をクラフト素材に含めたボケ野郎からァ!」
「やめろバカ! お前が食えッ!」
クソ、顔のパーツが全部右上にあって食わせづらい。
飯テロバトルのために作られたかのようなバグアバだ。
「極右だから、全てを右に寄せたいんだ。手も両方右手がいい。当然足もね」
たぶん極右ってそういう意味じゃないと思う。
他にやり方ない? もっと腕に旭日旗巻くとかさ。
「心臓も右心房と右心室だけにしたい」
死にたいってこと?
こいつなりのSOSなのかな……。
俺はついぞ救いの手が届くことなく調理器具を口にぶち込まれた敗北者を冷めた目で眺めた後、次のターゲットを探した。
「のぅ、監督よ」
「何ですか? くりろんは下がってた方が良いですよ。ここは戦場です」
「いやMODお披露目会の場じゃけど……」
詭弁だね。
俺は深く息を吸った後、くろりんにここがどういう場所なのか熱弁してやった。
いいか? だいたいVRで責任能力が希薄な素人の作品に触れようとしている時点で自分の健康保証の一切を捨てているのと同義なんだよ。
虚無ゲーは(心理的にはともかく法的には)許されるが、クソゲーは場合によってはアウトになる。VRは急速な普及に色々と追いつけてない部分があるからな。とりま危なそうな刺激はノー、と司法は言っているわけだ。
ところが俺たちはその司法に中指を立て、虚無ゲーという土台に素人製クソゲーという禁忌の塔を建てている。いわば違法と合法のシーソーゲームをやっているわけだ。
ここは戦場なんだよ。
人は死ぬんだぜ、くろりん。
「ミスチルから引用する意味あったかの……? 噛み合ってたか……?」
「ちょっとくらいの汚れ物なら残さずに全部食べてやるって言ってるしな」
アレはちょっとくらいのゲロシャブ調理器具ぐらい食ってやるぜってことなんだよ。
流石は往年の名曲だな。
「その歌詞はそう表面的にとらえる感じでは……ないような……」
中身が大事って言うけど表面だって同じくらい大事だよな。
味覚ってほぼ表面の味しか読み取ってないらしいし。
塩を練り込むより表面にドカまぶしした方が良いってわけ。
「俺だって分かってるんですよ」
周囲がざわめく。
自分で自分が何を言ったのか分からなかった。
でも、口に出して数秒。じわじわと理解する。
そうか。これが俺の本音。
「毎回醜い争いを起こして……こんなの、俺じゃない。俺だって皆と楽しくゲームがしたい」
あれだけ長々と喋ったり思考したりしていたのは、戦いをやめる理由を探したかったからだ。
くろりんの表情がパッと明るくなる。
「監督。よう言った。わしは嬉しい」
「争いは楽しいけど……やっぱほどほどにしたい」
「うむ。わかっておるぞ……」
ああ、こいつが俺なりのSOSだったんだ。
くろりんが両手を開く。
俺は絵面が犯罪的になることも厭わずにくろりんに抱きついた。
周囲から拍手っぽい音が聞こえる。
「ありがとう、くろりん」
「構わんさ……年長者として、もっと早めに気付くべきじゃった」
俺は泣きながら、くろりんの口にそっと調理器具を差し込んだ。
「ゴッ………カァーーーーーーーッッッッ!!!!!」
ほんまに申し訳ない……老人のガチ悲鳴ほんまにおもろい……ほんまに申し訳ない……。
マジで今やるのだけはダメだろって思ったんだけど……もうとっくに……アクセルとブレーキの違いがわからなくなっててさ……。
俺は涙を流しながら、悶絶するくろりんに手を振ってログアウトした。
争いの火種を作った、焼肉90分食べ放題マンと硫黄マンを、許さない。
次回、「ほのぼのゲー路線を目指そう! part1」