第四十八話「転がる家、」
いつもの虚無。
くろりんが壇上に立ち、異形のアホどもを見下ろす。
「さて。お前達……物足りなくはないか?」
「物足りないって次元じゃねーぞ」
「いやまぁそれはそうじゃが、そうではなくてな」
異形どもが揃って首を傾げる。
俺もよくわかんねぇや。くろりんは何が言いたいんだ?
「日夜破壊衝動にかられている好戦的なお前達が、暴力の手段が拳か当たり判定の弱い剣しか無いこの世界で……本当に満足できているのかの?」
なんて酷い偏見なんだ。
くろりんのご乱心に周囲がザワつく。
俺はこのザワつきを代表してくろりんに声をかけてやった。
「拳と剣だけが暴力だなんて……考え直して下さい。俺達には、言葉がある」
「最悪の文脈だ……」
「なんで代表者面してんだ、あの言語暴力装置」
言語暴力装置はグローバルマンの方だろ。
俺は野次を飛ばしたカスどもにVR暴力を与え黙らせ、くろりんの言葉に耳を傾けた。
「おほん。つまりはじゃな、近接攻撃のみなのは寂しくないか? という話じゃ」
なるほど。
確かにこの手のゲームにおいて、剣の次に手に入る物は決まっている。
つまりは——。
「見よ。これが……」
くろりんの手に、いつの間にか弓が握られていた。
うんうん、それだよな。
「弓MODによって追加されるユアル初の遠距離武器、弓じゃ!!!!」
キュッと弦が引かれ、弓の少し前の空間から矢が出現し射出された。
へろへろと放物線を描いた矢が異様に肩甲骨がデカい異形アバターに着弾する。
「おわァッ!!!!?」
破裂音と共に化け物肩甲骨が後方へ吹き飛ぶ。
周囲の人間を吹き飛ばしながら、森の奥へ。
「!?」
「見せしめだ……」
「デスゲームの始まりだ……!」
アホどもがざわついている。
しかし最も動揺が強く見られたのは、くろりんだった。
「いや、違……普通に暴発して……」
「殺し合いだァーーーーーーーッ!!!!!」
俺はくろりんの言葉を塗りつぶすようにそう叫び、弓のクラフト材料を集めるべく森へ駆けた。
「ちょ……」
「ウオオオオオオオオオ!!!」
少しして出遅れに気付いたアホどもの声が響く。
まずは木材だ……次に“糸”のドロップが追加されてそうな場所や敵を試す。
――広場での惨劇から十数分。
俺は炭鉱マンとコンビを組み、弓持ちを狩るために剣を構えて森に潜伏していた。
「俺さ、普通に弓に使う素材探した方が良いと思うんだよな」
やれやれ。俺は何も分かってない炭鉱マンに向けて説明してやった。
「お前な。積み上げた苦労を横からかっさらう以上の快楽がこの世に存在するか?」
「俺なんで毎回こんなヤツと手組んじゃうんだろう」
そんな会話も、遠目に誰かのアバターが目に入った事でピタリと止む。
異様に白く、人体があり得ないレベルで絞れられている骸骨のようなアバター。
見覚えのない異形だ。
であれば、だいたい予想はつく。
「そこに隠れているのは分かってますよ」
デスゲームマンだ。
あいつはそこそこの頻度でアバターを変える。
「取引をしませんか。対価は、弓のクラフト方法」
なるほど。
俺達はデスゲームマンを前後で挟む形になりつつ姿を現すことにした。
「取引って?」
「弓のクラフト方法を教える代わりに、手を組みませんか。一丁前に砦のようなものを初期地に建築してイキってるやつらがいましてね。デスゲームにおいて安全地帯なんて……ハハ、崩壊させてやりたくなるでしょう?」
「確かにな」
できれば仲間になったフリをして砦内部に入って暴れたいとこだ。
ただ、何となく、人望がないとかそういうのではないが、近付いただけで蜂の巣にされる気がする。
「どうする?」
炭鉱マンがこちらに視線を向けてくる。
「乗ろうぜ」
デスゲームマンが満足げに頷いた。
「良し。では弓のクラフト方法ですが……」
俺達は野人が作るオブジェクトから糸が回収できる事を聞いた後、デスゲームマンをキルして糸と弓を奪った。
さぁ、砦に向かおう。
「なんで殺したんですか?」
やれやれ、聞き飽きた言葉だぜ。
「お前も殺す、砦も落とす。両方やらなくっちゃあならないのが監督のつらいとこだな」
「両方やる必要ありました?」
ぶつくさ言いながら、デスゲームマンが弓を取り出す。
「はあ、割とすぐオブジェクトが見つかったからいいものの……で、砦は落とせそうですか?」
ほらな。こいつは砦という第一目標があるせいで結局俺達と手を組むわけだ。
つまりは殺し得だったわけ。
俺はそんな意を込めて炭鉱マンにウィンクしたが無視された。
「砦なら落とせるぜ」
「……ほう。どうやって」
「まずは矢を大量に用意する」
あいつらの砦が、砂上の楼閣に過ぎないってことを教えてやるぜ。
「大人しく投降しなさーい」
砦、というよりは壁を無理やり重ねた異形の建築を前に、一応声をかける。
「来たな、悪魔どもが」
「悪魔なんてひどい。僕には名前があります。名前で呼んであげてくださーい」
「悪魔のくせに真名開示されても弱る気配がねぇ……」
ふむ。
「無血開城はダメみたいだな。有血開城、いきます」
「もうちょい粘れや」
やっぱ歴史は血で刻むものなんだよな。
俺は弓を構えた。
「痙攣連打ァ!」
俺は弓の発射判定のガバさを利用した痙攣による連続射出を行った。
矢があいつらの建てた砦へ突き刺さる。
「壁に当たっちゃってんぞバーカ!」
当ててんだよ。
俺と炭鉱マンは砦に来る途中で襲撃してきた弓持ちに対し、即席で壁を建築して立ち回った。
その時に気付いたことがある。
「……おい、なんの音だ?」
この矢は慣性がイカれている。
そして、この世界においてプレイヤーが建てた家は接地判定が弱い。
この2つが組み合わさればどうなるか。
「うお……!?」
矢で射られた壁に生命が宿る。
「うわああああああああああッ!?」
震えていた壁が物理法則から解き放たれる。
その壁が崩壊が連鎖し、砦全体が震え始める。
「今だ! 攻め込むぜッ!」
弓を乱射しながら3人で距離を詰める。
瞬間、後方で誰かの悲鳴が聞こえた。
「どうした!?」
炭鉱マンが消えている。
射られたのか!? そんな神エイムのやつがあの砦に!?
「これは。まずいですね」
「ああ? ……おいおいおいマジかよ」
生命を与えた壁がまた別の壁に生命を与え、ガリガリと壁を削りながらぐるぐると衛星のように砦の周囲を回る。
ドコドコと音を立てる砦の内部で何が起きているのか、時折人間が高速射出されてくるのだ。
「危ねッ!?」
射出された人間を避ける。
「逃げましょう」
「いや、待て」
気付けば、俺は砦に向けて弓を乱射していた。
「おい、クソ監督」
それが決定打になったのか、砦が完全にパージし俺とデスゲームマンを巻き込んで爆発が起きた。
「う、おおおおおおおあああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
視界が地面から近づいたり遠ざかったり、ワールドの高度限界のようなとこでびよんびよんしたり。
VRでしか経験できない、浮遊感と落下感の両立。
阿鼻叫喚の中、俺は自身に剣を突き立てリスポーンし、さっそく掲示板で人を募集した。
【砦に命を与えるスレ】
1:監督
もっと色んなもんの慣性バグらせて遊ぼうぜ
2:PVPマン
やっぱお前のせいかよ殺すぞマジで
で、ワールドはもう開いたんか?
3:名無しの開拓者
普通にVR酔いして今ゲロゲロ吐いてる
吐き終わったらワールド入るね
4:デスゲームマン
俺は止めました
5:炭鉱マン
ええやん、人間射出機作るべ
デスゲームマンは来ないんか?
6:デスゲームマン
いえ、行きますが……
7:名無しの開拓者
これ俺がおかしいんか?
砦内部にいたら射出させられて衛星みたいにぐるぐる振り回された後死んで最悪だったんだけど
普通にスレタイに殺意湧いてんねんけど
8:名無しの開拓者
君はおかしくないよ
コイツらがおかしいよ
9:名無しの開拓者
虚無ゲーに行き着くようなヤツがバカゲー、バグゲーの類が嫌いなわけなかったか……
10:監督
ワールド開いたわ
朝までやるつもりなんでよろしく