第四十七話「ボス戦をしよう! part4(終)」
「俺が、お前をそこまで追い詰めちゃってたんだな」
朝礼が終わるなり、相田が俺に駆け寄ってそっと抱きしめてきた。
「え、きしょ……触んなや」
「分かってる。昼休み、ゆっくり話そうな」
そう言いながら肩をポンと叩かれる。
ほんとに何?
釈然としないながらも時間は進み、昼休みになった。
「うーす」
「来たか」
相田がゆっくりと頷き両手を広げた。
俺がそれを無視して弁当を広げると、榎木から横槍が入った。
「なんかあったん?」
「さぁな。心当たりがねぇよ……いてて、流石に昨日の電撃が残ってんな……」
「なんかあったんじゃねーか」
榎木が説明を求めるように相田の方を見る。
すると意外にも隣の倉本から返答があった。
「一応ログ残ってるけど見る?」
「何のだよ」
「天罰生配信」
「何の何?」
ふむ。
「確かに俺は昨日、天罰MODによる天罰を受け、その様子を生配信されたが……それが何か関係してるのか?」
「お前どの口で心当たり無いつってたの? 怖いんだけど」
倉本がちょっと待ってねと言い、スマホをいじり始めた。
おそらく掲示板に貼られているリンクからアーカイブにアクセスする気なのだろう。
そうしてしばし無言の時間が続いた後に、相田が口を開いた。
「昨日、前言ってたVRMMOの日課をいくらか終わらせてネットサーフィンしてたらさ。山下からメッセージが届いたんだよ」
そんなタイミングだったんだな。
「お前に謝らなきゃいけないことがある……って文章の後にリンクが貼られてて」
榎木がゴクリ、と生唾を呑む音がした。
「NTRビデオレター……か?」
「あんま教室でそういう単語使うなよ」
寝取られるもクソも相田のモノになった覚えすら無いんだわ。
「開いたら、開いたら……山下ぁ……痛かったよな……ごめんな……!」
「お、許してくれる感じ? 天罰受けた甲斐があるわ〜これからも仲良くしような」
「うん……! うん……!」
そのあたりで準備ができたのか、倉本がそっとスマホの画面を榎木に向けた。
俺も見よっと。
「まぁその、動画を見ずとも山下が悪いのは理解したわ」
「ああ、そうだ。俺が悪い。だから罰を、受けたんだ」
「山下ぁ……!」
「純情な相田の心を弄びやがって……」
アーカイブの再生が始まった。
『ではまず、炭鉱マン。罪状。個人情報保護法への抵触』
「結構ガチな罪人も出演してる感じなんだ」
出演って言うな。
ノンフィクションだぞ。
「この辺は炭鉱マンが天罰前にやっぱ嫌ってなって暴れてるくだりだから飛ばすね」
「うい。見たすぎるから後でリンクくれよ」
そうそう。結構粘られたんだよな。
俺を見習って欲しいよまったく。
『次に、監督。罪状。個人情報保護法への抵触』
「お前もガチなんかい!!!!!」
榎木が大声を出してしまったため、一瞬他のクラスメイトからの視線がこちらに集まる。
「やめなさい恥ずかしい」
『及び、掲示板において自身の本名を開示する行い』
「恥ずかしいのはお前だよ」
そうか? 俺は誇らしいけどね。
『また本人たっての希望により、VRMMOに関する価値観の相違によって仲違いした友人に対する謝意を込めた追い天罰も実行する事とする』
「追いメシみたいな感覚で天罰受けてんじゃねぇよ」
「せっかくなんで……」
「何がどうせっかくなんだよ」
さて、そろそろだな。
唐揚げを頬張りつつ倉本のスマホに目を向ける。
『それでは、天罰執行』
『お、おお……意外と…………いや痛っ……いたたた
たた……イ゛!? ギギ う ッァアアああああああああああァアア!!!! う゛あ゛ああああああああああああああッッッッッ!!!!!!!!!!』
「ごめんちょっと止めて」
榎木が深く息を吐き、天井を仰いだ。
「どした?」
「すまんけど拷問されてる友達の映像見ながら飯食えるほど人格終わってないんだわ」
「おま、友達て……えぇ〜? 面と向かって言われると照れるな」
「そういうの今いいから」
榎木はそういうのでメシが旨くなるタイプと思ってたが、流石に人間としての心が少しは残ってたらしい。
「分かった! 全部見なくても良い! でもせめて俺が相田に謝罪するとこまで見てくれないか? そこまで見てから判断して欲しい」
「そんな推し作品布教するオタクみてぇな……クソ、わかったわかった見るって」
俺の渾身の電撃食らってる時モノマネが効いたのか、榎木が再生ボタンを押す。
「この後すぐだから」
『フゥーッ! フゥーッ! う、い、ハ、ハ……グギィッ…………あ、あい…………あああああ……あい……
あ゛い゛だ ぁ ! 助゛け゛て゛く゛れ゛ぇ゛っ゛!』
「謝ってねぇじゃねぇか」
謝ってなかったわ。
「赦しよりも救済いが欲しくなっちゃってたみたいだな」
「いやなっちゃってたみたいだな、じゃなくて」
そこで相田が堪えきれずと言った風に声を漏らした。
「俺が……俺が変に機嫌を損ねたから! 山下の言い方がキツいのなんていつもの事なのに! 俺が悪いんだ!」
「ほら。謝って許してもらえたのでオールオッケーって事で」
「謝ってねぇわ。勝手にビリついてただけだろ」
まいったなぁ。
確か2回目の追い天罰の時はひたすら目剥いてフゥフゥ言ってるだけだったはずだから謝罪はしてなそうだし……。
「ったく俺にこれ以上どうしろってんだよ」
「以上以下の次元じゃないんだよお前のは。真横に吹っ飛んでってる」
俺が腕を組み唸っていると、倉本が口を開いた。
「山っちさ。俺はもっとシンプルで良いと思うよ」
シンプル?
「仲直りするためにボス戦するとか、電撃くらうとか。もっと最初にやるべき事があると思う」
倉本の澄んだ眼が、電撃の如く俺を貫いた。
……ああクソ。そんなあっさり見透かされちゃワケねーな。
正直、最初から心のどこかで。
こうすべきだって……分かってた。
「意地、張っちまってたのかもしれねぇ」
「山っち」
「山下……」
「ああ」
相田に向き直り、俺は両手を広げた。
「相田、ごめん。自分はVRMMOあんま楽しめない側だからって、素直に楽しんでるお前に嫌な事言っちゃった。苦手なコンテンツが流行ってんのが妬ましくて、斜に構えて変なゲームばっか掘ってるから……そのテンションでお前に接しちまった。友達失格だ」
相田がゆっくりと頷く。
そして、両手を広げた。
「俺も、ごめん。素直に何が嫌だったか言えば良かったのに、何日も機嫌損ねた振りして……そっちから良い感じに謝罪持ちかけてくるの待ってた。そういう変な打算……良くないよな」
こくりと頷く。
「許すよ。今度一緒にユアルやろう」
「ありがとう。俺も、許す。ユアルはやらない」
俺達は熱い抱擁を交わした。
奇しくも俺は、この天罰事件から多くのことを学ぶ形になった。
なんでこんなにシンプルなことを見落としていたんだろうな。
悪いことをしたと気付いたなら、すぐに誠心誠意謝ること——そして、インターネット上に本名を晒してはならないということを————。