第四十二話「初詣をしよう!」
tips:四捨五入したらまだ正月らしい
「……あい、もしもし」
「あっ! ク……山っちさぁ、初詣もう行った?」
当然のようにクソ監督呼びしそうになってる倉本の言葉を無視して再度布団に寝転がる。
「俺はなぁ、寝正月こそ最も尊いものだと思ってるんだ」
遠くの神と眼前の布団。俺に真に恩恵をもたらすものがどちらかなんて言うまでもない。
そんな俺の教えが理解できないのか、手元のスマホから倉本の声が続く。
「今からVRで初詣行くんだけどさ」
「……あー、なんか言ってたな」
「キョウコさん来るみたいでさ」
眼前の邪神かぁ。
「あの常にDOS攻撃されてる人?」
「されてないよ。多分」
そうでもないと辻褄が合わねぇんだよ。
本体もシンプルに邪神だからVRマシンが読み込めてないだけ説を提唱したいレベルだ。
「つーか回線繋がるのか?」
「さぁ?」
あのラグさで四季折々のイベントを味わおうとするなよ。VRでよ。
「榎木と相田も来るってさ」
あの2人か……うーん。
「しょうがねぇなあ。行くか」
軽く伸びをした後、布団から起き上がる。
ついでにユアルのアホどもも誘……どうせ来るか。
だから倉本も誘ってきたんだろうし。
「えーと……」
掲示板に罵倒を書き込んで……っと。
さて、VRマシンを起動しようか。
VR技術が発展した事による恩恵は多岐に渡る。
俺がその中でも気に入っている恩恵の一つは試着だ。
「レンタルかつ電子版……っと。おお、流石に安いな」
袴を着た自分を客観的に眺めながら、実物とセット購入を勧めてくる広告を手で振り払う。
VR試着は発送側のミスさえ無ければサイズを間違えることはまずないし、それが似合うかどうかを客観視できる。実物を買う際に「まぁ電子版セットの方で買うか……」と無駄に出費が増えがちな事以外に欠点は無いと言えるだろう。
まぁあのデフォアバ改造界隈はそんな恩恵をドブに捨てているわけだが。
「年1の催事、全力で挑まねーとな」
倉本から送られたリンクを確認する。
VR参拝の最大手のサーバーだ。
「えーとチャンネルは……招待経由だと勝手に合うのか、なるほどなぁ」
ログイン。
視界が暗転し、徐々に喧騒が耳に入り始める。
「お、来た来た。山っち〜! あけおめ!」
「よう、あけおめ」
「あけおめー」
倉本、榎木、相田。
いつもの教室の面子だ。最後に会ってからそう期間が空いたわけでもないのにどこか懐かしさを感じる。
「あけおめ。冬空なのに適温なの気持ちわりーな」
「あはは、まぁね」
VR空間の良さであり悪さだな。
キンキンに冷やしたら冷やしたで苦情がくる。
いかにも澄んだ空気が漂っていそうな境内を眺めながら、ふと懸念事項を思い出した。
倉本に近寄り耳打ちをする。
「キョウコさん来ること言ってるのか?」
「いいや? 教えないよ〜、サプライズのお年玉なんだから」
悪辣だねぇ。ユアルやってるだけあるぜ。
俺が感心していると、奥の方から空気を淀ませながら男が歩いてきた。
「袴とか買ってるタイプなんだな」
「擬態上手いっすね」
マスクとマッシュヘアーで上手いことバグらせた眼球と口内を隠した異常者……PVPマンだ。
「その、なんか女殴ってそうな人……知り合いか?」
榎木が端的に誹謗中傷を述べる。
いいぞもっと言え。
「どちらかと言うとインターネットで殴られてる人だな」
「あーね」
PVPマンが動揺したように身じろぎする。
「すげぇな、会話に失礼以外の成分が含まれてねぇ」
「で、どうした。何か用か?」
「いや……明けましておめでとうございます……って挨拶っつーか……」
そっか。
「あけおめ」
「あぁ、うん」
釈然としない様子のままPVPマンが去っていく。
キョウコさんでパニックが発生する前に参拝を済ませたいのだろう。
ちなみに俺はパニック中に参拝しようと思っている。
さて。俺は倉本の方を振り返った。
「で、具体的にはいつ来るんだ?」
「朝から接続中ではあるらしいよ」
なんで“無”のVR空間で長時間待てるの?
精神の耐久性どうなってんだよ。
「おい、物騒なことが聞こえたが」
「え? 何? 何かあんの?」
榎木と相田が何かに勘付き、騒ぎ始める。
「大丈夫。だんだんと、大丈夫になっていくからな」
「生贄がらみの因習系ホラー?」
インターネット怪異に近いかな、今回のケースは。
一緒に立ち向かって状況を悪化させようぜ。
「なんかほぼバレてるし言うけど、キョウコさんが来るんだよね」
「んだよ、先に言えよ。そういう最高なことは」
榎木がそう言って満面の笑みを浮かべる。
公共のサーバーが荒らされるなら何でも良いのかお前。
「マジ? さっきの人みたいに話しかけてきたりするかな?」
相田がそわそわし始める。
やめなさい。
「キョウコさんは話しかけてくるのではなく、単に……告げるんですよ」
淀みが来たな。
俺は相田をかばうようにして前に出た。
「よう黄金比ぃ! 今日も脳を破壊してから来たのか?」
俺の言葉に一般通行人がギョッとした様子で避けていく。
ごめんなさいね。あんな物騒な馬鹿が来たせいで。
「ハハ……神の威光を拝みに来たのです。感受性を損なう真似はしませんよ」
「きめぇなあ。あ、あけおめ」
「ええ。明けましておめでとうございます」
黄金比が額に刺していた破魔矢を抜きとり、その異形の頭部を白日に晒す。
「引き続きご罵倒を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます」
「存在しない時候の挨拶してんじゃねぇぞ」
「ふむ。ところでクソ監督さん、違和感を……持ちませんか?」
はぁ? 違和感?
そう言われて周囲を見る。
――確かに、おかしい。
「おい、お前ら。気付いたか?」
榎木がこちらに一瞥もくれず答える。
「今他人のフリしてるんで話しかけないでもらえますか」
「多すぎるんだよ」
「……」
榎木は相田を連れてそっと離れていってしまったので倉本の方に視線を向ける。
「普通、こんな異形のアバターを晒せばもっと人が割れるはず。俺達を避けるようにな」
「確かに」
そもそも、全身金色の時点で倉本もまぁまぁ避けられる寄りのアバターだ。
だが俺達が背景として何となくとらえていた人混みは変化がない。
これはVR特有の罠だ。
サーバーの設定によるが、現実では感じるはずの人の気配、熱気というものが希薄でいつも以上に人混みを「背景」として見てしまう。
「だから気付けなかったんだ」
「……あー、なるほど!」
倉本が納得したような声を出す。
適当にそれっぽい反応で返したのか、本当に理解したのか……五分五分ってとこだな。
そこで黄金比が拍手をしながら近寄ってきた。
「素晴らしい。一度の指摘で気付きましたか」
「ああ」
「え? うん!」
倉本は理解してなかったらしい。
黄金比の口らしき部位が歪む。
「あれらの人混みは全て、キョウコさんですよ」
いったいどんなバグらせ方をすればデフォアバが分裂状態で登録されるのか全く理解ができない。
ただ、そこに在ることだけが感じ取れる。
「ただ解せないな。全員顔が違うように見える」
「近寄れば分かります」
ふむ?
俺は少し離れた距離にいた榎木と相田の肩に手を回しながらキョウコさん(群)に近寄った。
「え? 何? 何?」
「やぁ、こんにちは! 一緒に参拝しようよ!」
「触んな」
振り払おうとする榎木をVRアクションゲームで得た技量を以て抑え込む。
そして三人で揃って「顔」を覗いた。
虚無だった。
モザイクアートの如く、遠目には顔に見えていたそれは虚構でしかなく、ただつるつるとした人肌にぼやけたような斑紋がつたうばかり。
それが、服を着て、時折身じろぎをし、まるで普通の人間のような。
「う、うおおおおおおおおッ!!!?」
「おわあああああああああ!!!!??」
流石に予想外だったのか、榎木と相田が悲鳴をあげる。
「だぁーっはっはっはっは!!!!」
そのリアクションが面白かったので俺は思わず笑い声をあげる。
――そして、そこからはあっという間だった。
俺達の反応に、一般客が反応する。
そうすれば観察力が優れた人は気付く。
道端に、時折人であって人でないような群れが在ることに。
「ぎゃあああああああッッッ!!!!」
恐怖と悲鳴が伝播し、瞬く間にパニックが起こった。
「ガチのVRテロじゃねぇかッ!」
そうは言ってもキョウコさんはデフォアバでログインしただけだ。
VR周りの法整備が未発達な我が国ではこれを取り締まる法はない。
というか整備しててもこんな異常者を考慮して作るはずがない。
「おい、なんかさ……増えてね?」
相田が弱々しい声で境内の一角を指す。
見れば、新たな群れが生まれるところだった。
「とりあえずキョウコさんは故意でやってるのが分かったな。これで掲示板で気兼ねなく罵倒できる」
今までは、デフォアバ改造界隈でおもちゃにされてるだけの一般善良ゴミ回線ユーザーの可能性があったからな。
しかし、ただのVRテロリストとなれば俺は道徳的有利を取れる。
後はレスバで叩きのめすだけだぜ。
「さて、と」
俺は伸びをした後、電子マネーの画面を開きながら本殿へ足を向けた。
「お、おい待てよ! ……な、なんだ、何かパニックを抑える方法があんのか!?」
榎木にそう言われ、立ち止まる。
抑える方法?
「いや、これ以上空気中キョウコ濃度が高まっちゃう前に参拝してくるだけだけど……」
俺は榎木と相田に本気で怯えた目を向けられたし、次の日の学校では口をきいてもらえなかった。