第三十九話「ストーリーに着手しよう! part1」
「そろそろ物語に肉付けしていい頃だと思うんだよな」
「アイもそのオピニオンにアグリーね」
「なぁ、なんで俺をこのグループ通話に呼んだ? 嫌がらせか?」
VR通話アプリにて。
俺とグローバルマン、そして炭鉱マンが机越しに向き合っていた。
「お前何言ってんだ? 嫌がらせに決まってるだろ」
「そうかそうか、お前はそういう奴だったな」
「ボーイズデイのメモリーね」
その感じでちゃんと現代文の教科書読んでるんだ。
てか少年の日の英訳がそれはちょっと違くないか?
そんな無駄な思考を一瞬で捨て、炭鉱マンに向けて説明する。
「いやさぁ、やろうとしたゲームがメンテ中でよ。その間暇だから出来る限りのユアル関連の人間集めて通話しようかなって」
「初手グローバルマンで人が集まるわけねーだろタコ」
「ンー。メイビー、FDはピーポーをギャザーするタレントがナッシングね」
「何? 今普通にディスったか? コラ」
「スケアード……」
怖くねぇわ。
「まぁ見てろや、じきにピーポーがギャザってくっからよ」
「ギャザー」
「添削すな」
「なぁ俺抜けて良い?」
俺は炭鉱マンに睨みをきかせ逃走を抑制した。
「たまにはいつもと違うシチュエーションで会議すんのも良いだろ? 生成物増やすのも良いけど、そろそろストーリー的な部分も生やしていきてぇじゃん」
「んー、そこは理解できるけど……ノイズがさぁ」
やれやれ。
確かにグローバル語は難解だが、内容は意外とまともな事が多いんだぜ。
俺はグローバルマンに目配せをした。
「アイのスィンクするオピニオンは、タイピカルなヒロイック・テイルね。ウェイスト・ランドにゲットオフするところからビギンするミソロジーは——」
「テンプレでも良いからストーリーを作ろうぜって事だな。よしグローバルマン、下がっていいぞ」
「ボシーなマンね」
誰が偉そうだってんだ? コラ。
「お前らが意外と仲良しなのは分かったけどさぁ……」
そこまで言ったところで炭鉱マンが言葉を止める。
そして俺の背後に怪訝な視線を送り始めた。
「? おい何だよ……」
それに釣られるようにして背後を振り返る。
「こんにちは。あらゆる物に黄金比はある……当然、物語にも。それを伝えに来ました」
渦を巻いたような顔面。
デフォアバ改造界隈の異常者、黄金比がそこに立っていた。
「そうか、じゃあもう伝わったから帰れや」
俺はそう言い、黄金比に微笑みながら中指を立てた。
「いえいえ。会議には参加させていただきますよ」
「そうか……いけ、グローバルマン! あいつの脳を破壊しろッ!」
「最悪のポケモンバトルすな」
グローバルマンが首をかしげる。
しまった、話題を振らなきゃ話しようがないか。
「グローバルマンさぁ……えーと……」
アレ? 何も話題が出てこないぞ。
ひょっとして普段、ゲームの会話か悪態しかついてないせいか?
よく考えたら世間話の類をグローバルマンとした覚えがない。
そもそもグローバルマンは何者なんだ? 学生か社会人かすら知らない。
ぶっちゃけデフォアバ改造界隈とかいう無法地帯を見た後じゃ今の見た目すら現実と同じか確証がないしな。
何となく同い年くらいかと思ってたが全然年上だったり、またその逆だったりする可能性もある。
俺はそこまで思考を回したあたりで、別に現実でどういう奴だろうがどうでもいいな……となり考えることをやめた。
つーか言語崩壊してるしAIとかじゃないかな。年齢・性別以前に人間じゃないと思う。
「グローバルマンさん」
そこで黄金比が口を開いた。
「これまでの会議の経緯、教えていただけますか」
「オーケー! ファースト、このミーティングはフェイバラボウなスタートだったわ……。バット、ファッキンディレクターとコールマイン・マンがビッカーをビギンして……」
「なるほどなるほど」
黄金比は平然とした表情で頷く。
「ま、そんな事だろうと思いました」
何、だと……!?
「おい、黄金比。てめぇどういう事だ」
「はて。なんのことでしょう」
何の事だって? 決まってる。
「お前は、意識高い系の就活生に対してトラウマがあって……カタカナ語を頻発するグローバルマンの語りを聞けば精神が崩壊してたはずだッ! いったいどういうカラクリで正気を保ってやがるッ!」
「もうその会話内容の時点でお前も正気じゃないぞ」
俺は咄嗟に隣の炭鉱マンに平手打ちをして黙らせた。
「嘘……今の俺が悪いの……? ビンタされるレベルで……?」
悪いか悪くないかで言えば全く悪くないが不都合な真実だったからな。
危うく論破されるところだったぜ。
「何だ、簡単な事ですよ」
「……簡単だと?」
「私はここに来る前に予め大量の激キツイングリッシュを浴びてきました」
「メイビー、アイがディスリスペクトされてる?」
グローバルマンに対して黄金比がニコリと笑う。
「いえいえ。単に私が精神的に未熟なだけ……グローバルマンさんはそのままの貴方で良いのです」
「綺麗事抜かしてんじゃねぇぞ。さっさと耐性を付けたカラクリを言えッ!」
「耐性などありません。既に壊れた物がそれ以上壊れることはない……それだけの事なのです」
……?
「ごめん、どういうこと?」
「予め大量の激キツイングリッシュを浴び、既に私の脳は破壊されています」
「正気度は0から減りようがない……私はこれ以上壊れようがないのです」
何?
怖いんだけど。
「すまん俺帰っていいか?」
俺は逃げづらいように炭鉱マンの肩に腕を回しながら、深くため息を吐いた。
「お前、ストーリーは練ってきたのかよ」
「いえ。脳を破壊する過程で全て……忘れてしまいました」
「そうか……」
「そうか、じゃねぇよ。何しに来たんだよマジで。帰らせね?」
やれやれ。炭鉱マン、お前は薄情なやつだな。
「お前の覚悟と執念は尊重してやるよ。席に着きな」
「えぇー……」
黄金比は、俺の言葉に深々と礼をした後にシルクハットを被った。
渦巻のような顔面が帽子に合わせるようにして普通の形に戻っていく。
「スペースを取り過ぎてしまいますからね」
ようやく認識できるようになったその瞳は、もはや何も映しておらず……虚無そのものであった。
「怖いって。本物だよアレ」
「職場でユアルのMOD作ってるお前も“本物”だろ?」
「……ひょっとしてビンタしていいタイミングか? これ」
俺はビンタを甘んじて受け入れた後に、少し声を張って宣言した。
「さて。飛び入りはまだまだあるだろうが……会議を始めようぜ」