第三十五話「殺し合いをしよう! part1」
「諸君」
いつものサーバー。
行きつけの虚無にて、くろりんが壇上に立っていた。
「今回、君達に集まってもらったのは他でもない」
しかし、今日は普段と雰囲気が違った。
心なしかグラも粗い。
何だ? MODのどれかが法律に反してたとかか?
空気がピリつき、バグアバがピクつく中、くろりんが口を開いた。
「これから君達には殺し合いをしてもらう」
「なるほど」
俺は即座に隣にいた炭鉱マンにチョークスリーパーをかけた。
クソが、なんでこの世界のアバターは当たり判定がぬるぬるしてるんだ。
「待て待て待て。違う違う違う。監督、そうじゃないのじゃ」
「じゃあ何すか」
「もっとこう、知的な方法での……」
そうだそうだ、等と俺の背後からヤジが飛ぶ。
知能戦なんて野蛮な真似はやめて穏便に暴力で済ませたいんだけどな。
くろりんとその他の馬鹿どもは違うらしい。
「…………えぇと。おっほん! 貴様ら、ログアウトボタンが存在しない事には気付いとるな?」
ログアウトボタン。
皆が虚空に向け何らかのアクションを起こす。
登録してある動作だろう。俺もそれにならってメニューを呼び出した。
瞬間、視界がブラックアウトした。
慌ててメニューを閉じると、視界が即座に戻る。
周囲を見渡すと、メニューを閉じ損なったのか虚な目で徘徊する者やそれに嫌がらせする者が現れ始めている。
「何すかこれ」
「……わからぬ」
くろりんの隣に立っていた顔が異様に長いアバターが、くろりんに耳打ちする。
MODの製作者か?
「えー。メニュー呼び出しに関しては下手に弄ると法律に反するため、メニューを呼び出した瞬間視界の接続を切る方向で実装したそうじゃ」
なるほど。
隣の炭鉱マンの肩をぬるっと叩き、話しかける。
「なぁ、何が始まると思う?」
「普通に話しかけてっけど最初のチョークスリーパーでわだかまり残ってっからな。少なくとも俺の心には」
「そうか。俺にはない。思うに、知能戦つってたからポーカー関連のMODのお披露目会かなぁって」
「あのさぁ」
そんな会話を遮るようにして、くろりんが叫んだ。
「貴様らにはッ! これより生き残りをかけたデスゲームに参加して貰うッ! 敗北すれば死! しかし、勝ち残った最後の1人には……賞金を用意しておる」
群衆が、おお……とざわめく。
ほんとに毎回ノリ良いね。俺もだよ。
やっぱワクワクするじゃんね。新要素って。
くろりんがぴっと人差し指を立てた。
お、ひょっとして1万円?
「商品券。10万円分じゃ」
群衆が一気に湧いた。
のっぺりとした世界に熱気が満ち、俺は1人でも多く減らしておくべく炭鉱マンにチョークスリーパーをかける。
「やめろやァ!」
「クソッ、なかなか落ちねぇな」
「普通に警告出てログアウトボタンが表示されたせいで視界が真っ暗になったわ」
最悪のコンボだな。
「わっはっは! ノッてきたのう! では対戦方法を教えようか!」
デデンデンデン! と音割れ気味の太鼓音が流れ、空中に何やらステージのような物が形成され始める。
そして、七色のポップなクソだせぇフォントで「Death game」の文字が表示された。
「すなわち、アスレチック! 全部で3ステージあるぞ! そして、最後のステージで最後まで足場に残り続けていた者が賞金獲得じゃッ!」
なんかどっかで聞いたようなシステムだな。
数分後。
くろりんから安全上の注意等の指導を受けた俺達は、ようやく空中のステージに足を踏み入れた。
坂や飛び石等が配置された、オーソドックスなアスレチックステージだ。
というか知能戦じゃないんだな。普通にフィジカルじゃん。
「えー、気分が悪くなった、途中でリタイアしたくなった、等は管理者権限で空を飛んでいる係員の方までお申し付けください。黄色い制服が目印です」
「デスゲームなのにリタイアできるの?」
どこかの異形アバターが野暮な質問をする。
皆分かって乗っかってんだよ。
「えー。まぁ、その、リタイアした方は色々と体調チェックをした後に……殺します」
めちゃくちゃじゃねぇか。
最後の一言だけ無理やりデスゲーム側に舵をきるな。
「こわい……」
うん、怖いね。
さて、アスレチックか。
この当たり判定ガバガバワールドじゃ不安だが、まぁ策はある。
「炭鉱マン、俺と組もうぜ」
「正気か?」
正気だとも。
俺は炭鉱マンをこちらに引き入れるべく舌を回した。
「いいか、最終ステージは勝ち残り形式だがそれまでは時間内に突破する形式……人数制限は無く、協力し得……つまり、裏切る利点が存在しねぇんだ。だから最終ステージまでの同盟は確定で信頼できる」
「信頼できねぇよ。俺の心が拒んでる」
「え? 歪んでる?」
「お前がな」
往生際の悪いやつだな。
俺は深々とため息をついた。
炭鉱マン、お前は何も分かっちゃいねぇ。
「周りをよく見ろ」
「は? ……ああ、クソ、そういう事か」
既にチームを組み始めた者。
そしてその中の数チームが俺達を取り囲むようにして立っていた。
「お前の意思に関わらず、俺とお前はチーム扱いなんだよ。分かるか?」
「……」
炭鉱マンはしばらく渋面を作っていたが、やがて肩を落として俺に手を差し出した。
「あぁ、しょうがねぇな。お前と組むしかないらしい」
「いいね。最終ステージまでは必ず連れて行ってやるよ」
炭鉱マンと熱く握手を交わす。
今一度友情を取り戻した俺達の耳に、笛の音が届いた。
アスレチック、開始だ。
「っしゃオラ死ねぇぇぇええええええ!!!!!」
開始と同時に寄ってきた馬鹿どもを蹴り飛ばす。
同じく蹴り飛ばした勢いで吹っ飛んできた炭鉱マンと衝突。何とか場外行きを回避した。
「やるねぇ」
「お前もな」
炭鉱マンは20代、俺に至っては10代だ。反射神経なら全盛期に近い。
それに、VRゲーだって色々手を出して感覚は十分に慣らしてある。
「勝てるか? 三十路の異形どもが……」
「年齢の話はするんじゃねぇッ!」
化け物みたいなサイズの肩甲骨が周囲を薙ぎ払いながら突進してくる。
甘いな。
「よっ、と」
当たり判定を考慮してやや早めかつ高めに飛ぶ。
俺に回避された化け物肩甲骨野郎は数十人を道連れにステージから落ちていった。
「なぁ、アスレやんね?」
「わかる」
ここまで、全て最初の足場で起こった出来事だ。
アスレやらせろや。
「こんなド直球で落とし合いする場面じゃねぇだろ。なぁ、お前ら」
未だにスタート地点で芋っていた奴らにそう声をかける。
ざわざわと何やら話し合っているようだが、概ねここでの争いに消極的な意見が聞こえてくる。
「よし、じゃあやるか」
「うす」
数分後、タイムリミットまでにゴールに到達した人数は当初の約3割ほどだった。