第三十話「環境を増やそう! part3」
「狂いそう」
昼休み。昼食の時間。
俺は早々に平らげた弁当を丁寧にしまった後にそう呻いた。
「この停滞感に溢れた学生生活に……みたいな話?」
榎木が視線をスマホに向けたままそう返してくる。
「違う。俺は今……訳あって、言語能力に重大な欠陥を抱えた人間と一緒に作業を行なっているんだが」
「どういう訳?」
流石に気になったのか、榎木がスマホを机に置き、こちらに視線を向けた。
さあ。どういう訳だろうな。俺も分かんないよ。
「あ、ひょっとしてグローバルマンのこと?」
倉本が弁当をしまいながら言う。
「ああ、そうだよ。グローバルマンだ」
「グローバルマンって何だ? てめぇの彼女か?」
「みたいなもんじゃない?」
「違う」
倉本のとんでもねぇ返しを即座に否定する。
ふざけんじゃねぇ。
俺は倉本にじっくりと中指を立てた後に、続けた。
「最初は、あいつのあの喋りは掲示板だから成り立ってるもんだと思ってた。実際にアバター同士で向き合って喋ってりゃいつか素の喋りが出るはずだ……ってな」
「なぁマジで彼女なん?」
俺は途端に挙動不審になった相田を睨みつけて黙らせた。
「やっぱデートもVRでやんのが丸いんかな」
「うるせぇな。違うつってんだろ」
黙らせられてなかった。
「相田、こいつはグローバル“マン”つってただろ」
榎木がいい感じにアシストしてくれた。
助かるぜ。
「グローバルマンのデフォアバって女じゃなかった?」
倉本がそのアシストを撃墜する。
助からないぜ。
いよいよ挙動の不審さがマックスになった相田の肩をガッチリと掴み、俺は一言一言を噛み締めるように発言した。
「いいか? デフォアバが女だったからって女とは限らねぇ。そして、そもそもグローバルマンに関しては人間かどうか怪しい。言うなれば災害に……ハロウィンの時に出没した、キョウコさんに近い存在だ」
「……………いや、デフォアバが女なら女だろ」
ふむ。
俺は正論をぶつけてきた相田に強めのビンタを食らわすと、席に戻った。
「ねぇ、なんで?」
「銃口と正論は人に向けちゃならねぇ。小学校の道徳で習わなかったか?」
「その前にひとにビンタしちゃいけないと思うんだけど」
確かに。
俺はいたく反省し、涙目になりながら相田に頭を下げた。
「こいつ情緒やばくない?」
「グローバルマンにかなり追い詰められてるんだと思う」
「そのなんちゃらマンってやつ、スレンダーマンとかそういうのと同類な感じのやつ? 怪異系?」
三人が好き勝手に喋っている。
俺は突っ込む気にもなれずに机に突っ伏した。
「なんつーか、山っち、元気出してよ」
「そうだぞ山下。ほら、なんだっけ。女は星の数ほどいるみたいな言葉あるじゃん」
「相田。多分そういう話じゃねぇぞ」
三人が俺を囲むようにして、心配そうな視線を向けてくれる。
相田は事情が分からないなりに俺の肩をぽんぽんと優しく叩いてきた。
「ぶっちゃけ俺じゃ何の力にもなれないかもしれないけどよ。本当にヤバかったら相談しろよな」
「……なら、一つ頼み事をしていいか?」
「? おう、勿論」
そうか。
俺は相田の手をガッシリと掴んだ。
「ならよォ……ちょっと参加してくれや……」
「おい! まずいぞ相田ッ! 様子がおかしいッ!」
「グローバルマンとの、グローバルMOD開発会議になァ~~~!」
相田がビクリと身を震わせ、俺と目を合わせる。
「え? いや、え?」
「会議はVRミーティングでやってる。招待リンク送っとくからよ。いいよな? お前……勿論って言ってくれたよな?」
「え、でも……グローバルマンって人、怖いんじゃないの」
「いいや? 怖くはねぇよ」
「相田! 罠だ! 逃げろ! まだ引き返せる!」
榎木が必死に相田を止めようとする。
俺はそれを冷ややかな目で見つめつつ続けた。
「せっかくだ。女子と話す練習ってことでよ。気楽に参加してくれ」
「おお……練習、か……」
「相田! 気づけ! さっきまでの憔悴しきった様子は演技だ!」
榎木が珍しく声を荒げて相田を止めている。
涙ぐましい友情だな。だが無意味だ。
「榎木……お前も来ないか?」
「行くわけねぇだろ詐欺野郎」
俺は大げさに溜息を吐いた。
やれやれと首を振り、榎木に目線を向ける。
「まぁ待てよ。グローバルマンは、災害具合で言えばキョウコさんと同レベルだ」
「ますます行きたくねぇよ。俺は地獄を傍観して愉悦に浸りたいんだって」
「ねぇ。さっきはグローバルマンは怖くないって言ってなかった?」
「うるせぇな相田。てめぇの参加はもう確定事項なんだから口出すなや」
「こわ……」
俺は相田を黙らせると、改めて榎木に向き合った。
さて、どの方向で説得するか。
「傍観側に回れるかはお前の立ち回り次第だ」
「嫌だ」
「そう、か……なら仕方ないな。お前が加わればタゲ分散ができて、事態をある程度丸く収められたかもしれなかったが」
実に残念だ。
そうぼやくように付け足し、相田を哀れみの目で見た。
相田は自身の肩を抱き締め不安そうにしている。
「……脅しのつもりか?」
「さてどうかな」
「この野郎……汚ぇマネしてくれるじゃねぇか」
てか俺の身は案じてくれないんだね。
悲しいよ。
「分かったよ。参加すりゃいいんだろ参加すりゃ」
予想よりもあっさりと承諾してくれたな。
若干の肩透かしを感じていると、榎木が気まずそうに口を開いた。
「まぁ……なんつーか」
榎木の目が宙を泳ぐ。
なんだ?
「強引に参加させにくるってあんま無いし。お前も多少なりともまいってるって証拠っつーか。そこそこ長い付き合いなんで……」
なんだと。
俺は唐突に熱い友情をぶつけられ、思わず目頭を押さえた。
「……ありがとな。榎木」
「ああ」
「俺さ、なんかこのくだり見たことあるんだけど。最終的にろくでもないことにならなかったっけ」
相田の言葉を無視して榎木と固く握手を交わす。
さて残りは倉本だ。
俺はコイツの勧誘に失敗する心配は全くしていない。
「倉本ぉ。てなワケでせっかくだからお前も来ようぜ」
「えー。まぁ、いいよ」
よし。
これで対グローバルマンを前に、四人のパーティーが完成した。
放課後。
早々に帰宅した俺達は、VRミーティングアプリの、とあるサーバーにログインしていた。
そこにあるのは、ビルの内装めいた背景と長机。
そしてその一席に座る、金髪の女だ。
「ハァイ! トゥデイはFDがフレンズをコールしてブリングしてくるってリッスンしたわ! ワォ! それがFDのフレンズね!」
俺ははやくも感じる頭痛に耐えながら、無理やり笑顔を作った。おそらく、他の三人も同様だろう。
ちなみにFDとはファッキンディレクター、すなわち俺のことである。
ファック。