第二十六話「虚無ズキッチン」
「さて、今回集まってもらったのは他でも無い……新要素を追加するMODの紹介じゃ」
壇上で、くろりんが指揮棒のような物をくるくると回しながらそんな口上を述べる。
続いて、おぉ……という控えめな歓声。
「本当はの? ハロウィンに間に合わせるはずじゃったんじゃが……」
「まだギリセーフじゃね?」
誰かのそんな声を聞きつけたくろりんの目が輝く。
「おお! お前たちならそう言ってくれると思っとったぞ!」
くろりんがバッと手を広げる。
裏にあったホワイトボードがひっくり返り、そこに書かれた文字があらわになる。
『チキチキ・食事MOD品評会も兼ねてハロウィンごっこをしよう大会』
……なるほど?
「ハロウィン・ロールプレイじゃ! 各自、家を作る役、その家に訪ねてお菓子を貰う役! 二つに分かれて、品評会を兼ねたごっこ遊びを楽しもうではないか!」
久々にこういうの来たな。
建築大会振りか?
さてどう身を振るか、等と考えていると、1人のむさいがまともなアバターの男が近付いてきた。
ふむ、見慣れた顔だ。
「ようクソ監督、チーム組もうぜ」
「炭鉱マンか。良いけど、俺はお菓子を貰う役がやりてぇぞ」
「じゃあそれで。へへ、腕がなるな」
どうせ虚無なのは理解しているが、新要素MODは毎回ワクワクしてしまう。
あとお菓子を貰うだけの役に腕の概念ねぇだろ。
「建築MODもちまちま改良されてるの知ってっか? 建築のレシピ本見てみろよ、飛ぶぜ」
「何が飛ぶんだよ。家か?」
「ああ、そういうバグあるらしいな」
あるのかよ。早く直せや。
炭鉱マンに言われた通り、レシピ本を開く。
オーソドックスな壁、天井のパーツ。扉、階段のパーツも何気に追加されてるな。
お? 焚き火?
それに……ウッドスパイク?
「なんかあるじゃん」
「火に手を出したのは嫌な予感がするけどよ。ウッドスパイクは使えるぜ、野人の巣の攻略に革命が起きる」
「マジか。あのRTA野郎にもっかい走らせないと」
「鬼か?」
タイムが縮む余地があるんだから走らないのは走者の沽券に関わるだろ。
おそらくこの2点を使ってお菓子を防衛するであろう馬鹿どもの攻略法を2人で練っていると、背中にパシパシと当たり判定を感じた。
振り返ると、くろりんと、その横に前髪の長い気弱そうな中学生くらいの男子の姿。
「はい? 何ですか」
「うむ。この子なんじゃが、マルチサーバーに入るのが初めてでの。新入りの世話は監督の担当じゃろう」
違いますけど。
「よ、よろしくお願いします!」
「……まぁいいか。よろしくな」
少年と握手のようなぬるっとした動作を行いつつ、炭鉱マンに目配せする。
子供に滅多なもんは見せらんねぇからな。
その辺配慮してやろうか。
「オラ出てこんかいクソカスゴラァ!!!!」
「ご丁寧に堀まで作りやがって戦国時代かボケゴラァ!」
斧を振り回し、家の壁を破壊する。
俺達の襲撃に恐れをなした家主達がたまらず扉から飛び出してきた。
「確保ーーーーッ!」
そこに3人が飛びかかる。
1人につき1人、ピッタリと捕獲に成功した。
「はぁ!? てめッ……途中で1グループ3人までってアナウンス……」
「おいおい、偶然にも通りかかった別グループさんじゃねぇかぁ。すいませんね、手伝ってもらって」
「いえいえ。こういう時こそ助け合いだよなぁ!?」
無言でアイコンタクト。
菓子の分配が決まった。
「おい、トリックオアトリート」
「ハァ、ハァ……へへ、トリックって答えたら?」
「バグ技で虚無の彼方に吹き飛ばす。市販のゲームじゃ体験できねぇ本当の落下感を得られるぜ? 試してみるかよ」
「クソッ、ほらよ!」
地面にクッキーがやや浮きした状態で放り出される。
もうこの時点で不安だな。
「7:3と言いてぇとこだが、互いに急ぎだ。ここは平等にいこうや……次の家、行くんだろ?」
「……ああ、それでいい」
掠め取るように、お互いに三つずつクッキーを拾う。
家主達を虚無の彼方に消し去った後、俺と炭鉱マンは少年を待機させていた場所に帰還した。
「しっかり手に入れてきたぞ」
少年に笑顔でクッキーを手渡す。
いやぁ良かった。年上として頼りになるところを見せられた。
これでお菓子を調達し損ねた日にゃ、どんな舐められ方をするか分からんからな。
「あ、あの……お菓子を食べたい、というよりはお菓子の感想が欲しいです」
「感想?」
構わんが。
インベントリからクッキーを手元にセット。
……
「食事って……ぐぶがぼこぼ」
食事と呟いた瞬間、腕が勝手に動き、バリボリとクッキーを貪った。
「馬鹿犬の食事?」
「殺すぞ」
炭鉱マンを威嚇しつつ、どう食レポしたものかと考える。
うーん、正直にいくか。
「まず、基本はふやけたパンだ」
「あちゃー」
あちゃーって何だよ。どういうリアクション?
「ふやけたパンの中に、クソ硬い板が1枚入ってる感覚だ。あと食事が固定モーションなのがだるい。さっき見たように馬鹿犬みてぇな食い方になるのも最悪だな」
少年がこくこくと頷いている。
「板は多分アレですね。まず写真を取り込んでからそこ基準に肉付けする形で作成したので……中心の写真がそのまま板という判定として残っちゃったみたいです」
なるほど。
目の前の少年の正体に察しがついた。
「製作者だな? MODの」
「あ、はい。そうです!」
炭鉱マンがおおー、と声をあげる。
「マジかぁ! 新しい技術者ってわけ?」
「あ、実は結構前から居たんですけど……MODがずっと未完成だったのでROM専で……」
ひょっとしたら常識人なのか?
感動で泣いてしまうかもしれん。
「なんか、何もしてない新入りなのにごめんな」
俺、やっぱ技術者でもないのに出しゃばりすぎだよな。
「いやいや! 監督さんはPV作成で新規参入に尽力してくれた方じゃないですか!」
参入した新規がアレなんだけどね?
てか製作者か。ならくろりんが俺のいるチームに入れた理由も何となく理解できる。
「改善点とかあげた方が良いか? とりあえずクッキーの見た目ならもうちょい硬くして欲しいぞ。濡れせんべいでもまだ歯応えがある」
「食感……は……すみません、分からないんです。その、僕、流動食しか……」
そういう事情か。
じゃあもう文句言えねぇよ。
「弾力とか硬度とかの設定、手伝うぜ。可能な限り再現してやるし、テストプレイも付き合うからさ」
炭鉱マンが珍しく優しげな声音になる。
そうだな、現実じゃダメでも、ここなら。
「まぁ嘘なんすけど」
「そうか……炭鉱マン」
「ああ!」
俺と炭鉱マンで少年を囲むような形でぎゅっと抱きしめる。
「え? あの、流動食、は……嘘で……その……」
「うんうん、わかってるぞ」
舐めてんだろ?
抱きしめたまま、ワールドの区画の隙間を探す。
少年の足が軽く埋まる感触。ビンゴだ。
「え、何これ気持ち悪い」
「いずれ気持ち良くなる……」
「いやいやいやいや。ちょっと、やめてくださ」
ずるん。
俺達2人の判定により少年のアバターが世界の隙間に押し出された。
今頃は虚無の彼方で無限の落下を楽しんでいるだろう。
「よし! じゃあまた掲示板で!」
「おう! じゃあな!」
ハイタッチをして姿勢を崩しつつ、ログアウトする。
ひと仕事を終えた俺達の背中は、きっと輝いていた。