第二十四話「ハロウィンを楽しもう! part4」
倉本に電話で呼ばれたのでもう一度例のサーバーに入る。
「あ、来た」
「うっす」
今日も元気に肌を光らせている倉本と、吸血鬼っぽい仮装の相田が軽く片手をあげる。
「復帰したわ。そこのアルファベットの被り物してるのは?」
「榎木」
相田に言われ、スーツ姿にアルファベット状の被り物という珍妙な出で立ちの男をじっくりと確認する。
軽く会釈してきた。うん、背格好的にも榎木だな。
「倉m……森マン。キョウコさんはまだ来てないのか?」
「うーん。多分接続中とかなんじゃないかな。時間かかるんだよねーキョウコさんは」
「そうか」
まいったな。どこでどう時間を潰そうか。
確かこの街並みの殆どはグラフィックだけのハリボテじゃなく、電子ショップ入りだったはず。
俺達のような輩が楽しめる品揃えではないだろうが……ぼーっと突っ立って待つよりマシだろう。
「なぁ、なんか来てね?」
相田に肩を叩かれ、顔を上げる。
見れば、記憶に新しい異形アバターが近付いてきている。
人混みがモーセのごとく割れていく。
「復帰したとの連絡をもらいました」
俺がどの罵倒をチョイスするか悩んでいた隙に、黄金比を表しているらしい歪な顔面が迫っていた。
「先ほどは申し訳ございませんでした」
そう言ってバグの黄金比が頭を下げた。
下げてるか? これ。多分下げてる。
「確かにキモすぎてログアウトはしたけど気にすんな、俺も割と楽しんではいたから。……だから、頭上げろよ」
「下げてませんが……」
「顔面を逆向きにねじってやろうか?」
仁王立ちで謝罪してたのかよ。それはもうただの煽りだろ。
「謝れて偉い」
倉本が腕組みをしながらうんうんと頷いている。
そうだね。許した俺の方がもっと偉いけどね。
「ごめん、状況飲み込めないんだけど。この風邪ひいた時見る夢みたいな状況、何?」
相田が思わずといった風に口を開く。
「ハロウィンだからこのぐらいあるだろ」
「デフォルトアバターですよね? そんな形状にして大丈夫なんすか?」
俺をガン無視して質問を始める。
バグの黄金比が笑みっぽい何かを浮かべつつ答えた。
「大丈夫か大丈夫じゃないかで言えば――大丈夫じゃないですね」
ダメじゃん。
「問題は度々発生します。それは会社だったり、友人と遊ぶ時だったり、恋人とデートしている時だったり……ああ、普通のアバターだったらこんな事は無いんだろうなって何度も思うんです。それでも、やめない。壁を乗り越えるごとに、私の魂が。この素晴らしいアバターに相応しい崇高なものになっていく感覚があるからです」
ドッキリ仕掛けてきたのがコイツなの、じわじわと怖くなってきたな。
横を見ると、相田が興味深そうに頷いている。
「恋人いるんすね……」
そこ?
確かに俺もちょっと引っかかったけど。
「倉本もそんな感じなの?」
背後で榎木と倉本が話し始めたのが耳に入ってくる。
黄金比と相田が本格的に話し込み始めたので、俺はそちらに意識を向けた。
「いや? 黄金ってかっけぇじゃん」
「苦労とかないの」
「あー、何回弾いても肌のテカりを治す商品の広告流されるのは困ってるかなー」
これはこれで異常者なんだよな。
友人として何か言っておくべきか悩んでいると、周囲の空気を引き裂くような悲鳴が響いた。
「う、うわぁあああああああああッ!」
声の主を探る。
居た。頭を抱えて道路でうずくまっている。
その男性を気遣ってか、一組のカップルが声をかけた。
「大丈夫ですか……?」
「……」
男がゆっくりと顔を上げる。
その表情には、恐怖の色がありありと浮かんでいた。
「あ、あぁ……角に、角に!」
周囲が静寂に包まれたからか、先ほどまでは聞こえなかった、色々な楽器をめちゃくちゃに鳴らす音が耳に入ってきた。
男が言った通り、正面の道路の右角の奥。
そこから音が響いてきている。
「おお……」
黄金比が感嘆したような声をあげる。
最初に見えたのは人間。
だが次第に様子がおかしいことが分かってくる。
皆、どこか一つの部位が異常に巨大なのだ。
そんな者達が手を繋ぎ腕を組み、笛やらカスタネットを鳴らしている。
「……」
皆、固まったように動けない。
ごくりと、誰かが唾をのむ音がした。
やがて人間以外のものも見えてくる。
バイク。キリン。机。Tシャツ。
だが目を凝らせば、人間をそれっぽく組み立てたアバターであることが理解できてしまう。
「ヒッ……」
何人かが姿を消す。耐え切れずログアウトしたのだろう。
しかし、この時点ではまだ好奇心が優るのか、じっと百鬼夜行を眺める人の方が多い。
かく言う俺もそうだ。
気合いの入った演出に、笑みすら浮かべている自覚がある。
次第にメインらしい隊列が見えてくる。
並び方の整い方が他と違う。あらゆる色の体色であること以外はごく普通な人間たちが丁寧に楽器を扱っている。
「え?」
困惑の声は、自分から出たのか。それとも他の群衆の中からか。
それは、球体だった。
肌色の球体。つるりとした質感ではなく、どことなくザラついた。
その正面にて、くろりんがキリッとした表情で片腕をあげている。
くろりんを基準に見るなら……あの球体の直系は3メートルといったところか。
「う、ああ……」
近づくにつれて、ザラついた質感は、大量に巻かれた腕が絡まった姿へと解像度が深まる。
腕一つ一つの動きをサーバー側が読み込めていないのか、時折モザイクのような物が出たり消えたりを繰り返す。
「こん、にちぃ……は……ぁ」
無線機越しのような、途切れ途切れの音声。
吐息だけが妙に強調され、謎の艶めかしさが出ている。
「キョ……うぅ……こ……ぅ……です……」
球体がゆっくりと振り返る。
それは、顔だった。
顔が、絶え間なく在った。
這い出た顔はゆっくりと広がり全体に馴染み、また這い出て顔が
顔から、顔が
「きゃぁああああああああああああッッッ!!!!」
人々が一目散に逃げ始めた。
アバターが押され、壁際に押し付けられる。
ログアウトすればすぐに逃げられるのに。それにすら頭が回らないほどに恐怖したらしい。
「すげぇッ! こんな地獄見たことねぇぞ!」
榎木が興奮気味に叫ぶ。
ここまで感情を剥き出しにする榎木はなかなかレアだ。
「あの」
「お、山っちー、どう? すごくない?」
「うん。すごくすごい」
「あの顔が絶え間なく動いてるのはね、読み込みの失敗を繰り返してるからで……」
「技術の話聞いてたら正気戻ってきたわ。これ大丈夫? 犯罪にならない?」
「デフォアバで一般開放されたサーバー内歩いてるだけだからね。違法改造の電子服着てる人もいないし、楽器も正規の電子店で購入したやつだし」
現代ではアイツらを裁く術はないらしい。
司法の敗北、法治国家にあるまじき事態である。
頼むからさっさと法整備してくれ。
「これが急速な科学的発展の弊害くんですか」
相田が真顔で呟く。
「キョウコさん美人っぽいし声かけてこいよ」
「顔が整ってるのが恐怖を増強してんだよなぁ」
わかる。
さて、キョウコさんの狂信者たる黄金比くんはどうしているのだろうか。
「あっ、居た。何してんだ」
道路の真ん中に仁王立ちする姿。
このままだと轢かれるぞ。
「僕をこのまま轢いてくれ!!!!」
「……」
話しかけるのを中断し、その辺に腰を下ろす。
相田が隣に腰掛けてきた。
改めて周囲を見渡す。
榎木はやや高所にあぐらをかいて逃走する一般人をにこやかに眺めている。その隣には倉本がおり、何やら熱心に語っている。
他に、数人ほど耐性があるのか興味深い様子で異形どもを眺めているのがいる。
「見ろよ、全員異常者」
「俺とお前もここに居座ってるわけだけど」
相田の言葉を聞いた俺は、すっと立ち上がった。
息を吸い込み、模範的な悲鳴をあげる。
「ぎゃあああああああ! 逃げろぉおおおおお!」
俺は完璧なフォームで逃走したあと、自然な流れでログアウトした。