第二十三話「ハロウィンを楽しもう! part3」
ピピピ。
簡素な電子音が起床時間を告げる。
「……おぉ……」
時刻は朝の7時半。
キョウコさんの事を考慮し、人数が少なく負担が少ない時間帯を選んだ結果の起床時間だ。
洗面台に向かい朝の準備を済ませ、買い置いていたパンを牛乳で一気に流し込む。
「よし! 行くか、ハロウィンパーティー!」
VRマシンを起動し、アバターを確認する。
よし、一応仮装はできてるな。
俺は少しのワクワクと大いな野次馬精神を持って、とある企業の仮想仮装パーティー会場へと飛び込んだ。
一瞬景色が白飛びし、すぐに周囲に景色ができる。
「おお」
意外に人がいる。
時折、明らかに異形の者が混じっているが、今のところ普通の人の方が多い。
「こんにちは。板から?」
ぼーっと眺めて知り合いを探していると、唐突に話しかけられる。
笑みを浮かべた、短髪の爽やかな細マッチョ系の青年だ。派手に頭にぶっ刺さった斧はどこの電子服屋で買ったのだろうか。
「ですね。一応、監督って名乗らされてます」
「えっ、クソ監督ってマジ? 丁寧に対応して損したな」
「あぁ? コラ」
どこのモンだてめぇ。
名を名乗れ、名を。
「僕達は名無しの民……どこにでも存在する……」
クソ青年がそんな言葉と共にすっと雑踏の中に紛れて消えていく。
ふざけんな、罵倒するだけして逃げてんじゃねぇ。
匿名神話なんかとっくに崩壊してんだぞこの野郎。
逃すものかと青年が消えた方へ飛び込む。
「クソ、どこに消えやがった……ッ!」
「あ、ひょっとして板からです?」
あの斧を二度刺ししてやろうと目を光らせていると、横からOLさんらしき人が話しかけてきた。
眼鏡と一体化したタイプの付け猫耳だ。どこの電子服屋で買ったんだろうか。
「そうなんですよ。一応、監督って名乗らされてる者なんですけど……黄金の肌したアホ知ってますよね? 可能なら案内を」
「えっ、クソ監督ってマジ? 丁寧に対応して損したな」
「何すかその棒読み」
俺の困惑をよそに、OLが顔を赤らめつつ続ける。
「わ、私……私達は名無しの民! どこにでもいる!」
「どこにでも存在する、では?」
OLが中指を立てながら雑踏の中に消えていった。
うん。
周囲をぐるりと確認する。
何か察してきたな。
「あー板から来た板から来た」
「適応が早すぎる……」
思わずと言った風に呟いた同年代らしき男に詰め寄る。
今年の一発芸人の仮装か、無難だな。
「板から来たし、監督って名乗らされてるんですよね」
「一貫して被害者アピを外さないの、何?」
別のとこから独り言が聞こえたな。
……そこのパッと見パリピっぽい小麦肌のやつな。覚えたからな。
「板から来たんですか。しかし、名乗らされてるという言い方は良くないですね。人格に沿って名が自然と決まっていった。それだけだと思います……あと監督じゃなくてクソ監督な」
柔軟性が高いタイプの奴だったか。
だが俺はその程度の罵倒で揺らぐことはない。
青筋がピシピシと立つような感覚を抑えつつ、この男を逃がすまいと姿勢を低く取った。
「……俺達、は……」
相手も同じく姿勢を低くした。
ここからは逃げる者と追う者の駆け引きだ。
「名無しの民……どこ……にでも存在す……るッ!」
「逃すかァ!」
文章の区切りによるフェイント。
上手いな、だが俺の反応の方が速……!?
突如として正面に立ちはだかった異形。
瞬時に避け、雑踏に踏み込むが……結局、男を見失ってしまった。
背後を睨むが既に異形の姿はない。
嫌がらせにそこまで本気出すことある?
「おーーーい、首謀者ーーーー、出てこーーーい」
手でメガホンを作り叫ぶ。
何人かがチラリとこちらを見るが、決定的な反応はない。
あと何回同じやりとりをさせられるんだ。
キョウコさんが来るまで俺で遊ぶつもりじゃねぇだろうな。
息を吸い込み、口を大きく開ける。
「板板板板板板板!!!! きたきたきたきたきた!!!!!」
「ママ、あの人何?」
「……お母さんと別のサーバーも見に行こっか」
親子の会話が刺さる。
こんな胸の痛みも含めて、何もかもあの名無しの民を名乗るアホどものせいだ。
「さっきの、板から来た人って言うより板で興奮してる異常者ですよね」
「おっ、来たな。あとそれは貧乳派への侮辱か?」
「言葉狩りの練度どうなってるんです?」
質問に質問で返すんじゃねぇ。
俺は眼前の……斧が刺さった青年をキッと睨みつけた。
「お前だな? 首謀者は」
「まぁ、はい」
照れたように笑うな。
「なんでこんな事をした」
「お菓子いらなかったので、悪戯でもするかーってなりましてね」
ふざけんじゃないよ。
何が悲しくてトリックの先払いをしなきゃいけねぇんだ。
「……それにしても良く根回しできたな。いつから準備したんだ?」
「会員制の方の掲示板で、クソ監督を世にも奇妙な世界に叩き込んで困惑させようってスレを立てたら思いの外盛り上がってですね」
「お前、タモさんって名乗っていいぞ。掲示板で会おう、レスバでボコボコにしてやる」
そこで青年……タモさんがふふ、と薄く笑みを浮かべた。
何がおかしい。言ってみろ。
「申し遅れました、僕は名無しではなく……」
メニューか何かを操作したのか、青年の顔から斧が消える。
瞬間、青年の顔が歪に曲がり、渦巻きのような形を描く。
「お、お前は」
見たことがある。
コイツは。
「バグの黄金比と申します」
「き、気持ち悪い……」
「いずれ気持ち良くなりますよ」
俺はサーバーから退室した。