第二十一話「ハロウィンを楽しもう! part1」
「なぁ、今年のハロウィンって何か予定ある?」
学校の昼休み。
いつも通りの面子が揃うなか、倉本がそんな質問を発した。
「虚無だな」
すかさず相田が答える。
流石はLINEの友達が俺らと親しか居ない男、信頼できるぜ。
「ユアルをプレイして過ごすってこと?」
「いや、無い方の虚無」
無い方の虚無って何?
ユアルだって無い方の虚無ですけど?
「つーか予定あるやつなんて居るのかよ」
相田の問い。
意外にもそれに反応を示したのは、隣でリズムゲームをやっていた榎木だった。
「あるぞ」
ただまぁ、コイツの用事なんてものは聞かずとも分かる。
呆れ顔のまま相田が口を開いた。
「どうせイベント走るんだろ?」
一曲終わったのか、榎木がイヤホンを外して顔を上げる。
「いや? 企業とかが開く専サバに潜る」
「は? ……ひょっとして、仮想仮装パーティー系のサーバーか?」
「それそれ。今年は菓子ブランドの会社が開いてるサーバーを三つほど目をつけてる」
俺と相田、倉本が目を合わせる。
倉本はピンときていないようだが……やれやれ、友人として、これは見過ごせないな。
「榎木。サイバーテロは犯罪だぜ」
「ちげぇよ」
何だと。
じゃあいったい何をする気なんだ。
VRプレイ中の無防備な本体を探して殺し回るとかか?
「仮装サバはな、絶対にリア充だけじゃない。どうにかして不快な気分にさせてやろうと画策する非リアが入り込む。そして場合によっては阿鼻叫喚の地獄になるのさ」
「……地獄巡りがしたいわけか?」
「そうだ。地獄を肴に菓子を食うんだよ。何年もサーバー管理をやって手慣れてる企業だとそうはいかないんだけど……俺が目をつけた三社はかなり脇が甘い。やらかすぜこれは」
なるほど。
榎木は話は終わりだとばかりに弁当箱を開いてもぐもぐし始めた。
それに釣られて俺たちも弁当箱を開く。
半分ほど食べた辺りで、そもそもの話の始まりを思い出した。
「おい倉本。お前なんでハロウィンの用事なんか聞いてきたんだ?」
「あ、そうだった!」
倉本が慌てた様子で弁当を一時的に片付ける。
妙なとこで行儀が良いな。
「あのさ、毎年デフォアバ改造界隈でハロウィンパーティーやってて、今年もやるんだけどさ」
「えぇ……」
「三人も来ない?」
俺は知り合いがいるから良いにしても、他がどう思うかだよな。
相田と榎木にアイコンタクトを取る。
「デフォアバ改造界隈について詳しく」
うむ、相田の疑問は当然のものだな。
「各々の改造コンセプトに合わせた仮装をするって言ってたよ」
「誰がそこの細部を聞くんだよ。改造ってどういうアレだよ。違法なら通報すっぞ」
倉本が肩をすくめる。
法規について話してる時にコミカルな仕草をするんじゃねぇ。
「法には触れてないよ」
道徳には触れてそうだな。
だが相田はその説明で満足したのか、一度頷く。
「じゃあいいよ。怖いもの見たさもあるし……どこで集まんの? ユアル?」
「いや大手企業が開いてるサーバーで。運が良いと投げ菓子くれる人いるし」
投げ菓子?
何となく詳しそうな榎木に視線を送る。
すると、鬱陶しそうな顔をしつつも答えてくれた。
「大手企業になると、サーバーに入った時点で商品引き換え券を初期配布したりすんだよ。追加で購入もできっけど……これがサーバー内だと簡単に贈与ができるシステムでな。道行く人に辻配りしたり、子供にあげたり、単に気に入った仮装の人に貢いだりとかな」
「へぇ」
企業も色々と考えるなぁ。
それと同時に、榎木の異様な詳しさに恐怖を覚える。
このシステムの悪用法とか知ってそう。
「榎木は来ないの?」
「俺は地獄巡りがある」
「えー。来ようぜー、絶対楽しいって!」
倉本のウザ絡みが始まる。
こうなるとしつこいぞ。
「いや三社も地獄が見れるのはレアケースなんだよ、しかも今回は人が集まりやすそうな感じで」
「今年はキョウコさんが来れるんだよー、すっげぇから見ようよー」
キョウコさん?
「誰だよ」
榎木のツッコミはごもっともだ。
誰だよ。
「デフォアバ改造界隈のバグらせ親方だよ」
バグらせ親方って何?
「壁際で四股踏んだら地形抜けしそう」
「? とにかくすごいんだ、いっつも電波の調子が悪いから掲示板にも滅多に顔出さないけど。今年はレアケースだよ」
レアケースとレアケース……さぁ榎木、どっちを選ぶ?
正直俺はそのバグらせ親方がかなり気になっている。
だってこのご時世で電波の調子が悪い、なんてとんでもない希少種だ。
意味もなくDOS攻撃を受け続けてるとしか思えん。
「……クソ、気になるな」
榎木もその魅力には抗いがたいらしく、珍しく表情が苦悩に歪んでいる。
「マジですごいって、見た時にでた鳥肌が後日そのまま全部ニキビになった、とか。目を閉じる度にまぶたに浮かび上がってきて職場で奇声をあげた、とか! とにかく他のバグアバとは格が違ってさぁ!」
怖くなってきたな。
あと多分だけど職場で奇声あげたの炭鉱マンだろ。
「ちょっと待ってくれ」
榎木の方へ向き直る。
真剣な表情だ。
「お前、そのキョウコさんとやらを大手企業のサーバーに呼ぶんだな?」
あっ。
「うん、召喚するよ!」
召喚って言うな。
「へぇ。一石二鳥ってワケか。良いね、乗ったッ!」
最悪の動機である。
確かにそんな存在を大企業のサーバーで召喚しようものならお手軽に地獄が出来上がるだろう。
コイツはハロウィンパーティーとして楽しみつつ、ついでに地獄を見ようと思っているのだ。
閻魔様も腰を抜かす地獄のハシゴだ。
「やったー! 嬉しい!」
「俺も嬉しいよ」
この会話だけ聞いたら綺麗なんだけどな。
その後、特に会話は発展せず榎木は食事とスマホ弄りに精を出し始めたので俺達も食事を再開した。
弁当箱の片付けをやっていると、相田がゆっくりとこちらに近づいてきた。
声は抑えめで、内緒話であろうことが察せる。
「あのさ」
「おお、どうした」
「キョウコ? さんって多分女の人だよな。どうしよう、俺どんな格好してったら良いかな」
軽く顔を赤らめながらそんな世迷言を吐く相田に、戦慄する。
「ドレスコードとかあるかな」
「無い無い無い無い。倫理コードすら破損してる奴らだから」
「そうかな……」
すごすごと席に戻っていく相田。
その背中に憐憫の目をくれてやりつつ、メモ帳を開く。
毎年白紙だったハロウィンに予定が書き込まれる。
メモ内容は「虚無」。
うむ。非リアのハロウィンなんぞどう足掻いても虚ろなものだ。