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第二話「虚無トゥ虚無」

「ふぁーあ……あー、そうか。学校かぁ」


 だがそこに、普段なら感じていたはずの虚無感は存在しない。

 何故なら、本当の虚無は昨晩、ユアルで嫌という程味わったからだ。


「あっ、今日小テストの日だわ」


 前言撤回。虚無そのものだ。


 途端に重くなった身体を引きずるようにして、俺は学校の支度を開始した。










「おはよー」


 ガラガラ、と教室の扉を開け、その辺のクラスメイトと適当に挨拶を交わしつつ、席に着く。


「山っち、俺が薦めたゲームどうだった?」


 山っち、という略してんのか略してないのか分からないあだ名で俺を呼びつつ、俺の机に腰掛けてきたアホの倉本くらもとの脇腹にすかさず教科書アタックをかます。


「ぐほぉっ!? あ、やっぱ気に入らなかった?」


「いや気にいる気に入らないの次元じゃねぇだろアレ」


 俺がそう悪態をつくと、倉本が、わはははは!と腹を抱えて笑う。


「ですよねー! ……MODとか入れてねぇの?」


「いや入れたけど」


「将棋MODいいよ。AIの難易度調整が上手い」


 別ゲーでやれ。

 なんでわざわざVR空間で将棋やらなきゃいけねぇんだよ。


「お? 今、別ゲーでやれ、とか思った? それは禁句だぞ?」


「……まぁ、そうだな。MODでやるから楽しい、みたいなとこはあるか。将棋MODは認めないけど」


 マジでアレ、何を意図して作ったんだよ。普通にスマホアプリで出せや。


「おいおい、将棋マンさんが傷付くぞ」


「つーかなんなんだ、なんちゃらマンっての。掲示板でのローカルルールか?」


 炭鉱マンってのも居たな。


「おう。その人の代表作となるMODの名称に、マンを付ける。ちなみに俺にも掲示板での名前があるんだが……知りたいか?」


 さて、小テストの準備すっか。


「知りたいよな?」


「あー、知りたい知りたい」


「森マン」


 下ネタか? 帰ってくれ!


「そんなつれない態度取るなってー。結構生成アルゴリズム構築すんのしんどかったんだぞ」


「森MODなぁ……どうせただ森が生成されるようになるだけだろ?」


「……そ、そっからの要素はまだ開発中つーか別の人に丸投げつーか……」


 まぁ俺が文句言うのもお門違いなのかもしれんが。


「今んとこ目標がねぇだろ? あのゲーム。だから虚無なんだよ」


 どんな形であれ、ある種のゴールは設けないと厳しいように思う。

 

「でも自由度の高さが……」


「いくら自由度が高くたって当面の目的が無きゃ虚無でしかないんだよ」


 いいか?

 俺は倉本に向き合い、持論を語り始めた。


 ゲームの自由性ってのに自分から気付くことは難しい。

 まず一定の指標を与える必要があるんだ。

 そしてその指標へ向かっていく過程で初めて気付ける。


 なるほど、こんなやり方があるのか、と選択肢の自由度に気づけたり、副次的に発生したタスクをこなして、なるほどこういう遊びもなかなか楽しいな、と思ったり。

 形は色々だが、これらを「何してもいいよ」というある種の無の状態から気付くのは難しい。

 

「なるほど」


 倉本が納得したように頷く。


「じゃあその指標って、具体的には何があると思う?」


 そりゃあお前……ラスボスでしょ。

 一応戦闘要素含んだMODあるんでしょ?


「あるよ」


 じゃあそれでいこう。


 俺は話は終わりとばかりに英単語帳を開き、付け焼き刃の暗記を始めた。








 虚無に塗れた小テストを無事クリアし、残りの授業を惰性で乗り切った後の昼休み。


 俺の席に倉本含むゲーマー仲間がわらわらと集まってきた。


「うす」


「うーす」


 極端に簡略化された挨拶を交わし、その辺の席に座り始める野郎共三人。


 席に座るなり、ゲーマー仲間の一人である相田あいだが口を開いた。


「倉本ぉ、フェスガチャ調子どうよ」


「虚無」


 二人の会話を聞いていた榎木えのきが弁当を開きつつポツリと言った。


「俺天井まで引いた」


「虚無」「虚無じゃん」


 虚無で相槌をうつな。


「あ、そうだ。山っちさぁ、開発チームの会議に出る気ない?」


「なんの?」


「ユアル」


 聞き慣れない単語に残り二人の目が俺に集中する。


「ユアルってなんだ。てめぇの彼女か?」


「ただの虚無ゲー」


「ほーん」


 途端に興味を失った様子で弁当を食べ始める二人。

 手のひら返すのはやいね。


「てか俺MODとか作れねぇよ」


「逆だよ。作れないからこそ、純粋なプレイヤーとしての観点が得られる」


 そうなのか?


「山っち、やったゲームのレビューとか書くタイプでしょ?」


「おう」


「マジかよきも」


「上等だ、表出ろ榎木」


 高校生で天井引きするようなマジキチ野郎がほざくじゃねぇか! あぁ!?


「まぁ落ち着けって山っち。俺はそのレビュー能力を見込んで頼んでるんだ」


 俺はスッと席に座り弁当を開いた。


「レビュー能力つってもよ、別に俺はそこまでゲーム批評に造詣が深い訳じゃねぇぞ」


「切り替えの早さエグいなお前……」


 玉子焼きを頬張りながらドン引きしている相田。


「多重人格説ある」


「ねーよ」


 おい榎木。そのうっそだぁみたいな顔やめろ。


「いや山っち。そりゃあ山っちが自分の才能に気付いてないだけだぜ。普通の人は批評を思いついてもネットに向けてただ呟くか、己が内にしまってしまうもんだ」


 ふむ。

 俺は弁当を食いつつ片眉を上げて倉本に続きを促した。


「自分の思った事を口に出来る、表立って発表できるってのは一種の才能なんだ。その才能が山っちにはある」


 なるほど。


 褒められて上機嫌になった俺は弁当に入っていたサイコロステーキを分けてやった後、その会議への参加を快諾した。


「ちょっろ」


 何か言ったか?


「いやなにも」


 そうか? ならいい。


 俺は食事を再開した。






 あれから三時間後。惰性で授業を乗り切った俺は、疲労した身体を引きずるようにして下校の準備を始めた。


「はーマジでクソ」


「山っち機嫌悪いね」


「そりゃそうだろ。何が悲しくてVRが実用化してんのに未だに生身で登校しなきゃいけないんだよ」


「それ言うの何回目だよ」


 何度だって言ってやるぞ。古いやり方に固執しすぎなんだよウチの学校は。


「となるとデフォアバで登校でしょ? 俺やばくね?」


 あぁ、そういやコイツのデフォアバは……


「黄金の肌……」


「おうよ」


 デフォアバ。言わずもがな、デフォルトアバターの略称だ。

 このデフォアバはVR機器でログインを行った際に自動生成されるアバターで、ホーム画面の操作時に使用したり、ゲーム用にアバターを作成する際の標準状態として使用されたりする。


 再度言うが、このデフォアバは自動生成だ。こちらでカスタムする余地は無く、VR機器から使用者の身体情報を読み取り、否応なく使用者そっくりのアバターが生成される。


 ……お分かり頂けただろうか?

 

 そんなデフォルトアバターの肌の色が黄金色になっているということの異常性を。


「常々思ってたがやっぱお前アホだよな」



 ……全身に金箔塗った状態でログインなんてよ。


「褒めんなよ照れる」


 褒めてねーよ。耳にまだ金箔詰まってんじゃねぇのかお前。



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