第十四話「ニュー・ゲーム!」
世界観補完MODの登場から1週間。
墜落船要素だけが残った最新版が掲示板に貼られ、森MODの敵の強さにも調整が入った。
さて、そろそろ頃合いでは無いだろうか。
「腰据えてプレイすっか」
今まではお試しプレイというか、リハーサル感の強い、浅いプレイしかしていなかった。
というかゲームが浅いのでプレイが浅くならざるを得なかった。
だが今は違う。ギリギリゲームと言えなくもない今のユアルなら腰を据えてプレイできる。
「さて、と」
見慣れたスタート画面。
いざ、ニューゲーム!
「だらァッ!」
凄まじい勢いでペンが跳ね爆速でお絵描きゲームが終了、ワールドの生成が始まる。
「よし」
横の墜落船をチラリと見た後、眼前の森を睨む。
「悠長かましてる場合じゃねぇ」
野人の索敵範囲が下方修正されたとはいえ、湧く前にある程度木こりをやるのは重要だ。
さっさと墜落船に侵入するとしよう。
「……どこだ?」
おかしいな。アプデ前ならその辺に落っこちてたはず。
きょろきょろと船内を見回し、アプデ前はなかった物がある事に気付いた。
「棚!」
おいおいマジかよ。
ひょっとしてアイテムをインベントリ以外にしまえるのか? 神ゲーじゃん。
逸る気持ちを抑えつつ、そっと棚を開く。
見た目には空だが、眼前にはアイテム欄のようなものが表示された。
「斧×1……すげぇ!」
パッと見た感じだが、インベントリの2倍の量を収納できそうだ。
見た目に対して容量がでかすぎるが、それはサバイバルモノの避けられぬ宿命なので目を瞑るとしよう。
「ワクワクしてきやがった」
斧を装備し、若干の名残惜しさを感じつつも墜落船から降りる。
木こりの時間だ。
「おらァ!」
森に入るなり目の前の木に切りかかる。返す刃でもう一度ォ!
コンコンと小気味の良い音と共に、幹にヒビが入っていく。
「フンガー!」
「!?」
ザ・野人といった感じの声がしたので振り向くと、本当にいつもの野人……緑男が居た。
「モブに鳴き声があるだと……!?」
まるでゲームじゃないか。
素晴らしい!
俺は緑男の脳天目掛けて斧を振り下ろした。
ヒット!
緑男が仰け反る。
攻撃判定とそれに付随するノックバック。
おいおい、どこまで俺をワクワクさせるつもりなんだよ。
「リーチが優ってりゃお前なんぞ敵じゃねぇ!」
「フンガー!」
そうやって喋ってられるのも今の内だぜ緑男!
くたばりやがれッ!
「フンッ! ……ハッ!」
俺の怒涛の二連撃に、緑男が沈んだ。
やったぁ。
「ドロップ品は無し、か」
ふむ。俺の運の問題か?
未実装の線が濃厚ではあるが……見かけた緑男はなるべく狩る事にするか。
さて木こりを再開。
この木を切り倒したら拠点周りで石を拾ってクラフトだな。
「さて、と」
あれから熱心にアイテムを拾い集めツルハシ、シャベル、剣が完成した。
そろそろリベンジの頃合いだろう。
「あの茶色いゼリー野郎……」
スライムなのかミミズなのかよく分からないが、倒し方がモグラ叩き形式なのがめちゃくちゃしんどい敵だ。
アプデ内容を流し読みした感覚ではモブそのものが削除されているようには思えなかったが、どうだろうか。
「まぁ掘れば分かる事か」
シャベルで土をざっくざっく掘っていく。
「……お?」
土の合間から何か見えたような。
先程よりもややペースをはやめて土を掘る。
「なるほどな」
出てきたブツを見て呟く。
「設置型のモブになったってことか」
俺の目の前には、あの茶色いゼリーのような敵モブがうにょうにょとその身体を晒していた。
「程よい邪魔加減だな」
一発被弾しつつも剣で茶色ゼリーを撃破。
更に掘り進む。
カツンッ
「……ほう」
石だ。
ここらでようやくツルハシの出番というわけだ。
シャベルからツルハシに持ち変える。
先程と比べればペースは落ちるが、順調に削っていけそうだ。
数分後。
「お?」
開けた空間だ。
洞窟だろうか。
「いいじゃねぇか」
さっそく内部に侵入だ。
お、さっそく銅鉱石がある……
更に数十分後。
俺は充足感と共にログアウトし、眠りについた。
ピピッ、ピピッ。
目覚ましの音で起床する。
顔洗って歯を磨いて朝食を済ませば、もう登校の時間だ。
「相田と榎木にも教えてやろう」
そう決意し、家を出る。
学校に着き、午前の授業を済ませても、俺のその意思は揺らぐことは無かった。
昼休み、ゲーマー仲間どもがわらわらと集まってくる。
相田、榎木、倉本の三人だ。
「おい相田、榎木。朗報だ」
俺の言葉に相田と榎木が弁当を開きつつ眉だけで反応した。
「ユアルがついにゲームになった」
「いや最初からゲームではあっただろ」
相田のツッコミを無視して続ける。
「聞いて驚くなよ? まず、インベントリ以外にアイテムをしまう場所がある」
俺がドヤ顔でそう言うと、倉本も同じようにドヤ顔をした。
だが残り二人の反応が鈍い。
榎木に至っては飯を食いながらソシャゲの周回を始めた。
「聞こえなかったならもう一回言うぞ」
「いや聞こえてるから」
相田が箸を置き、ふうと息を吐く。
「俺の心情を端的に言ってやろうか?」
「ん? おう」
「まず、だ。オススメの飯屋があるんだわ、と言われるとする」
ふむ。
コクリと頷き、相田に続けるよう促す。
「そう言われりゃこう問うわな。その飯屋には何があるんだ? と」
そりゃそうだろう。
俺と倉本が当然といった風に頷く。
榎木はせっせとイベントの周回をしている。
「それに対してお前らはこう答えた。机があるよ、と」
ふむ。
「残念ながらユアルに机はない」
「そう言う事じゃねぇよッッッ!!!」
ですよね。
いやまぁ俺も分かってはいたんだが元が酷すぎてハードルが極限まで下がってたというか何というか。
押し黙った俺をみかねて相田が慌ててフォローする。
「まぁお前がちょっと早口になるくらいだからゲームとして形にはなってきてるんだろうな」
早口になるとか言うな。
「くぅ、じゃあアレは? モブに鳴き声がある」
「むしろ今まで無かったのかよ」
無かったなぁ……
「うーん、山っち。まだまだアプデして改良してかないとダメっぽいね」
「そうだな。試しにきいてみるが、他にどんな要素があったら良いな、とかあるか? 思いつく限り言ってみてくれ」
うぅむと相田が唸り、そのまま箸を持って弁当を食い始めた。おい。
そこで榎木の方に視線を向けると、ちょうどクエストを一回こなし終えたのか、吐息をひとつつきつつ顔をあげた。
「え? 何?」
「ユアルに欲しい要素だよ」
「天井」
「それてめぇが今やってるソシャゲの話だよなぁ!?」
ていうかガチャ天井ないやつなの!?
今のご時世だとしょっ引かれるんじゃないのかそれ!?
チラリと横目で倉本と相田を見ると、俺と同様ビックリしていた。
「……え? お前らこのゲームやってねぇの?」
呆れた様子で榎木がゲーム画面を見せてくるが、初めて見る画面だった。
黙って首を横に振る。
「はーあ? お前らこれやってねぇとか人生の半分損してるぜ。さっさとアプリインストールしてもう半分も損しよう」
全損じゃねぇか。
「……お前ら虚無ゲー好きすぎない?」
相田がそうぽつりと呟く。
その独り言に、この場の誰も反論することができなかった。