八千年の因縁を
「おめでとう、龍皇」
歪んだ視界がゆっくりと正常化していく。
この感覚も数度目となれば慣れてきた。
リーヴァに提案された過去への潜航。
アビスと龍皇の記憶を辿る旅。
今のままではブライを倒せない。
だからこそ、8000年前の物語を知る。
8000年前に起きた、世界を揺るがす戦争。
モンスターと人間が血を流しあった戦争を。
その中に、魔王を倒す手段を見る。
……はずなのだが。
俺が見ている光景は、確実に無関係だ。
「有難き幸せです、魔王様」
「いやいや。もっと喜びなよ」
「……なにぶん初めての経験なので」
魔王と呼ばれる男と、龍皇に似た男。
見た目は多少なりともいかつい2人。
しかし、その会話の内容は柔和だ。
とても世界を恐怖させた存在とは思えない魔王と、今とは印象が違いすぎる龍皇。
しかし、それ以上の違和感がある。
この記憶はモンスター達の物のはず。
何より魔王はモンスター側の首魁だった。
「何で人間の姿なんだ?」
「じきにわかるよ、全部見れば」
今回もいくら喋っても反応は無い。
床や壁に触れても変化は起こらない。
違う箇所は、リーヴァが案内人をしている点。
要所で疑問に解説を挟んでくれる。
だが、今回の疑問は保留された。
じきにわかるという事は、人の姿である理由も何らかの謎を孕んでいるのか?
観察していると、更に影が一つ増える。
「魔王様、あなた」
「おっ、奥さんが来たぞ」
魔王の煽りに、龍皇が顔を赤らめる。
厳格な彼からすれば非常に珍しい表情だ。
……いや、もっと驚くべき場所がある。
龍皇の奥さん。
つまりラナのお母さんに当たる存在。
ラナ曰く、生まれる前に死んでいたという。
どうやら彼女は母親似だったらしい。
髪色などは父を遺伝したようだが。
「コレが暗黒龍の卵か」
「孵化は一体、何千年後になるか」
「俺も長生きしなきゃな!」
暗黒龍は、卵生胎生どちらの方法でも子を作ることができるらしい。
ただしどちらも期間は長い。
龍皇の妻が抱く卵を、愛おしそうに撫でる魔王。
おそらくあれがラナの生まれる卵。
ささやかな幸せを祝っていた、その時。
「——魔王様」
少々控えめな声が魔王を呼ぶ。
その姿もまた、俺には馴染み深い。
だがまたしても今とかなり差がある。
というより、半分別人のようなものだ。
「どうしたリヴァイアサン」
「人間との戦線についてお話が」
「詳しく聞こうか」
武人のような印象の強いリヴァイアサン。
そんな彼女が魔王に小さく耳打ちする。
平和な話をしても時代は有事。
世界各地で勃発する人間との大規模戦闘に、彼らは日夜駆り出されているようだ。
龍皇の妻の表情が陰る。
伴侶が戦場に行くのはやはり不安のようだ。
「龍皇、強敵が現れたようだ」
「了解した」
表情を引き締め龍皇が答える。
その視線は今の彼と変わらない。
覚悟を決めた、強者の表情である。
* * * * * * * * * *
「あれの何処が強敵だ?」
「十分強かっただろう」
「貴様だけでも倒せたろうに」
戦場から帰還しつつ、軽口を叩き合う。
リヴァイアサンと龍皇はそんな仲だった。
龍皇に関しては若かった時代と言える。
だがやはり、リヴァイアサンは完全に別物だ。
この性格のリヴァイアサンは何処へ行った?
やはり吸収された際に消えたのだろうか?
しかし、これは龍皇とアビスの記憶。
彼女の性格変化に意味が無いとは思えない。
それも、記憶を辿ればわかる事だろうか。
ここに来てリーヴァの口数が減った。
冷ややかな、静観するような瞳。
その表情の答えはすぐに解明された。
「褒めても何も出さんぞ……ん?」
龍皇達の足が止まる。
眼前に現れた、謎の少女と視線が合う。
白く短いボサボサの髪。
低い身長とは裏腹な大剣。
その大剣は、赤く燃え盛っている。
——そんなはずは無い。
彼女は今、俺の隣にいる。
それにこれは8000年前の記憶。
当時の人間が。生きているはずが無い。
それでも俺は、彼女の名前を口にする。
「……リーヴァ?」
「どうしたの、バカみたいな声出して」
「違う、そうじゃない」
瞬時に彼女の冗談を遮る。
俺の精神が、それを拒絶した。
許容する事を許さなかった。
再び俺は、茶化されないよう言い直す。
「何故リーヴァがこの時代にいる?」
「……もうすぐわかる」
リーヴァもまた、多くを語らない。
彼女に関する答えは眼前にある。
俺は一体、何を見せられている?
この後一体、何が起こる?
予測不能な事態と光景が連続する。
俺はいつの間にか、手に汗を握っていた。
「貴様何者だ。名乗れ」
「炎剣の勇者、レーヴァテイン」
「勇者? 何だその称号は?」
珍妙な物を見るように話すリヴァイアサン。
対してリーヴァには感情を感じない。
その瞳には殺気が宿っているというのに、一切の殺意が無いのだ。
やがて龍皇はその異常性に気づく。
しかし少々遅かった。
リーヴァは眼前から姿を消す。
一瞬の早業に警戒を強める龍皇達。
だが既に、彼女は警戒の死角へ潜んでいた。
そこから炎剣を龍皇達へ振り下ろす。
龍皇達を。たった一人で圧倒する少女。
8000年前……世界最古の勇者。
「なっ!?」
「恐怖するがいい……魔獣共」
リーヴァの正体に、俺は言葉も出なかった。
次回投稿は9/27(木)or9/28(金)投稿予定!
お楽しみに!!





