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取り戻すべき日常

 

 土色の室内で、俺は目を覚ます。

 篝火で照らされた要塞内部。

 簡素な布団を退けて体を持ち上げる。


「気がついたわね」


 最初に声をかけて来たのはシーシャだった。

 彼女の格好も普段のドレスとは違う。

 マキナが研究室で着ていた服だ。


 普段の仲間以外に、憲兵達の姿もある。

 それどころか見覚えのない顔も。

 サレイの言う討伐隊だろうか?


 ともかく要塞が防衛線で変わりない。

 果たしてあの後どうなったのか。


「手酷くやられてしまいました」

「撃退はしたけれど」


 マキナやサレイの傷で明らかだった。

 シーシャの言う通りブライは撃退できたらしいが、その代わりに彼らが負った傷は痛々しい。

 治癒魔術が追いつかず、包帯まみれだ。


 リッカは救護として奔走しているらしい。

 アビスも手伝いをしているようだ。

 だが、もう一つ気になる事があった。


「なあ、ラナは?」


 耐えきれず俺は問いかけた。

 残りのみんなは満身創痍だが全員いる。

 ただ一つ、ラナの居るべき場所を除いて。

 その事実に少しずつ体が涼しくなる。


 その静寂と重圧に耐えられない。


 やっと俺達の元へ戻ってきてくれた。

 加勢の時も、あんなに元気だった。

 なのに、ラナがいない?

 想像するのは最悪の現実。

 もしそうだとしたら、俺は……。



「ただいま戻りました!」

「何で今帰ってきた!? 空気読んで!」


 突然響いた声に、心臓が止まりかける。

 リーヴァも彼女で相変わらずの性格。

 冗談にしてはキツすぎるぞ。


 おかしいとは思っていた。

 現在のブライにラナが倒せるの訳が無い。

 龍皇の時は全壊剣頼りだったのに。

 冷静に考えれば全て嘘だとわかった。


 ラナは一切傷付いていない。

 それでも全身を血や土で汚している。

 最前線でモンスター達を止めているらしい。


 幾つもの感情が混じり、涙が溢れる。


「……おはよう、ラナ」

「アリク様! 目を覚まされたんですね!」


 寝起きの涙と言う事で誤魔化す。

 汚れも返り血も気にせず駆け寄るラナ。

 健気さが何よりも愛おしい。


 モンスターに守られてばかりいられない。

 しかし、今の俺は無力だった。

 全身にできた傷の痛みと回復しない疲労で、立つ事すらままならない。


「少し、提案があります」


 マキナが神妙な面持ちで口を開く。

 取り出したのはいつもの小瓶。

 だが、中身がいつもと違う。

 3粒の丸薬のような物体が入っていた。


 彼女曰く、様々な技術を応用した秘薬。

 飲めば傷も体力も全快するらしい。

 胡散臭いが、彼女が言うなら事実だろう。


 早速俺とサレイは丸薬へ手を伸ばす。

 しかしマキナは付け加える。


「副作用として、5日後には……」


 そう続け、唇を少し噛んだ。

 5日後に何かが起こる。

 決してそれは良い事では無い。

 表情からそれが読み取れる。


 だがここにある丸薬は3粒。

 俺とサレイと、自分用。

 つまりマキナは覚悟を決めている。


 なら当然、俺も覚悟を見せなければ。

 どうやらサレイも同じらしい。

 水も使わず、薬を飲み下した。


「これで愉快な事になりますね」


 そう言ってマキナも薬をつまむ。

 表情には深刻さが無い。

 ……まんまと引っかかった。

 そう思う頃にはもう遅い。


「服用者の2割は5日後に激しい腹痛。5割は笑いが止まらなくなり、3割は三大欲求が50倍になります」

「え……?」

「当然その頃には傷が全部戻ってきます」


 冗談のような副作用を羅列する。

 聞いた瞬間、青ざめるサレイ。

 当然茶化し出すリーヴァ。

 それに乗っかり皆が騒ぎ出す。

 世界の危機とは思えない状況だ。


 いや、少し違うな。

 これこそが俺の守りたいもの。

 命を賭けてでも取り戻したい日常だ。


 こんな日々を続ける為に、戦う。


「ありがとうマキナ」

「何のことです?」

「最後以外全部嘘だろ」

「……バレましたか」


 何だかんだもう長い付き合いだ。

 彼女の冗談くらい読み解ける。

 下世話なネタを使う時はいつも冗談。

 本心は根っこからウブな研究員である。


 それでも無意味に空気を壊す奴ではない。

 余りにも深刻になりすぎている時。

 本当は上を向かなければいけない時。

 彼女は空気を変えてくれる。


「英雄が暗い顔をしているのは、見たくないなと思いまして」


 ……英雄、か。

 お前もその一員だけどな。


「今はメリッサさんが食い止めています」

「よし、すぐ行こう」


 救護に回っていたアビス達と合図する。

 丸薬のおかげで傷も完治していた。

 魔力も最大まで回復している。


 いくら万全な状態でも、相手は不死。

 攻略するのは至難の極みだ。

 まさか勇者がここまで厄介になるとは。

 それでも戦う事には変わりない。


 横にかけられていた服へ袖を通す。

 マキナ達と最終確認し、要塞を出ようとしたまさにその時。


「待った」


 リーヴァが俺だけを制止した。


「アンタには先にやるべき事がある」


 理由に心当たりは無い。

 しかし俺は袖を掴まれ引っ張られる。

 ついでにリッカとアビスも一緒だ。

 強いて言えばシズマと戦ったメンバー。

 だがシズマまだ眠ったままだ。


 その意図に気づかぬまま、俺達はとあるベッドの前まで連れて来られる。

 そこには1人、先客が寝ていた。

 龍皇。彼もまた意識不明だ。


「龍皇とアビスの記憶に入ってもらう。魔王攻略へ近づく為に」


 彼の前でリーヴァが俺に告げる。

 なるほど、やっと理解した。


 アビスと龍皇は魔王の時代を知っている。

 何なら彼らは魔王側にいたらしい。

 なら当然、魔王の最期も知っているはずだ。

 攻略法を身につけろと言う事か。


 リヴァイアサンと龍皇が暴れた古の歴史。

 魔王の脅威に包まれた、暗黒の時代。

 何も言わず、俺は静かに頷いた。

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