災厄の覚醒! 〜S級魔人・勇者誕生〜
「危ない!!」
脳天を劈くような危機感。
それに任せてリッカ達を抱きかかえる。
瞬間、真一文字に空気が裂ける。
直後に背後で何かが刺さる音がした。
ブライの全壊剣。
重量感のある刀身が刺さっている。
混乱と同時に発生した危険察知。
後者に身を任せて正解だった。
もし混乱に身を固めてしまっていたら。
……俺たちは、死んでいた。
死んだはずのブライに殺されていた。
平静を装い、俺は問いかける。
「何故生きている?」
『生きてちゃおかしいか?』
「お前の死は確認した!」
『そいつァ残念だったな!!』
今の彼と戦えるのはリッカ達と龍皇。
だがリッカは所詮付け焼き刃の戦闘員。
シズマとの戦いが精一杯だった。
となるとこちらはアビスしかいない。
彼女もそれを察したようだ。
飛び出すように腕から離れる。
そのまま戦闘モードになり、触手を放つ。
彼女はブライの異変に気付いたようだ。
『——不死!』
『正解だバケモノ!』
アビスの触手が引きちぎられる。
彼女の痛覚は人や他のモンスターより鈍い。
それでも痛々しい光景だ。
彼女が言い当てたブライの秘密。
不死。
あまりにも単純明解。
同時に膨大な危険を孕むその能力。
俺の予想が正しければ、全人類の中で最も手に入れてはいけない人物に、その能力は渡ってしまった。
シズマも傷を回復する。
非常にしぶとい相手だった。
だが、それと不死では訳が違う。
『再生できんのか』
「————ッ!!!」
『まあ、関係ねーか』
再生した触手で再び行動を制限する。
しかし一度は破られた作戦。
あの触手も、相当強度は高いはずなのに。
不死に最も近いのはアビスだ。
暗黒龍は非常に高い耐久性を持つ。
それでも不死とまではいかない。
実際、ラナは一度死にかけている。
『淫売悪魔と一緒に逝けやァ!』
寸前まで迫ったブライが咆哮する。
俺を庇うように、リッカが背を向ける。
だが、相手はアビスをものともしない力。
俺たちに振るわれたら一たまりも無い。
寸前で攻撃をかわすと心構えたその時。
不意に身体が何者かに抱えられた。
俺を守るリッカごと。
「逃げるぞアリク!」
その正体は龍皇だった。
俺達を小脇に抱え、疾走する。
反対側の腕にはアビスとシズマもいる。
「今の小僧には勝てん!」
「龍皇でも倒せないの!?」
顔を青くして叫ぶリッカ。
確かに龍皇はこれまで見てきたモンスターの中でも最強と呼んで過言では無い。
そんな彼が逃走を先決したのだ。
何よりも威厳を気にする暗黒龍の指導者。
俺にはまだそこまでの脅威に見えない。
だが、龍皇は何かを察したようだ。
そして俺も、本当の脅威を見る。
『おっと、忘れてた』
ブライが発した同時に発した言葉。
俺には最大級の悪意が籠って聞こえた。
目線の先に広がる大地と地平線。
それを埋め尽くす、野生モンスターの波。
いや、それだけではない。
全方位からモンスターが押し寄せてくる。
『お前の十八番、奪っちまったわ』
「なっ——!」
『魔王なら当然だよなぁ?』
俺は確信する。
ここ数日起きていたモンスターの凶暴化、その犯人が彼であるという事を。
魔王はかつて多くのモンスターを率いた。
その軍勢で文明を壊滅させたのだ。
その使役に召喚は必要ない。
モンスターとの絆も関係ない。
「構うものか! 蹴散らしてくれる!」
『おっと、威勢の良い年寄りだ』
それでも龍皇なら逃走できる。
俺は彼を信頼していた。
背中に現出した翼に、風穴が開くまでは。
狼狽した彼が俺たちを落とす。
二度目となる全壊剣の投擲だった。
しかも、最悪の状況が発生していた。
龍皇が好意で行っただろう俺達の救出。
だが一つだけ、取りこぼしがあった。
俺に託された全壊剣である。
「ギィ……っ!!」
『逃すかよ、クソジジイ』
2本目の剣が、龍皇の脇腹を抉る。
赤黒い血液が彼の服を濡らしていく。
容赦なく振り降ろされる追撃。
俺は咄嗟に投擲された全壊剣を拾った。
本来勇者の持つ、巨大で無骨な太刀。
これならブライの攻撃を防げる。
なのに、持ち上がらない。
まるで全壊剣が俺に触れられる事を拒んでいるかのように感じた。
『死ねや雑魚共ォ!!』
龍皇に迫る長剣の切っ先。
僅かに浮かぶ敗北の二文字。
振り払うように、俺は争い叫んだ。
なのに微動だにしない全壊剣。
求めていない結末の到来。
絶望的な光景を、俺は怨嗟した。
その声が耳に届くまで。
「やらせないよ、勇者」
『テメェは!!?』
見覚えのある大盾が、剣を防ぐ。
暗黒龍の防御をも貫通するはずの剣。
それを盾一つで防ぎきったその姿。
ブライには珍しい、驚愕の表情。
何故彼女がここにいて、敵対しているのか。
そんな驚きが彼の脳を覆っているだろう。
「メリッサ!」
「やあエル君」
「メリッサさんだけではありませんよ」
彼女がどこから現れたのか?
一瞬だけ芽生えた疑問が解決する。
それは、頭上だった。
上空から俺達を覆う巨大な影。
そこからひょこりと顔を出すマキナ。
また新しいゴーレムか?
……いや、そんな事はない。
勇ましく雄大な、俺の隣にいるべき影。
俺はその名を呼ばずにはいられなかった。
「ラナ!!」
『お待たせしました! アリク様!!』





