召喚術師は静かに暮らしたい
眩しい日差しが俺の名前を呼ぶ。
サイコーのスローライフだ。
心地よい風。
漂う草木の香り。
小鳥たちのさえずり。
真横から聞こえてくる寝息。
柔らかな感触。
……またか。
「……んむぅ」
「なぁマキナ」
「ふ、ぁ……何ですかぁ?」
何ですかじゃないんだなー、気づいてほしいなーこの異常性。お願いだからさ。
「何でいるの、俺のベッドに」
「ベッド二つしかないでしょう?」
確かにそうだが、お前は宿借りてるだろ。
そうじゃなくてもラナのベッドがある。
せめてそっちに行ってくれ。
シルクのシャツのみを着た過激な露出。
そこそこ発育した丸みある肉体。
特徴的な甘い声もあって、青少年には過激すぎるかもしれない。
まずは追い出そう。
話はそれからだ。
「シーシャ様から目付役を頼まれたのですよ? ボクはそれを全うしているだけです」
「目付役の仕事にベッド潜入はない」
「お弟子さんを襲わないかの監視です」
「襲わねーよ……」
俺を何だと思っているんだこの人は。
というか、なんで監視されてるんだ俺は。
ラナは俺の弟子で通っている。
今のところ、正体はバレていない。
「お前のコレは天然なのか?」
「さぁ、どうでしょう?」
あーコレは完全に何か企んでるな。
シーシャが後ろにいる訳でもなさそうだ。
つまり、コイツ一人で何かしらの悪巧みをしているようだ。
「服を着ろ、朝食作るから」
「……わかりました」
「おいラナ、朝だぞー」
「うーん、あと千年」
「千年待ったら俺が死ぬから今起きろ」
慌ただしい朝が始まる。
* * * * * * * * * *
遡ること、中心街へ訪れた日。
「マキナ、あとはよろしくね」
「はい。しっかり監視いたします」
ガルーダの背に、何故かマキナも乗った。
背中に大きな荷物を背負って。
問題なくガルーダも飛ぼうとする。
だがまあそういう問題ではない。
何故マキナが、ガルーダに乗ったのか。
何故マキナが、大荷物を持っているのか。
何故マキナが、シーシャにお見送りをされているのか。
「アリク、言い忘れていたのだけれど」
その答えはただ一つだ。
「マキナにあなたの監視を頼みました。言うのが遅れてごめんなさいね」
俺の監視役?
何のことだ、俺ひとつも聞いてない。
何か監視されるような事をしただろうか?
「アリクの信用の為よ」
「信用?」
ちょっと悲しい。
俺、そんなに信用できないか?
確かにパーティクビ=地雷みたいな風潮はあるけども、だからと言って監視役って。
「か、勘違いしないで! 違うのよ!?」
「全てはアリさんの信用回復の為です」
「マキナ、補足ありがとう」
信用回復か。
確かに、それは有り難い。
ギルドにも入りやすくなるし。
……ん? 待て。
今、俺の事を蟻って呼ばなかったか?
「私がお嬢様にアリさんの事を伝え、お嬢様はアリさんの活躍を宣伝する。お嬢様の信頼度を利用して、アソさんの信頼度を吊り上げる作戦です」
令嬢であるシーシャを利用するのか。
こちらから勧めるのは嫌だが、シーシャ側から提案されたなら話は別だ。
その権力に、今は甘えさせてもらおう。
んでもってやっぱり蟻って言ってるな。
最後に関しては山の名前みたいだし。
嫌ではないが……妙にザワつく。
「それじゃ、今後の活躍を期待するわ」
「俺も、協力には感謝しかない」
「たまには遊びに来なさいね」
「そっちこそ、農村部にも視察に来いよ」
「クク……わかったわ」
別れが少しだけ名残惜しい。
だがもうすぐ日没だ。空を飛ぶには注意が必要になる。
ガルーダの背を叩き、離陸を促した。
* * * * * * * * * *
というのが数日前。
話は変わるが、世の中には〜〜ブレイカーという名前のついたものがある。
剣を壊す武器、ソードブレイカー。
信頼関係を壊す物品、友情ブレイカー。
パーティの人間関係をめちゃくちゃにする……あ、これはクラッシャーか。
マキナは正に、平穏ブレイカーだった。
四六時中の監視。
謎のハニートラップ。
ゴーレムを利用したイキり。
俺が求めているのはスローライフなんだ。
なのにマキナは、俺のゆっくり流れる時間を加速させていく。
「アリさんラナさん、種を買ってきました」
「畑用ですね! 何の種ですか?」
「フフフ……マンドラゴラと言って伝説の」
「絶対に植えさせないからな!?」
……まあ、騒がしいのも悪くはないが。





