血濡れた兄妹
シズマがその日、味わった感覚。
それが強烈に伝わってくる。
鼻にこびりつく鉄の匂い。
少し遠くで聞こえる雷雨の音。
湿った空気。
場面は先程より未来。
少なくとも一年ほど先。
彼等の成長からそれが見て取れる。
予想外の展開だった。
彼女の記憶から辿るブライの過去。
普通ならばもう少し段階を追うものだ。
にも関わらず急転した光景。
二つの距離が遠い。
「こ、これ、お父さ——」
「シズマ」
彼女は小さく悲鳴を上げる。
床に転がる数名の死体。
それを見て彼女は"お父さん"と言った。
壮年の男の死体は1つ。
恐らく彼等の父親だろう。
ブライは親殺しをした。
殺人だけでも十分な罪だ。
「遂に見つけたんだ……!」
「な、何を?」
「魔王の力を手に入れる方法!」
余りにも幼稚にブライは言う。
全身を染める返り血など気にせずに。
「きっと驚くぜ、シズマ!」
悠々と語り始めたブライ。
その手には何かを握っている。
白く濁った美しい石。
白濁の宝石である。
時系列的に無人島の石とは別物だろう。
石には魔力を溜め、増幅する力がある。
魔力は別のエネルギーへ変換可能。
石はより巨大な個体へ引かれる。
これで力を溜め願いを叶える。
それが彼の計画だった。
意外な事に、この計画はネムでは無く彼が立案した内容だったのだ。
非常に突飛である。
だが俺は既に奇跡を目撃している。
宝石が起こす数々の奇跡を。
「な、何故、父さん達を?」
「んー理由は2つ」
至極真っ当な事を聞くシズマ。
やはり彼女は本来まともだ。
「1つは動作確認、この石のな」
対してブライはどうだ。
俺は僅かながら期待していた。
彼もまともな思考を持ち合わせていると。
その考えは甘すぎたようだ。
彼の思考は分かり合えない存在だった。
ブライの悪は、奥底から湧き上がる純粋なものであった。
「もう1つはほら、ウゼェしコイツら」
そう言って彼は父の死体を蹴る。
道端の石ころを転がすように。
家族の情などそこには無い。
そもそも同じ人間として扱っていない。
ここは現在に通ずるものがある。
他者の全てを蔑む最低の精神構造。
それはこの時点で完成していた。
何人がその思考の犠牲になった?
「お前はどうなんだよ」
「え……?」
不意に話題をシズマに振った。
彼女は目を丸くして驚く。
その顔を見てブライはニヤリと笑う。
俺はこの表情を何度も見た。
先程見た青年と同一人物とは思えない。
俺の知るブライである。
「父さんもそうだし母さんも、この家政婦もそうだ。お前は散々蔑まれて来たじゃねーか」
「確かにそうだけど」
「元は親父の身勝手なのに、な」
その会話で俺は思い出した。
この二人は兄妹だ。
しかしブライは恐らく混血では無い。
シズマのみが、モンスターであるサキュバスと人間のハーフなのである。
証拠に母親らしき死体は人間だ。
異母兄妹、という事か。
「お前と俺は本当の家族だよな?」
「……」
「………な? シズマ?」
揺さぶりをかけるブライ。
妹を助ける為に家族を殺した勇者の兄。
言葉だけならダークヒーローだ。
残念ながら彼はヒーローには程遠い。
笑みに善意のカケラも感じない。
自らの欲を満たす為の大嘘。
大義を被せた悪意だ。
しかし、違う。
シズマがブライに力を貸す理由。
それは決して血縁では無い。
「……兄さんは」
「ん?」
「兄さんは、それで幸せになれる?」
幸せ。
それが彼女が兄に力を貸す理由。
遂にこのワードが出た。
「幸せに決まってんだろ?」
瞬間、大量の情報が流れ込んでくる。
まるで走馬灯を見るように。
これは……シズマの記憶。
シズマが見て来たブライの記憶。
勇者になる為の教育が施される。
英才教育の範疇を超えた、自由など一つも無い日々。
彼女はその日々を知っていた。
そんな中で出会った娯楽。
それが伝説を知る事だった。
勇者としての教育の一つ。
歴史から正しき英雄の姿を学ぶ。
「なら」
しかし、彼はズレた。
魔王に正義を見たのだ。
魔王もまたやりすぎた。
本来はモンスターと人間の為の戦争。
結果、人類は8割近くが犠牲となり。
様々なモンスターが絶滅した。
ほぼ全て魔王の粛清によって。
だからこそ討伐されたのである。
「なら、私も手を貸すよ」
俺はやっと理解した。
シズマもそれを理解していた。
彼は勇者であるからこそ、魔王という悪に近づきすぎたのだと。
「兄さんは、もう報われるべきなんだ」
彼女は理解した上でそう言った。
その道が外道であろうと。
数多の血が流れようと。
私は、兄を幸せにする。
それが彼女の決意だった。
『アリク!』
「どうした、限界か?」
『いやまあそうだけど!』
天井から声がした。
声の主は当然リッカだ。
先程以上に必死さが増している。
兄妹の秘密を全て覗いたのだ。
恐らくシズマが激情したのだろう。
焦りきった声でリッカが続ける。
『もうすぐラナの記憶と繋がる!』
その忠告と共に、足元が揺らぎ始める。
今までの場面転換とは異なる感覚。
正直これは初体験だ。
恐らくリッカも初めての発動だろう。
意識の無いラナには潜る事ができない。
シズマに掌握されているからだ。
だからシズマを経由する。
その為にはシズマとラナが出会った瞬間の記憶を覗くしか無いらしい。
そこから操作するのだ。
「準備は大丈夫だ」
『わかった!』
俺には一つの疑念があった。
シズマとラナが出会ったのはつい先日。
本来ならそのはずである。
だが、もしかしたら。
それより前にラナと彼等が出会っている。
僅かな"もしも"の話だが
しかしそれでも捨てきれない。
何故なら、それが——。
『もう少しだよ……ラナ!』
俺とラナが出会ったあの日。
俺達の出会いに関係する可能性がある。





