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または勇者は如何にして正義を歪め悪逆へ走るようになったか

 

 意識がはっきりとする。

 そこに先程までの光景は無い。

 あるのは色の霞んだ知らない景色。


 シズマの記憶の中にある風景。

 その断片を紡ぎ合わせた中の一つ。


 俺はそれをただ見つめる。

 見つめるしかできないのだ。

 少々自由の効く夢を見ているようなもの。

 そこには何一つ干渉できない。


『うわっ! ち、ちょっと!』


 頭上からリッカの声が響く。

 当然この空間にリッカはいない。

 彼女には足止めを任せている。

 その為に戦闘力も鍛えた。


「大丈夫かリッカ」

『きついかも! 強い!』

「お前のほうが格上だが」

『経験値が違いすぎるんですけど!』


 声から必死さが伺える。

 どうやらシズマは相当お怒りのようだ。

 何せ記憶を直接覗いている。

 当然シズマもそれを自覚している。

 何が何でも俺を退去させようとするはず。


 それをリッカ一人に食い止めてもらう。

 かなり重要な立ち位置である。

 付け焼き刃だが、彼女に任せるしかない。


 やがて風景はゆっくりと動き始める。

 止まった時間が流れ出す。

 暖かな風が頬を撫でていく。

 そして、俺の目の前に彼等は現れた。


「何読んでるの勇者様?」

「ん? って何だお前か」

「何だとは何さ」

「合格祝いに誰か来てくれたかなーって」


 そこにいたのは二人の男女。

 今となっては見る影もない明るい姿。

 現在より僅かに若い、シズマとブライ。

 彼等が談笑していた。


 ブライから出た合格祝いの言葉。

 つまり勇者になって間も無い頃か。


「勇者になる為に俺は生きてきたんだ」

「うん」

「嬉しいとかは感じねーな」


 ……意外だ。

 てっきり信念のない物と思っていた。

 この思想はエリートのそれに近い。

 ひょっとすると上流階級出身か?

 あまり信じたくはないが。


「で、何読んでたの?」

「魔王の伝説」

「まーた物騒なもの読んで」


 呆れ気味にブライを嗜めるシズマ。

 対してブライは本に目を向けたまま語る。


「魔王はな、歴史上で唯一全ての種族を統一しかけた存在なんだ」

「勇者が倒さなければ、でしょ?」

「まあそうだけど、それでも魔王は誰も成し遂げていない偉業に近づいたんだぜ?」

「はいはい」


 異様に詳しく、早口で語るブライ。

 だがそれを軽く聞き流すシズマ。


 俺の視点からはブライの表情が見える。

 その顔は、ほぼ無に近い。

 この視点からの光景は不気味だ。


 それでもまだ今ほど感情的ではない。

 ……いや、違う。

 余りにも感情が無さすぎる。

 人形が喋っているように見える。


「俺は魔王も間違ってないと思う」

「私にはさっぱりわからないわ」


 勇者になるという立場からか。

 彼がこうなる星の下に生まれたのか。

 それは定かではない。


 ブライは魔王を熟知していた。

 かなり熱狂的な程に。


「俺、魔王みたいな勇者になるわ」

「あっそ、どういう事よ」

「応援してくれよな」

「……まあ、家族だし」


 冗談交じりに聞こえる言葉。

 しかし、俺にはそう聞こえない。

 今を知る俺には犯行予告そのものだ。


 この風景では意味が違う。

 単なる仲の良い二人の会話だ。

 現在とはまた違う、歪んだ狂気。

 まるで子供のような無垢。


 常識からはかなり外れている。

 でもこれが彼等の日常だったのだろう。


「それで魔王を目指す勇者様、さっきから呼ばれてるけど?」


 まだ彼の正義は歪んでいない。

 魔王のような勇者になる。

 つまり種族の枠を超えた正義だろう。

 俺もそれには同感だ。

 召喚術自体にその要素がある。


 ならば、何故こうなった?


 この程度ならまだ矯正できる。

 魔王の伝説から良い部分を吸収した。

 ただそれだけの事なのだ。


「何だ?」

「依頼だったりして」

「あり得るな、行ってくるわ」

「怪我しないようにね」


 剣を持ち、走り出すブライ。

 その剣はまだ全壊剣では無い。

 何より現在とはまるで明るさが違う。


 多少歪んでいるが、まだ正義の側にいる。


「頑張って、兄さん」


 遠くなる背中を見つめながら呟く。

 シズマには、確かに兄への愛がある。


 ……これでは無い。

 これではまだ、真相からは程遠い。

 確かに暴走の片鱗は感じられる。

 魔王への同調は確実に起因している。

 だが、明らかに足りない。

 もっと別の要因があるはずだ。


 瞬間、風景が溶けるように歪んでいく。

 別の場面へと切り替わるらしい。

 既に修行段階で経験済みだ。


 つまり、この先に真相がある。

 この光景はやはり(たね)でしかない。

 ここからいかに彼等が狂っていくのか。

 いつの間にか俺は固唾を飲んでいた。


 * * * * * * * * * *


「に、兄さん、これって……!?」


 次に飛び込んで来た光景。

 それは顔の青ざめたシズマと——。


 全身に返り血を浴びたブライの姿だった。


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