ハーフサキュバスの異常な同情
暗黒龍とリヴァイアサン。
両者共に決定打に欠ける攻防が続く。
いや、この現状が丁度良い。
どちらに勝利の女神が微笑んでも困る。
「全壊剣を持ったところで」
問題は俺とシズマの戦闘だ。
全壊剣は非常に強力。
何故ブライが頼っていたのかも伺える。
しかし所詮は近距離武器。
離れたシズマには攻撃できない。
彼女の魔弾を弾くだけ。
戦闘の主導権は彼女にあった。
だが召喚術も有効では無い。
これは最初から予見していた。
危険度S級、怪物同士の大規模戦闘。
並のモンスターは巻き込まれてしまう。
そうなったらひとたまりも無い。
消滅するのが目に見えている。
だからこそ、俺が何とかしなければ。
リヴァイアサンの背を撫でで言う。
「俺はラナに飛び移る」
『——!?』
「頼んだ」
困惑気味の気配を浮かべるアビス。
今はこれしか考えられない。
ラナの背で、シズマと戦闘する。
リヴァイアサンの周囲を飛ぶ暗黒龍。
その距離を見計らう。
遠距離からの攻撃、回避、旋回。
確実に接近するタイミングはある。
今だ。
「ッ!!」
触手を駆け、距離を詰めて飛び移る。
呆気にとられるシズマ。
意に介さず飛行を続けるラナ。
その羽ばたく翼に俺は掴まった。
とてつもない力だ。
この巨体を飛翔させる強靭な筋力。
振り落とされそうになりつつよじ登る。
当然シズマは黙って見ていない。
小さな氷弾が俺に向かって飛来する。
「ハッ!!」
それを片手に持った全壊剣で防ぐ。
乗り馴れたラナの巨躯。
多少きついが、片手でも体を維持できる。
そのまま自ら跳ね上げるように前へ。
一気にシズマとの距離を詰める。
そのままの勢いで振り下ろした刃。
彼女は冷静に氷の剣を作りガードした。
「もう一度聞く、ブライはどこにいる」
「聞いてどうするつもり?」
「戦う、戦ってケジメをつけさせる」
全てを破壊する力を持つ全壊剣。
しかしまだ機能を使いこなせない。
氷の剣など一方的に破壊できるはず。
だが、威力を相殺し弾かれてしまった。
「ブライの蛮行は、もう俺とお前達の因縁だけでは済まされない」
剣を交えながら言葉を交わす。
「兄さんは正義のためにやってるんだ」
油断を誘うと言う意味もある。
だが同時に情報を引き出す目的も持つ。
シズマの協力は同情から来るもの。
ならばどのようにして同情に至ったのか。
ただ止めるだけでは終われない。
それを知らなければ解決とは言えない。
「その正義が、ブライの幸せなのか?」
「……っ!」
「お前の兄は幸せになるのか?」
少々声を張り、揺さぶりをかける。
彼女の目的はブライを幸せにする事だ。
これまで明かされた彼等の目的。
それは世界平和であり。
ブライの理想であり。
シズマの考える兄の幸福。
様々な思惑が交錯した理想だ。
「シズマ、お前は悪意に自覚がある」
「当然だよ、人を巻き込んだんだ……!」
しかし彼女はそれを悪と知っている。
知った上で力を貸しているのだ。
最早後戻りできない悪事を重ねた。
だから報われるしか道は無い。
いや……報われるべきであると。
「人の幸せを願っておかしいか!」
「いや、何もおかしくない」
そこにおかしな点は何一つ無い。
自分の幸せを成就させる為に、他者を犠牲にするのはありふれた話だ。
それでも止めなければいけない理由。
他者が脅威と認めた理由。
それは簡単に表せる。
やりすぎなのだ。
物には限度が存在する。
確かに幸せには限りがある。
幸福な者の裏に不幸な者がいる。
「人に幸せを求める権利があるとするなら、お前達が犠牲にして来た人にもそれはある」
だがそれを理由に人を傷つけてはいけない。
決して免罪の言い訳にはならない。
加えて、今回は余りに被害が大きすぎた。
「だから、お前達にケジメをつけさせる」
「何のケジメさ!」
最早それは災害と言っておかしくない。
散々利用されて来た者もいる。
人生を狂わされた者もいる。
犠牲の上に築かれた歪んだ欲望。
これ以上、目を瞑ってはいられない。
「幸せを奪われた者達へのケジメだ」
だからこそ、彼女の罪悪感は唯一の救いだ。
シズマの持つ当たり前の重責。
そこに彼等の真相は隠れている。
俺の回答にシズマ僅かにたじろいだ。
この瞬間を待っていた。
渾身の力で氷の剣を弾き返す。
そして生まれた僅かな隙。
「リッカ!」
『ついに出番ね!』
その隙をつき、リッカは転移するようにラナの背中へと移る。
ここからはリッカが頑張る版だ。
能力を鍛え、力も鍛えた。
どこまで通用するかはわからない。
それでも危険度S級の悪魔だ。
昔のような引っ込み思案の彼女では無い。
「行けるか?」
『大丈夫、だと思う!』
「よし任せた!」
多少曖昧だが、任せるしかない。
他人の意識を別の場所へ飛ばす。
夢を利用した幻術の一つ。
それを極限まで研ぎ澄ました。
結果、リッカは俺の意識をどこにでも飛ばせるようになった。
例え他人の意識の中にでも。
俺はシズマの記憶の中へ飛ぶ。
そこを経由し、ラナの心象へ潜行する。
封印されたラナの意識。
彼女を眠りの束縛から解き放つ為に。
多少の無茶は承知の上。
無茶も無謀も計算の内だ。
『行くよ!』
掛け声と共にガツンと頭に衝撃が走る。
眼前に広がる青白い光。潜行が始まった。
彼等の過去に何があったのか。
この蛮行に及んだ理由は何なのか。
全てを解き明かす、記憶の旅へ。





