召喚術師が"英雄"になるプロローグ
討伐隊の出発まで残りわずか。
俺達は可能な限りの調整を重ねた。
シズマに生まれた僅かな疑念。
彼女の存在を大きく組み込んだ作戦。
その為の肉体的、能力的な準備。
周囲の協力者を巻き込んだ修行の日々。
おかげでリッカの能力は研ぎ澄まされた。
他の主戦力となる仲間達も同様だ。
そして、俺も——。
「ハァ……ハァ……どうだ?」
「……短期間でこんな強くなるとは」
「まだ……満足、できないがな」
「十分、いや十二分だ」
汗にぐっしょり濡れたサレイが言う。
初戦では呼吸すら乱せなかった。
様々な武器を駆使し自ら戦闘する。
初めて尽くしの日々だった。
武器の握り方から全て教わった。
状況に応じた取捨選択。
重心をいかに移動させるか。
近接戦闘時においての身のこなし。
理想的な攻撃回避。
様々な修行を短期間で可能な限り。
全部だ。ともかく全部教わった。
俺自身も限界を超えて鍛え上げた。
付け焼き刃である事は理解している。
それでも、今の俺には必要だ。
「終わったか、契約者よ」
「……龍皇」
気づかぬうちに龍皇はそこにいた。
手には水の入った瓶が一つ。
それを俺に手渡し、腕を組む。
コルクを抜いて水を飲む。
枯れ果てた喉が潤っていく。
気持ちぬるいが、心遣いだろう。
最後に唇を湿らせて瓶に栓を戻した。
「……ふむ」
相変わらず多くを語らない。
表情から感情を読む事も出来ない。
しかし明らかに関係は軟化している。
一時的なものかもしれないが。
何よりやはり心強い。
最強種族、暗黒龍の皇。
……というのもあるが、もう一つ。
簡単に言えば彼は大人だ。
俺達の年齢層はそれほど高くない。
何より総指揮がシーシャである。
そんな中に現れた「歳を重ね、経験も知識も豊富な大人の男性」という存在。
それが中々に頼もしく感じた。
「相変わらず縁起の悪い仏頂面」
「貴様は年齢らしく落ち着け」
「お断りしまーす」
そんな彼と対等に会話するリーヴァ。
どんどん謎が深まっていく。
未だ正体を明かしてくれない。
……気になる。
「小娘が貴様を呼んでいたぞ」
「シーシャが?」
「異変についてだ」
異変。
龍皇の言葉にすぐ合点がいった。
体力もそこそこ回復している。
呼んでいるならすぐ行こう。
——少々厄介な問題だ。
* * * * * * * * * *
二日前、それは突如起こり始めた。
バックス領全体での問題。
野生のモンスターが突如凶暴化したのだ。
しかも、ただ凶暴になった訳ではない。
通常の野生種よりもかなり強力。
危険度が僅かに上がっているのだ。
その対応にマキナ達は追われていた。
「暗黒龍のせいでは無かったわ」
「我は己が力を完全に御している」
当然ながら龍皇は疑われた。
しかし、当然ながら無実。
彼は確かに暗黒龍を束ねている。
だが他のモンスターは無関係である。
そもそもこの周辺に暗黒龍はいない。
バックス領の野生種は一般的。
通常のモンスターばかりだ。
だからこそ惨事に発展していない。
今後どうなるのかは不明だが。
それに関して、ここ数日のマキナはほぼ缶詰の状態で研究を重ねていた。
「マキナ、説明なさい」
「……zzZ」
「立ち居眠りなんて器用な事しないの」
「……はっ! 申し訳ありません!」
おかげでかなり寝不足らしい。
彼女の説明はこうだ。
大気中から特殊な魔力が検出された。
これは野生下のモンスターを興奮させる。
しかも人類のみを敵と判断させる。
積極的に人間を襲うらしい。
「呪術は人が作り出した魔力の原初」
「今の魔力とは違うんだよな」
「そしてこの特殊な魔力は更に前」
魔力の出自も彼女は解き明かしていた。
人の手が加わる前の魔力。
呪術が生まれるよりもっと前。
その時代に一体何があったのか。
俺が思いつくのはたった一つ。
「龍皇、何か知らないかしら」
「……心当たりはある」
だが、現実味がない。
何故ならそれはおとぎ話。
子供の頃に聞いた事がある程度だ。
近現代のような効率化した魔術は無い。
代わりにあるのは華々しい英雄譚。
人と人が、人と獣が……そして、人とモンスターが生存の為に争っていた時代。
「人と我等による最初で最後の戦争」
最近、一度だけその名を使った気がする。
だがそれも冗談や例え話。
俺はそれがどんな物なのかわからない。
龍皇の語った人とモンスターの大戦争。
一度、人類はほぼ敗走状態となった。
しかし人は一丸となって戦い、勝利した。
そこから長い時間を経て現代。
もしそれが本当だとしても。
俺はその様を一切想像できない。
だが、その名を挙げてみる。
「魔王……って、事か?」
その言葉は余りにも非現実的だった。
魔王なんてものは物語のキャラクター。
この世界にいたのは何千年も前だ。
しかもその魂は、二度と復活できないように"勇者"によって粉々に砕かれた。
様々な物語でそう読んだ覚えがある。
現代の勇者の原型だ、とも読んだ。
それが大真面目に語られている。
だが語っているのはマキナ。
非現実さに妙な説得力が宿る。
空想に迷い込んだような感覚だ。
「そして魔力の発生場所なのですが」
彼女はその地点を地図で指し示す。
同時に写実的な風景画を俺に見せた。
それは、見覚えのある光景。
リッカと覗いたシズマ達のいる場所。
小高い丘が点々と存在する草原。
勇者パーティが潜伏する最有力の地点。
しかしそれだけでは無かった。
この場所、この草原地帯。
ある意味始まりの場所である。
俺はその事をすっかり忘れていた。
ラナを久し振りに召喚した草原だ。
ここが異変の元凶なのか?
「アリク・エル。命令よ」
ポケットの中の宝石を握りしめる。
ダヌアから受け継いだ白濁の石。
それが仄かに暖かく感じる。
人肌の温度では無い。
まるで何かに反応しているかのような。
「討伐隊の出発は数日後、それまでに鹵獲された暗黒龍を対処しなさい」
「…………ああ」
全ての準備が整った。
シーシャも遂に腰を上げた。
まるで何かを示し合わせたかのように。
遂にこの時がやって来た。
俺の全てをぶつける時。
大切なものを取り戻す時。
守りたいものを守る時。
「明日の朝には出る」
決戦の時が、訪れた。





