召喚術師は暗黒龍の夢を見る……?
俺の修行を終えた夜。
疲れた体を引き摺り、ラナの元へ向かう。
相変わらず眠っているように見える。
この状態が数日間も続いていなければ。
僅かながら呼吸はある。
だが、意識は無い。
ただ息をしているだけなのだ。
『本当にやるの……?』
「俺に構うことは無い。寝るだけだ」
『でも休まらないじゃん』
久しぶりに本来の姿へ戻ったリッカ。
彼女の言う事もよくわかる。
それでも今は時間が惜しい。
出来る限りを全てやらなければ。
これはリッカへの修行である。
同時に、敵情観察でもある。
ダヌアが気まぐれで教えた力。
遠く離れた光景を夢に見せる能力。
正確には悪夢を見せる能力。
それでも偶然に残っていたのだ。
惜しげもなく利用させてもらおう。
『でも椅子で寝るのはちょっと』
「いいから始めてくれ」
『せめて横になろ? クッション敷くから』
「……わかったよ」
そこまで言うなら仕方無い。
別に俺は椅子でも休めるのだが。
まあ、クッションはあったほうが良いか。
『それじゃ始めるよ』
「ああ、お休みリッカ」
* * * * * * * * * *
心地良い風が頬を撫でる。
小高い丘の草原に、俺は立っていた。
辺りは夜。時間は変わらない。
地面の感覚も草の香りも感じる。
まるで現実と変わらない。
ゆっくりと顔を上げていく。
そこには無表情のラナがいた。
小さく座り、虚ろな目で草原を見つめる。
やはり感情の類は読み取れない。
こちらもただそこに居るだけ。
生きているような素振りを見せるだけ。
見つめているだけでやるせなくなる。
そこに一つの人影が迫る。
ラナと大して変わらない身長。
謎の半夢魔召喚術師、シズマだ。
ラナをこの状態にした張本人。
彼女が近づく毎に危機感が募る。
「やっほ、暗黒龍」
「…………」
「やっぱ反応無しか。手厳しい」
その行動は意外なものだった。
彼女の手にはよく焼けた肉がある。
それを手渡しつつ、様子を伺っていた。
まるで餌付けしているかのようだ。
ラナの意識は手中にあると言うのに。
ただご飯を与えるだけで良い。
なのに彼女は、妙に律儀だった。
「ごめんねー、少し金欠で」
「…………」
「もうすぐ終わるから我慢してね」
「…………」
文字通り無心に肉がは齧り付くラナ。
そんなラナに、一方的に話しかけ続ける。
彼女の姿に何処か献身性を覚える。
それがどうしても不自然だった。
「本当に……巻き込んでごめん」
終いにはそんな弱音を吐き出した。
しゃがみ込み膝に顔を埋めるシズマ。
彼女を見るなり、ラナは肉を口から離した。
初めて彼女の表情が僅かに変わる。
それでも意図は読み取れない。
そんな彼女の視線に気づいたのか。
シズマは少しだらラナに首を傾けた。
「勝つ為にはこれしか無かった」
「…………」
「許されない事をした。自覚はあるよ」
「…………」
「だから、もう後には戻れない」
物悲しい言葉ではある。
それでも自業自得。
正義感を持ち合わせていたのは意外だ。
だからと言って同情のにはならない。
それでも耳を傾ける。
「どっちが勝っても結果はどうでもいい」
「…………」
「でも感情を入れたなら」
深く深く、シズマは息を吸い込んだ。
「勇者様——兄さんに幸せになって欲しい」
驚愕も唖然もできなかった。
兄とは言っても義理、彼女は付け加える。
問題はそこじゃない。
いや、そこも十分問題なのだが。
その言い回し。
"幸せ"という一つの単語。
宿されたのは、一つの違和感。
「ここまで頑張ったんだ」
「…………」
「もう報われても良いはず、でしょ?」
「…………」
「……悪い事したからダメかな」
伏せた顔から瞳が覗ける。
その瞳は、確かに潤んでいた。
今にも涙がこぼれ落ちそうな瞳だ。
積み重なった非常に強い罪悪の念。
押し殺された善意。
既に多大な被害が出ている。
最早罪なしという裁きは無い。
『あの、限界ですわ……』
背後からリッカの声がする。
あとは肩を叩かれれば夢から覚める。
でもその光景から目が離せない。
小さな疑念に縫い付けられた。
「なあ、リッカ」
その疑念をまず一つ読み解く。
今までの部下と明らかに違う彼女。
利用でも心酔でも洗脳でも無い。
『同情』という鎖に繋がれている。
ブライを"兄"と呼んだ。
それが真実かは不明。
だが"幸せになってほしい"という言葉。
あれは間違いなく『同情』だ。
これこそが、違和感の正体だった。
「俺は考え違いをしていたようだ」
確信は持てない。
言葉の真偽すらわからない。
でも、もしこの言葉を真実としたら。
飛躍した仮定がわずかな信憑性を得る。
彼の求める信頼。
ブライ自身が上位に立ち、人々を利用するという習性と僅かにかけ離れている。
ダヌアやネム、昔の俺とは立場が違う。
彼女は洗脳も買収もされていない。
つまりだ。
シズマは、ブライの支持者では無い。
……かもしれないの話だが。





