お父さん(龍皇)は心配性
その日からすぐに修行は始まった。
場所はマキナ戦で使用した地下の広間。
まともに武器を握るのすら始めてだ。
ここから俺はどこまでいける?
決心と僅かな不安。
そして、少しのワクワクがあった。
手合わせするのはサレイ達。
両者共に肉体派なだけはある。
召喚術無しだと勝てる気がしない。
「ハァ……ハァ……!」
「どうした先輩! 息が上がってるが!」
「フッ……まだまだ!!」
だが、状況が俺の闘争心を駆り立てる。
こんな気分は久しい。
ラナの救出を絶対的なものにする。
その為に、俺は更なる高みを目指す。
握り締めた練習用の木剣。
構え方から肉体に叩き込む。
基礎的な筋肉の鍛錬も怠らない。
モンスターへの騎乗で体幹は強いらしい。
問題は速度と威力、体作りだ。
まだ木剣の重みに振り回される。
このままでは話にならない。
せめて、並の剣士レベルを目指さねば。
「そんな心構えで強くなれるか!」
辺りに少女の声が響く。
振り向くとリーヴァが仁王立ちしている。
リッカやアビス、マキナも一緒だ。
「鍛えるならいっそ最強を目指せ!」
「お、おう」
「声が小さい!」
「応!!」
暑苦しい会話をリーヴァと交わす。
するとリッカ達が何かを差し出した。
冷えた水の入った薬缶と、軽食。
どうやら休憩を挟むらしい。
そんな時間は惜しいのだが……。
「急いで体を壊したら意味がありません」
「——休める時に、休む」
「夜は私の能力を鍛えなきゃだし」
「……言葉に甘えよう」
軽食を手に取り、一口頬張った。
それだけで体力の回復を感じられる。
皆には感謝しかないな。
残された時間は僅か。
その前に万全にすべきものがある。
その一つに、リッカの能力強化がある。
他のS級に比べ一歩性能の劣る彼女。
まだ覚醒して短いという事もある。
それを仕上げるのも完全攻略への布石だ。
策を練りつつ飯を頬張る。
妙にゆっくりと時間の流れる休息だ。
しかし、それは一瞬で破られた。
「し、召喚術師様!」
「今アリさんは休憩中です」
「で、ですがお客様が!」
慌てて飛び込んできた一人の憲兵。
その背後に、見慣れない男性がいる。
憲兵は彼の気迫に圧されているようだ。
そんな彼を無視して男は入室した。
顔色は白く、表情は硬い。
全身を暗い灰色のスーツで固めている。
珍しい服装の男だ。
その容姿に心当たりは無い。
「……休む暇を有するか、下等生物」
しかし、声と言葉ですぐに気付いた。
地を這うような冷ややかな声。
それでいて心臓を震わす威圧感。
人の有する迫力では無い。
「否、人間の慣習に則ればアリクか」
そもそも人ですら無い。
彼とは数度、別の姿で会った事がある。
最後に会ったのは魔術万博での事。
彼は不敬な人間達に怒り狂っていた。
しかし、娘であるラナの言葉でその怒りを一時的に静める事はできた。
最強の生命体・暗黒龍。
その中で頂点に立つ、暗黒龍の皇帝。
龍皇——ラナの父親。
その威厳に周囲は凍りついていた。
「娘を託した私が愚かだった」
「いや、俺の不注意が原因です」
今の彼は父親の面が強い。
厳格な父として、俺を許さないらしい。
……こうなるのも当然だな。
俺はそれだけの事をしたのだ。
「さて、どう落とし前をつける?」
「ラナを助け出します」
「それは当然だ」
睨む鋭い眼差し。
この回答では不満足のようだ。
彼の立場からすれば当然であろう。
愛する娘を傷付けられた。
その責任者は自分より弱い存在。
そもそも信頼すらしていない。
差し引きしてもマイナスだろう。
「貴様とその周囲の生命で許そう」
下等生物の命で全て許す。
彼にとってはこれでも譲歩している。
本当なら今すぐ無差別攻撃に移ってもおかしくない立場にいるはずだ。
逆にそこが疑問だった。
何故彼は無差別攻撃に移らない?
ラナの理想を否定し、人を見下す龍皇。
俺はそんな疑問を覚えていた。
だがそれと関係なくマキナが立ち上がる。
「それはお嬢様も含まれますか」
「アリクの上に立つ者か」
「はい、ボクの上司でもあります」
「当然だ」
それだけ聞くと、懐から二つの小瓶を取り出す。
「ならボクは敵対します」
「……ほう? 下等生物の分際でか」
「お嬢様はボクが守ります」
一瞬で戦闘態勢に入る二つの影。
しかし、マキナの体は少し震える。
ゴーレムでは敵わないと理解していた。
それでも戦わなければいけない。
全ては俺達の上司を守る為。
であれば命も惜しまない。
それが、彼女の覚悟だった。
……俺も負けていられるか。
「俺が全ての決着をつける」
俺は叫んだ。
ラナを救い、ブライを倒す。
これは最初から決めていた事だ。
だが、それだけでは覚悟が足りない。
マキナはシーシャの為に命を賭ける。
自らの恩人でもある上司の為に。
俺にとってもそれは同じだ。
マキナもシーシャも、モンスター達も。
俺は全てを守ってみせる。
「その後なら、俺の命を奪ってもいい」
「……ほう?」
「それで飲み込んでいただきたい」
それが俺の答えだ。
俺自身、釣り合うとは思わない。
それでも飲み込んでもらえるなら。
一種の賭けだった。
「気に入らんな」
「ッ!」
一度は投げかけられた冷ややかな言葉。
「……それでも娘が認めた男だ」
項垂れる俺に、龍皇は手を伸ばす。
歯を食いしばり顔を上げた。
彼の表情は冷たいままだ。
堂々とした威圧感は何も変わらない。
なのに、何故か温もりを感じる。
「手を取れ、アリク・エル」
感情の読み取れない彼の言葉。
それでも、差し伸べられた手に嘘は無い。
嘘をつくような性格をしていない。
俺はその手を取った。
瞬間、激しい衝撃が体を走った。
「フハハ、どうした?」
「いや、いきなりはきつい」
握手と共に流れ込んできた情報。
それは龍皇との直接契約であった。
俺は一応全ての暗黒龍を召喚できる。
しかし個別で契約しているのはラナのみ。
他は応じてくれるのを待つだけだった。
そこへ龍皇が新たに個別契約する。
しかも龍皇側から無理やりだ。
その情報量は規格外。
ラナの情報量の数倍はある。
それが突然流れ込んできたものだから、そりゃ慌てもする。
「娘を救出するまでは手を貸そう」
「感謝します、お父さん」
俺の言葉に龍皇は睨みを効かせる。
……そうだ、お父さんは地雷だ。
気をつけなければ食われかねない。
「よし、再開しよう」
「マジで言ってんのか先輩!?」
「俺はピンピンだが?」
「……モンスタージゴロね、アイツ」
休憩を終え、俺は再び木剣を握る。
予想していなかった規格外の戦力強化。
しかしまだ立ち止まらない。
俺自身が強くなっていないのだ。
タイムリミットは数日。
今は駆け上るしか手段は無い。
体を壊さない程度の無茶だ。
この程度は許してくれ。





